第45幕 小さな勇者の大きな想い
「父さんっ、帰ってくるならちゃんと連絡ぐらいくださいよっ!!」
屋敷に来たのは、メルの長男クロコスだった。
息を切らし、帰ってくるなりメルを頭ごなしに怒鳴りつける。
「す、すみませんっ!!これには……」
秋が怒るクロコスにフォローの言い訳を入れようとすると、クロコスは秋を見て急に笑顔になった。
「いやいや。遠いところ大変だったね。僕はこの変わり者の長男でクロコスといいます。
よろしく」
「あ…俺は高守秋と…いや…えと、シュウ・ヘラクレス・タカモリ?といいます」
「君の噂は聞いてる。まだその言い方も慣れないだろう。君のことはシュウと呼ばせてもらうよ」
辿たどしい秋の自己紹介に、クロコスは苦笑いをしながら、そんなことを言った。
「それより父さんっ!!本当にいつもいつも……」
と、クロコスはメルを壁際へ追い詰め――秋たちには背を向けた形で、急に真剣な表情になった。
「女王陛下より連絡を受けました。父さんたちの無事を確認して来いと。
今、この屋敷は協会の「警護役」と、城からの警備兵で警備を固めております。
アグノス領にはマティたち「赤の部隊」がいますので、いずれ連絡があるでしょう。
それよりシュウたちに問題はありませんか?」
「補佐役のクララが能力の使いすぎで倒れてる。
アレティ様やシュウたちは仲間意識が強いからな。クララが起きないことには動かないだろう。お前もそのつもりで彼らに接してくれ」
「細かい情報は協会側から聞かされてます。任せてください。
それと僕も今日はこの屋敷に泊りますよ。
妻には子供たちをここには連れてこないよう言ってありますので、彼らはゆっくり休んでもらうようにしますから」
「…悪いな。城には明日行くことにする」
「わかりました」
一通りの会話が済み、クロコスが秋たちへと顔を向けたときは、父の突然の行動を怒る息子の顔に戻っていた。
「まったく…困るのは母さんなんだから……」
ぶつぶつと愚痴をたれたあと、クロコスは他のメンバーにも挨拶を済ませた。
クララが眠る部屋に、ベンジーだけではない。
直人とイルエも休んでいた。
イルエは日課としている瞑想中。
直人はその隣で静かに読書をしている。
ベンジーは眠っているクララの傍を離れようとせず、貸してもらった薄手のクッションに前足を投げ出した状態で目を閉じていた。
「今でも秋たちを許せない?」
突然直人が話しかけてきた。
「そんなことないよ。秋たちも色々考えてのことだと思う。
一時は僕もどうしてクララのこんな無茶を許したのかって怒ったけど、秋もアレティのことなんかで、仕方なく許したんだと思うんだ」
「じゃぁ、どうしてクララの傍を離れないの?」
これはイルエ。閉じていた瞳を開いている。
「クララが起きたとき、傍にいてあげたいんだ。それだけ…」
「僕らが見ているって言っても?」
「うん、そう。これは僕が決めたことだから」
直人の呼びかけにも、ベンジーの決意は揺るがない。
「クララが起きるのは、今日の夜ぐらいになると思うわ」
「それはイルエさんの「先視」?」
「そうね」
「じゃぁ…そのときまで傍にいるよ」
イルエの言葉にも、ベンジーはクララの傍にいることを選んだ。
「僕…例えクララが『アスピダ』とかいう元は死んでしまった人だったとしても、犬の姿を選んでくれたことに感謝してる。
そうしないと、僕はこの世界でたった1匹のしゃべる犬だったからさ。
だから僕はクララが好き。だから傍にいる」
「うん…わかったよ、ベンジー」
直人がそう――呟いた。
「あ…でも、これ秋には言わないでね。恥ずかしいから」
「わかった」
そう聞いて、直人とイルエはクスッと笑った。
ドアの外には秋とセスカ。
直人たちを交代しようと部屋を訪れてたが、偶然この会話を聞いていた。
もしかしたら、秋たちが来ている気配を察して、直人がベンジーにそんなことを訊いたのかもしれない。
秋とセスカは顔を見合わせると、一度部屋から離れていった。
夜。もう一度訪れようと話し合った。
恥ずかしがり屋のベンジーのため、クララと2匹でゆっくり話せる時間を作るために――。
◆◆◆
ロバロ公国――『スヴェートスチ宮殿』、ロバロ側建物内『天の光の庭園』。
時刻は翌日の日付へと変わる間近。
そこに1組の男女の姿があった。
銀の髪と金色と緑色のオッドアイの瞳を持つ17~8歳程度の少年と、黒い髪にブラウンと赤い瞳を持つ同じ程度の年頃の少女。
「アラヤとナユタ。お待たせしたね」
その少年、少女の名を呼んだのは――40代の男。
「最近協会の人間が何かとうるさくてね。巻くのに一苦労さ」
「…だったら殺してしまえば……」
少女――ナユタが男に言う。
「殺すのは簡単だけど、まだそのときじゃないからね。
それより、これからエリュシオンのイオまで行ってくれないか?」
「転移は疲れるんだけど……」
少年――アラヤが面倒くさそうに男に愚痴る。
「クララなんか、デルタからイオまで10人近くを運んだらしいぞ。
たった2人がイオまでなんでもないだろう」
「クララか…元気なのかな?」
ナユタが呟いた。
「さすがに今頃はへたばっているだろうけど、明日には元気を取り戻すだろう。
僕があいつにそういう能力を与えたんだし。
でもさすがに邪魔になってきたよ。
2人には、そのクララを含めて、異世界から来たシュウとナオト。
それとセスカたちを殺して欲しいんだ。『イデアール』の連中に頼んだけど使い物にならなくて。宿や馬車のルートも全部教えたのに、ことごとく失敗したらしい。
明日、君たちでシュウたちを殺して。
彼らの能力は『アート』で確認済みでしょう?今のうちならシュウたちが束になっても、君らには敵わない。だって君らはこの世界で最強クラスの『アトスポロス』だから」
男は笑顔でアラヤとナユタに何でもないかのように、物騒な内容を口にした。
「今のうち…という言い方が気に食わない。
今でも未来でも僕らが「最強」に変わりはない」
「アラヤ。そうも言っていられなくなってきた。特にシュウはどれほど強くなるか、この僕でも先が視えない。君らも最近活躍してなくて退屈だろう?」
「…とにかく…シュウたちを殺せばいいのだろう?
もう少し強くなってきたところに、絶望を与えて殺すことを楽しみにしていたのだけど…」
「ナユタは相変わらずサドだね。
それでも適当に今の彼らでも強いだろう。十分絶望を与えて殺してやればいいよ」
言った男も――ナユタという少女も、口元に不敵な笑みを称えている。
「まったくあんたたちの方がよほど僕より怖いよ。
とにかく明日、あいつらを殺せばいんだろう。わかったよ」
アラヤがそう言ってため息をついた。
「よろしく頼むよ。悪いね」
「でも、デウスがこんなこと言うなんて少し驚いた。
そんなに怖いの、あのシュウとかいう奴?」
ナユタの言葉に――男の笑みが苦いものへと変化した。
「…うん、怖いね。ニキティスの連中もそうだけど、それ以上に怖いかもしれないな」
「わかった。それなら少しは楽しめそうだ」
アラヤがそう言い残し、直後に2人の姿が男の前から消えた。
「まさか…アラヤとナユタを使う日がくるなんてね。『ガイア』もそうとう力を入れておられるということか。貴女に敬意を表して、『デウス・エクス・マキナ』なんて名前を使わせてもらっているのに…。
さっ、僕も何かと忙しい。薄毛に悩むあの人に、何かいい薬でも手に入るといいのだけど…。こればかりは僕でもどうにもならないからな」
そう愚痴ては――男は嬉しそうに微笑んでいた。




