第32幕 それぞれの思いと決意
宮殿では、アレティが戻らない秋たちを心配していた。
「何があったのじゃ…今日には戻る予定ではなかったか?」
「アレティ様…このような遠征などの時は予定通りにはいかないものです。
今までもそうだったじゃないですか?」
直人の笑顔に、アレティは「そうだが…」とは言うものの、納得がいかない表情だった。
アレティを侍女たちに任せ、直人はイロアス協会の関係者に、騎士団の様子を訪ねようと、アレティの自室をあとにした。
直人もまた、今回の遠征には腑に落ちない部分が多かった。
あまりにも突然決まったことや、何故秋たちに声がかかったかのかなど――。
不可解な点が多かったのである。
そんな急ぐ直人の目に、廊下の反対側から歩いてくるイルエの姿が見えた。
「イルエっ!!」
直人はそう呼び、イルエに駆け寄った。
「ナオトっ」
いつにも増して、イルエが不安げな顔をしていた。
「何かあったのか…イルエ」
直人がイルエの手を取った。
「……あなたに謝りたくて……」
「…どういうこと?」
直人はイルエの両肩を掴んだ。
イルエはこう話した。
この遠征の話は、元は自分の「先視」が発端だったと。
「私はシュウが襲われる…そして命を落とすかもしれないという「先視」を視た。
場所はザイタンの街の郊外…『アート』。
私があなたにそれを知らせようとしたとき、メルさんとイレクスさんに会って。
その2人に話したら、自分たちに任せて欲しいって言われて。
そしてナオトに話すと心配するから、しないようにと言われていたの。
この「先視」には続きがあって、シュウがそれを乗り越えることが出来たとき、彼が『英雄』として大きく成長する……彼には必要な試練だとも。
それもメルさんとイレクスさんにはお話してあるわ。
そしたらこの遠征の話が出て…シュウたちに声がかかったの」
「……そうか…それで……」
仕組まれた。直人はそう感じた。
それはおそらく協会が絡んでいるはず――秋はここに来た時から命を狙われている。
その敵を特定するために、出汁に使われた可能性もある。
「大丈夫だよ、イルエ。イレクスさんはもともと協会の人だ。
きっと、彼らのことはがっちり護っているはずだ」
「……違うの。そのイレクスさんが……」
「イレクスさんが……」
「もう……いないかもしれない」
「……っ!!」
直人はその目を見開いた。
イルエの銀の瞳に涙が潤んでいる。
直人はイルエをそのまま抱きしめた。
「君は何も悪くない。これは…イレクスさんが選んだ未来だと思う…。
だから君は…もう僕には隠し事せず、全部話してくれ。
君の苦しみは、僕も背負うと言っただろう?」
「……ごめんなさい…ナオト」
自分にしがみついてくるイルエの温もりを感じながら、直人は秋たちの無事を願わずにはいられなかった。
◆◆◆
秋とセスカが使う部屋は2人部屋で、ベットが2つ用意されていた。
秋は右肩の怪我があるため、セスカは隣のベットを使うことにした。
セスカは家から持ってきた秋のシャツに着替えた。
このような遠征時には荷物になるから、あまり不要な衣類は持たないようにしているのだが、これだけは別である。
秋のニオイを感じる何かを身につけることが、今のセスカの精神安定剤でもあった。
「おい…セスカ」
秋の声が聞こえ、後ろを振り返る。
ベットに寝ている秋がセスカに左手を差し出していた。
「シュウ?」
「…出来ないけど…こっちの手で、抱きしめて寝ることぐらいは出来るぜ」
セスカは感激で泣きそうになった。
やっぱり秋は――最高だ。と。
セスカは遠慮がちに秋に近寄った。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だから言ってる。ってか、それ俺のシャツじゃん」
「……持ってきた」
恥ずかしそうに着ているシャツを握りしめるセスカに微笑みながら、秋は上半身を起こそうとした。
「起きなくていいっ!!私がいくから…」
セスカは秋に近寄り、軽いキスをした――そのとき。
「……あれっ?」
くらっと2人は目眩を感じ、セスカは倒れこむように、秋はなんとかセスカを抱きとめたが、2人の意識はそれっきりぷっつりと途絶えた。
「…静かになったね」
秋とセスカの部屋の前で、アックスとアダが立っていた。
命を狙われた秋の身を按じ、こうして2人は不測の事態に備えて、部屋の前に控えていたのである。
「ターンさんが「眠りのチャーム」の魔導を2人にかけたらしい。
「キスしたらそのまま朝まで寝る」っていう……」
どこか言いにくそうなアックスに、アダはその内容に驚いていた。
「え…確かに秋とセスカが…今日のことを気にして眠れないかもしれないとは思ってたけど……ターンさんもよくわかってらっしゃる……」
「……まぁな」
そんなアックスは少々複雑そうだ。
「で、アダ。お前も寝て来い。明日は何が起きるかわからないからな」
「それなアックスも…でしょ?僕も辞めたとは言え、元騎士なわけだし。1~2日寝なくても大丈夫だよ」
「…わかってる」
アックスがそう言って、急にアダに視線を向けた。
「お前の占い当たったな」
「…今日の?」
「違う。前に俺に占ってくれたことがあっただろう?」
「あぁ…あれか。忘れてた」
アックスは、わざと恍けるアダに笑った。
「何?」
「いや…すぐに俺のやるべき道が見つかる。そして落ち込んでいる暇がないほど、その道に進んでいくことになる……まさにその通りだと思ったんだ」
「アックスのやるべき道は…シュウに関係ある?それともアレティ様?僕はそこまで視えなかったから…」
そう言って、アダは親しみを込めた笑みをアックスに向けた。
「…お前はどうなんだ、アダ?」
逆に問い返され、アダは少し驚いた様子を見せたが、すぐにアックスに答えた。
「…秋の『綺晶王導師』になろうと思った」
「お前……そっちの趣味か?」
「違うよっ!!」
アックスに言い返したが、その声は大きかったので、慌ててアックスは指を立てて「しーっ」というジェスチャーを取り、アダは両手で自分の口を抑えた。
が、部屋の中からは何も聞こえなかったので、2人はほうと胸をなで下ろした。
「変なこと聞かないでよっ」
「悪い、悪い。ついな…」
アックスが苦笑してアダに謝った。
そしてアダは覚悟を決めて、アックスに話し始めた。
「僕は…非力だけど、シュウは僕の力を褒めてくれた…だからどれぐらい役に立つかわからないけど、シュウに歩むべき道を、やるべきことを…導きたいと思った…からかな」
「…お前なら出来るだろうな……」
「それで…アックスは?」
アックスはふと思う。
もし秋がいなかったら――出会うことがなかったら、アダとはこうして話すこともなかっただろう。そしてアダの力を見縊ったまま、自分は敬遠しつづけただろう――と。
どれだけ心の狭いやり方をしていたのだろう。
騎士団で名を上げようと、小隊長としてその役目を果たそうと、セスカに好きになってもらいたいと、かっこをつけた自分ばかりを見せようと――そんなことばかり考えていた。
だから何時も疲れだけを感じていた。
セスカはちゃんと見ていたのだろう。こんな自分を。だからこそ、秋という男を選んだのだろう。その選択に間違いはないと思えたとき、アックスのやるべき道は開けたのかもしれない。だが、この一杯の思いを、どうアダに伝えようかと考えて。
「…帰ったら教えてやるよ」
とだけ答えた。
「ちょっとぉ。自分だけかっこつけないでよねぇ」
「また大声出すつもりか?」
「自分ばっかり……」
アダが不貞腐れる。アックスは苦笑いしつつ、こう――アダに言った。
「明日は…シュウを護るぞ。何があっても……」
「…うんっ」
アダは力強く頷いた。




