名門(真実)
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。
とか言う言い回しが未来世紀の東の国で流行りそうだが、見てるだけの方が気楽だよね。
具体的には袁家の二枚看板(二番煎じ)。
「顔良と文醜の二枚看板が姉様には居て格好いいのじゃ。妾も二枚看板が欲しいのじゃー!」
床まで届くような長い金髪と、腕に余る長い金色飾りの豪奢な袖を振り回し人形の様に愛らしい少女が玉座の上で駄々をこねている。
「流石、美羽様。意味もなく姉の真似したがる妹の悪い典型です。よ、美羽様の猿真似上手ー」
それをおだてるのは肩辺りまで伸ばした青い髪をふんわりと丸くまとめ、肉感的な体つきを白い制服に包んだ何処かとぼけた雰囲気の女性。
「うはは、妾は何でも上手くこなしてしまう出来る女なのじゃー」
頭の悪い会話を繰り広げる従兄妹とその腹心を横に置き、感情を表に出さず鋭い視線を向けてくる小麦色の肌の猫科の猛獣を思わせる美女を前に迎え袁垓は目眩すら感じていた。
転機があったとすれば、南陽太守を孫堅が討ち、その孫堅が失意の内に亡くなった時であっただろう。
孫堅の死に孫呉の家が揺らぎ、その間隙を縫う様に袁術公路、真名を美羽が南陽太守に収まったと聞いた時には誰もが
「何だかなー」
という、ライオンが仕留めた獲物をハイエナが数に任せて奪い取った様な気分で南陽太守となった袁術を見たものである。
袁垓統致もまたその内の一人であり、自分とは正反対の生きざまであった孫堅の死を悼む涙で枕が乾く前に、その「何だかなー」という視線に晒される具合であった。
「それで、私に何か用かしら?」
怖い、怖いよ孫策さん。私こと袁垓は孫策さんの幼馴染みで真名なんかも預けあっている仲なんですが、なんと言うか真名の雪蓮とか呼べない雰囲気。真名って身内だけの場で砕けた雰囲気で使うものだし、公共の場で呼ぶようなもんでもないけどね。
というか、怖いマジ怖い。孫策さんマジ江東の虎、殺気が駄々もれです。それを真っ正面から受けて
「さて、私は何の用があって呼ばれたのかしら。何処かの誰かが呉の再建を手伝ってくれないせいで暇では無いのだけれど」
いきなり喧嘩腰です。
「何と、困っている者を手助けせんとは薄情な奴もおったものじゃのー」
す・げ・え!!
孫策さんの殺気が数倍に膨れ上がったにも関わらず、袁術さんは華麗にスルー。
「全く困った人もいますねー。美羽様の爪の垢でも飲ませてあげたいですねぇー」
袁術の腹心・張勲、真名を七乃からの追撃の一言で更に怒りは増大した。孫策さん、こめかみに血管浮いてますよ。
まるでそこに壁があるような孫策の怒りのオーラをビシビシと感じる訳ですが、横の二人は涼しげな顔をしている。あれっ、胃が痛いのは自分だけ?
気づけば横の二人がこちらに視線を向けているし、孫策さんもスッゴい目付きで睨んで来てるよ。
発言は順番制ですか、そうですか。
「呉の再建は天がそれを認めるならば必ず為される天命でしょうな。それが遅いか早いかは私程度には図れぬ大事。易々と決断する訳にはいかないかと」
「うむうむ、鋭羽は良い事を言うのー。全く大事じゃから、袁家が手助けするのはまだまだ気が早い話なのじゃ」
「太守が美羽様に替わってからまだ一年も経ってませんしねー。孫策さんも焦らずにゆっくり地力を養ったらいかがですかー?」
早く事を成したい相手を前にあえてのんびりした口調で自分の玉虫色の言葉に乗っかる二人。これはムカつく、やった人をやられた人が殺しても情状酌量がつく領域。
というか、はぐらかすつもりが止め刺した流れに。ああ、孫策さんの殺気が自分一人に集中する……タスケテー、タスケテー、孫堅殿早く来てー。青空に笑顔で浮かんでる場合じゃなくて貴女の娘が殺人犯になりますよー。
『孫家の者は戦場を見て知り手にかけてこそ一人前よ!』
よしっ、いい笑顔!
いい事言っても全く助けになりゃしねぇ、いつだって自分の手で切り開いていくしか無いとか孫家はほんとに地獄だぜ。
「領内に潜伏する野盗の類いが増加傾向にありますので、孫策殿には治安維持をお願いしたいのですよ。それと共に税金を納めない不心得な方も多いので、催促もして頂けると有り難いですな。後者は自由意思なので、やってもやらなくても構いませんが」
お気楽極楽な横の雰囲気に流されない様に背筋を伸ばし、胸を張って虚勢を保つ。それは慣れた動作でそれ自体に意味は無くとも、相手と自分の立場の違いが意味を与えてくれる。
「何よ、それ。どう考えても私達が嫌われ者になるじゃない」
潜伏した盗賊の類いを探すならば、何も知らない一般人すら疑ってかからなければならないし、税金の取り立てなど借金取りよりも嫌な顔をされる仕事だ。
「あららー、汚れ仕事は嫌ですかー?
孫策さんがやらないなら、皆が嫌う仕事は私達でやらないといけないみたいですよー美羽様」
「うむ、皆が嫌う仕事を率先してやるのも太守の務めなのじゃ。その覚悟が無い孫家に呉を再建させるにはまだまだ早いようじゃのー」
わあ、二人ともスッゴい悪者顔だー。汚れ仕事を押し付けて、断れば呉を再建させる約束は反古にして受けても当たり前の事をしただけという得無し損だけのやり口、これは酷い。
(やってくれるわね)
鋭い目付きを更に吊り上げ、唇を強く噛む孫策。その視線の先には袁垓、名門・袁家に生まれたは良いが幼い頃から覇気に乏しい凡人であった。武も文も人並みよりはマシな程度で、幼い頃は家来の様に引きずり回していたが今では完全に立場が逆である。
袁術の座る玉座の横に立ち、高見から見下ろす彼と孫策の立ち位置はそのまま二人の現在の立場の違いを表していた。
片や名門として隆盛を誇る袁家。
片や家主を失い離散し、凋落する孫家。
個人的な感情はともかく今の孫策にとって袁垓は袁術や張勲に並ぶ目の上のたんこぶである。
例え、袁家の軍が数だけの紙で出来た張りぼてで孫家の軍が少数ながら大陸屈指の精鋭でも、何重にも重ねられた紙は磨き抜かれた剣でも貫く事は出来ない。
何回も何回も貫くまで突き刺す体力は今の孫家には無いのである。
(今は耐える時、分かってはいるけどね)
隠そうとしても目尻が吊り上がり、唇を噛む力を弛められない。お気楽に笑う袁術と張勲の横で風采だけは立派に『取り繕った』死んだ様に暗い目の袁垓を強く目に焼き付ける。
(盗人猛々しいとは言わないけど、約束を守らない奴は大嫌いよ、鋭羽)
よく知っているからこそ、よく知られている。孫策と袁垓の関係はそのまま孫家と袁家の関係であった。張りぼての名門と牙を封じられた江東の虎、その対立は後に三国志と呼ばれる時代に大きな波紋を立てるのであった。
(怖ぇー、マジ孫策さん、怖えー!)
後世において『最後の名門』と贈り名された袁垓統致、真名は鋭羽。当時において一地方豪族に過ぎない孫策にビビりまくっていた内心とは裏腹に
「その姿、尊大にして優雅な佇まいに名門の名は相応しく、英雄である孫策すら気圧される暗く沈んだ瞳から孫策の今後を試す様な興味と好奇な光があるのだった」
と記されている。好奇と書かれた部分が
実は高貴の誤字であったなどと研究家にすら好意的な解釈をされ、ネットでは『名門(真)』とまで謳われたボンクラ凡人の三国志。
ここに開幕。
ご都合主義なのに本人はその恩恵をかなぐり棄てている。という、何やら解りにくい形式で書いています。基本、ツッコミ待ちの書き殴りなのでご意見等お待ちしてます。
今度こそさっさと終わらせる。