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第82幕  崩れる「現実」

 イオの街への帰り。

 天楽とアラヤは髪の色や瞳の色を変え、イロアス協会からの追っ手の目を欺いていた。



 そんな2人が、イオの街を取り巻く街の壁――西門の前付近でバクの姿を見つけた。

 既に日は西の空に傾き始め、西陽が人々の影を長く地上に映し出してる時間帯の出来事だった。



「よう…バク」

 門が開かれる時刻を待っていたバクは、擬態した――天楽とアラヤの姿を見つけ、驚き、目を見開いていた。

 当然バクも本来の姿から、髪の色などは変えている。

「うるさい。俺の名前を呼ぶな」

「じゃぁなんて呼べばいいんだよ?」

 バクに話しかけているのはアラヤだった。

 アラヤは露骨に嫌な顔をしているバクに構うことなく話しかけた。

「ジョゼフだ」

「似合わね。まぁいいや、ジョゼフ。どこに行ってきたんだよ?」

「関係ないだろう」

「そんなわけにいくか」

 何故かアラヤはバク――ジョゼフに食いついている。

 天楽はアラヤが何を考えているか、まるでわからないまま――バクは一瞬考えた様子を見せたのち「来い」と西門から離れ、近くの雑木林へと入っていった。

「僕たちも行くぞ」

 と、アラヤに促され――天楽は成り行きに任せ、2人について行った。



◆◆◆



「これはダンシの命令でやったことだ。あとで正式に連絡があるはずだ」

 とバクは前置きをした。

「ピサ島に行ってきた」

「…ほう。で?何をしてきたんだ?」

 アラヤはバクへ先を進めるよう促した。

「やつらの動向を探ろうとしていたんだが、『カコ』で偶然あいつらに出会った」

 これには天楽も内心で、バクの話に興味を向けていた。

「シュウとかいうやつが、『ブルゾス』に呼びかけ、「慈悲の心で浄化」を行っていた。

 これはお前たちも知っていると思うが、デウスにとっては今後の計画に狂いが生じる。

 だから先ほど、ロバロのデウスへ連絡をとった」



 『綺晶魔導術』には、『神杯』を使用した『遠隔音声拡張通信』の『魔導術』が存在する。

 大人の男性の――小指ほどの大きさ程度の『神杯』に、互いに通信する『魔導師』の念を記憶させ、それを「音」――「声」を離れた相手とやり取りを可能とする。

 が、この「声」のやり取りは、距離が離れるほどに使用する『霊力マナ』の消費が激しくなり、実用的とは言えないアイテムだった。

 しかしバクは、イオとロバロ公国の公都ロディという長い距離の間で使用したあとにも関わらず、あまり疲れた様子は見せていない。



 この際そんなことはほとんど関係ない。

 天楽はバクの話した内容が――気になっていた。

「秋が『ブルゾス』に呼びかけ、「慈悲の心で浄化」を行った」という事実に。



「それで?デウスからは連絡があったのか?」

 アラヤは天楽の呆然とした態度には構わず、その後のことをバクに尋ねた。

「デウスに「今」は直接連絡はとれない。

 担当のやつに連絡したから…デウスからの命はもう少しあとになるだろう。

 そうなればお前たちにも命令が下る。

 イオから出ずに、宿で待機していろ」

「そういうことか。わかったよ…と僕とアマラが言っていたとダンシに伝えてくれ」

「わかった」

 言うことだけ言うと、バクはさっさと天楽とアラヤを待たずに、林から1人で先に出て行ってしまった。



「……そういうことね」

 アラヤが呟いた。

「どういうこと?」

 天楽がアラヤに顔を向けた。

「アマラも知っているだろうけど、デウスは「今」、お前が得意としている「『ブルゾス』に『ガイア』への還り道を示す」という方法をシュウたちに会得されると、大変困る事態になるわけだ。

 そんなことされたら、『ブルゾス』を利用しているデウスにとっては死活問題だろうから。

 すぐにでも手を打ってくるだろうな」

「それは…そうだろうね」

「……アマラ。今からピサ島へ行くぞ」

「…はっ…ええっ!?」

 アラヤの提案に、天楽が仰天する。

「これが最後のチャンスだ。シュウに会って、もう一度話せ。

 もうこのあとは、こんな機会はなくなる。お前はどう決めようが勝手だが、もう一度だけ話してみろ。あいつら、お前の話に賛成なんだろ?

 そしてバクの話じゃ、お前の話を実現しようとしているみたいだからな。

 それを確かめるだけでも必要なことじゃないのか?」

 天楽はただ呆然とアラヤを見つめた。急に何を言い出すのか――と。

「何言ってるのかわかってる?これは本当に裏切り行為だよ?

 アラヤ、本当にどうしちゃったのっ!?」

 アラヤは恥かしそうに、天楽から視線を逸らした。

「どうしちゃったって…お前がシュウに言ったんだろ。僕はお前の仲間だって。

 お前の悩みぐらい、わかってるつもりだったから。

 行って会いたいんだろ…シュウに。だからこれが最後のチャンスって言ってるんだ」

「……アラヤ…」

「僕らが出入りした『カコ』側の結界の歪みは直されてしまっているだろうけど、前回、内側からわからないような場所に新たな歪みを作っておいた。

 そこから中に入れるはずだ。

 バクは自分の気配や存在を完全に消してしまう能力があるけど、僕らはそうはいかない。

 きっと前より苦労する話になると思うけど…我慢してくれよ」

「アラヤ…ありがとう」

 アラヤは礼を述べる天楽に、皮肉を込めて笑顔を浮かべた。

「なんだよ。結局本当に会いたいんじゃないか」

「……そうだね」

 妙に素直な天楽に、アラヤはため息をつき――直後にその頭をぽんと叩いた。

「痛っ!!」

「急ぐぞ。時間がない」

「…わかったよ……痛いなぁ、もう」

 愚痴る天楽に――アラヤは苦笑いを浮かべていた。



◆◆◆



 秋たちは寄宿舎に帰ると――そこにはキートとクラッペ。そして、2人の上司だというナル・ドータという男性が秋たちを出迎えた。



「お疲れ様でした、シュウくん」

 ナルは、妙に馴れ馴れしい笑顔を秋に向けてくる。

 秋はその笑顔に――あまり好意を持つことが出来なかった。

「ナルさん。どうしてここに?」

「フロガくん。僕は彼にちょっと話があって来たんだ。

 彼を借りても…いいかな?」

 ナルは父スィコの補佐役でもあり、スフェラの補佐役も兼任している。

 平凡な30代の男性――と見えるが、この容姿からは協会でも一番の実力者と言っていいほどの権力を持っているとは――とても想像出来ない。

 だが、フロガたちニキティス本家の人間なら、そのことはよく知っている。

 


 そんな人物が、わざわざ秋だけのために訪ねてくるというのは、疑問を感じざるを得ない。

「ナルさん…シュウだけとは言わず、その話は俺たちも聞きますよ」

「……君ならそう言うと思ったんだ…」



 その直後だった。

 宿舎の出入り口に、協会の「護衛役」たちが数十人と現れ、取り囲んでいた。

 それは、出入り口に留まらず――秋たちの周りにも、それ以上の「護衛役」たちが立ち並んだ。

「これはどういうことだ、ナルっ!!」

 フロガが叫んだ。

「僕は…穏便に話を進めたいだけなんだよ、フロガくん。

 僕は今日、協会側の代表として話に来たんだ…シュウ・タカモリくん」

「何が穏便だ…こんなもの、ただの実力行使だろうっ!!

一体、シュウに何を話したいんだっ!!」

アーラが堪らずナルに声を荒げ、後ろに控えるキートとクラッペを睨みつけた。

 キートをクラッペは辛そうに、アーラを見ることなく俯き加減のままだった。

「この2人も協会側の者だから仕方ないよ、アーラ。

 ところでシュウくん。君は今日…『ブルゾス』と対話をし、戦うことなく彼らへ『ガイア』へ戻る力を示したそうじゃないか」

 秋はナルを睨みつけたまま、口を開いた。

「対話…までいっていませんが……あなたは俺と話をしたいんでしょう?

 アーラやフロガさんたちまで、巻き込む必要はないですよね」

 ナルはここで苦笑した。

「まさかニキティスの子供たち全員が、君に同意すると思わなかったものでね。

 彼らにも聞き入れてもらわないと、のちのちとても困ることになるんだよ…シュウくん」

「何が…です?」

「君は不思議に思わなかったかい?どうして3000年という時間がありながら、君が示した浄化方法がとられなかったか。1300年前にターナという女性が同じ方法をとろうとして、彼女の作った国が滅亡しなければならなかったのか……」

 ナルの問いかけに、秋だけではない――セスカたち、そしてフロガたちまで言葉を失った。

「『ブルゾス』はね。人類にとって永遠の「敵」でなければならないんだよ。

 苦労しながら3000年もの間に、その「概念」を植え付けてきた僕らの苦労を、君は今打ち砕こうとしているわけだ」



「…どういう意味なんだよ」

 全身から吹き出そうとしている怒りを抑え、秋が唸るようにナルに聞き返す。

「このままではイロアス協会は…君たちの「敵」に回るということさ」

 ナルは笑みを絶やすことなく――秋にそう答えた。



 






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