第22幕 アックスの憂鬱
アダは騎士団の寄宿舎を出て、直人の屋敷に引っ越した。
最初、本人は精一杯嫌がった。理由は「恥ずかしい!!」。
直人の屋敷は、直人とイルエとで使用人がいるとは言え、2人で暮らしている。
それを恥ずかしいと言ったのだが、秋は、
「じゃぁ、俺んち来るかっ!?」
と、聞いた。
「……ナオトさんの屋敷に下宿させてもらうよ…」
と、アダは折れた。
秋とセスカにあんなに目の前でいちゃつかれて、惚気けられるよりは、直人の屋敷はまだ広いし、逃げようがある。それがアダの判断だった。
「懸命な判断だと思うよ」
と、直人が笑顔で言った。
アダの加入は、秋に意外な効果を齎せた。
しばらく続いていた追い詰められているような刹那的な緊張感は和らぎ、秋の振るう剣は、本来の力強さが戻り始めていた。
アダに弥生のことを占ってもらったことで、ひとつの答えがはっきりとでは無いにせよわかったことにより、秋の焦りを払拭することに役立った――そんな様子だった。
そして『綺晶王導師』としてだけではなく、本来の騎士としても騎士団に所属していたアダの腕前は、セスカに劣らぬものがあった。
アダの剣術は「突き」を主とする型で、今のスポーツで例えるならフェンシングが該当する。
細身の「レイピア」という突くことを目的とした剣を具現化し、そこに水を纏わせるスタイルをとる。
セスカの剣も「ニケ(勝利の女神)」という『神杯』を、細身の剣の形に具現化するが、レイピアよりは幾分か太さもあり、「切る」ことも出来るような仕様にしている。
だがアダの剣は「突く」ことを念頭におく。
アダの『神杯』は『ディアスパスィ(突破)』。
あの占いに使うペンディラムは、アダの『神杯』でもある。
ペンディラムが『ブルゾス』の急所をアダに教える。
アダは的確にその狙いに向かって攻撃を仕掛ける。
秋のような力任せの攻撃方法ではないが、直人のスタイルに近いため、秋はアダからも教えを請うことにした。
急増の凸凹コンビだが、色々言い合いながらも、2人でうまく纏めている様子に見えた。
セスカも直人も、秋とアダのコンビは2人にそれぞれ良い結果を生み出していると考えていた――。
だがそれを良しとしない者も存在する――アックスだ。
嫉妬深い性格ではないにせよ、セスカのことの直後に、メルとの手合いのこと。そして敬遠していたアダの加入。
『英雄』の周りは何やら賑やかさを増していると聞いている。
気持ちは――面白いものではない。
秋には関わらないと決意したが、鬱積している感情が晴れることもない。
騎士団はセスカの除籍とアダの退団を受け、どこか落ち着かない、浮ついた雰囲気がある。
アックスがいつにも増して叱咤し、厳しく引き締めていることで、どうにか纏まりはしているが――それは自分の気持ちの現れなのか。アックスはそんなことを考えるようになっていた。
◆◆◆
騎士団の『ズローバ』の『ブルゾス』退治は大事な仕事の一つ。否。それが目的と言って良い。
だが、それも秋たちの活躍によって、大物の『ディアボロス』はあらかた退治されており、アックスの複雑な思いは、ますます晴れるチャンスを失っていた。
「おっ、アックスじゃっ!!」
久しぶりにアックスが訪れた闘技練習場には、先約として秋とセスカ。アダとアレティ――そして犬が2匹いた。
「どうじゃ調子は?」
「はい。とてもいいですよ」
嘘だがそう答える。自分にもメンツというものがあるのだ。
そしてアレティは、最近変な挨拶を強要する。
手のひらを合わせ、パチンと互いの平を合わせる挨拶だ。
またアレティがあの挨拶を求めたので、アックスは仕方なく応じる。
「おう、アックスもノリいいじゃんっ。こっちもこっちもっ!!」
ドサクサに紛れて、秋も手のひらをあげ、アックスにあの挨拶を求めた。
「どうしてお前までに、そんなことをしなきゃならんっ!!」
「これはシュウに教わった挨拶じゃ」
「そうそう」
アックスは激しいイラつきを覚えたが、アレティの手前、本当に仕方なく、秋にもあの挨拶――ハイ・タッチを行った。
「なんだ。もっと固い奴かと思ってたのに」
「アックスはシュウに負けるが良い奴じゃぞ」
「そうかぁ。なら声かけてみるか」
「それは良いっ」
アダがオロオロしている。アックスは本当に固い奴なんだよぉと声を大にして言いたいが、どうしていいかわからない様子だった。
セスカはとにかく黙って、秋のやりたいようにやらせている。そんな感じである。
「アックス。友達になろうぜ」
「断るっ!!!」
秋の満面の笑みを、真正面から打ち破り、アックスは即答した。
そしてアレティには無言で頭を下げると、不機嫌そうに練習場を後にした。
「……アックス…」
遅れて練習場に到着した直人は、怒り心頭のアックスの態度に呆然とその姿を見送った。
「怒らせてしまったのう」
「…コミュニケーションがまだ足らなかったようだな。まぁ、仕方ない」
秋とアレティは顔を見合わせ、お互いに肩を竦めてみせた。
この2人の方が一番良いコンビなんだろうなぁ。それがアダの感想だった。
「ねぇ、今アックスがすごい勢いでここを出て行ったけど……」
直人がそんなメンバーに声を掛けてきた。
◆◆◆
アックスはロバロ公国、キュノサルゲス双方でも唯一の『第2級 (ゼフテロス)』の『アトスポロス』だった。
剣術はメルに敵わないにせよ、能力ではメルを超える。
そしてその能力は『レブマ(急流)』。
両手持ちの両刃の剣を具現化し、荒々しい激流を伴う剣使いで、この日ようやく『ズローバ』で出会えた『ディアボロス』を、粉々になるまで攻撃を加え続けた。
「…アックス小隊長……機嫌がめっちゃ悪そうだな」
「一方的ってより、無抵抗の相手を「フルボッコ」って感じだな」
団員たちが、アックスの様子をそう言いながら見ていた。
「そこっ!!何見学しているっ!!動けっ!!!」
「は、はいぃっ!!」
アックスの激が飛ぶ。慌てて団員たちが『ブルゾス』の捜索に向かった。
「…まったくっ、情けないっ!!だから異世界の奴らにイイ様にのさばられるんだっ!!」
完全に八つ当たりじゃねぇか――と団員の誰もが感じていたが、口に出して言える者は皆無だった。
「おいおいおい。何八つ当たりしてんだよっ!!」
そうアックスに頭ごなしで言える相手――メルが、様子を見にやってきた。
「…メル副団長……」
「ここにゃもう『ブルゾス』はいねぇ。引き上げんぞ。それとアックスよぉ……荒れてるのはわかるが、部下にあたり散らすなよ。奴ら怖がってんぞ」
「あたってなんかいませんっ!!」
アックスは声を荒げて否定した。
いや。あたってるって。団員たちのメルを応援する視線が、メルに集中する。
「まぁ…とにかく帰るぞ」
「…はい」
メルはこれ以上の言い合いは意味がないと、アックスにそう伝え、アックスも了承した。
「それからアックスよう…」
「はい?」
「一回、シュウとちょっとでいいから話してみたらいいんじゃねぇか。
あいつ、結構面白いぞ…」
「……考えておきます」
「あぁ、そうしてくれ」
尊敬するメルにそう言われて、アックスは俯き加減に前向きでない答えを返した。




