第2幕 運命の出会い!!それとも再会!?
「ぎゃあああああああっ!!」
秋は森の中を疾走した。
風を切り、まさに神速と言わしめる快走だった。
背後からは体長3メートル以上はあろうかという、辛うじてヒトガタの化け物。
「秋っ!!こっちっ!!」
右横を共に走るベンジーが秋に叫んだ。
(なんでお前はしゃべれるんだぁっ!!)
なんてことに拘る暇などあろうはずはない。
ベンジーの指示のまま、より木々が密集している左へと進路を変えた。
<がぁぁぁぁっ!!>
木々を薙倒し、ヒトガタの化け物は秋とベンジーを追うことを諦めたりはしなかったが、その速度は木々に阻まれ、明らかに落ちている。
「お前、頭いいなぁぁっ!!」
「ありがとぉ。とにかく一気に突っ切るよっ!!」
すげぇ。ベンジー、お前、やっぱ頼りがいのあるいい相棒だぜっ!!
走りながらの荒い呼吸では、そんな長い台詞は命とりだ。
秋は心の中でひっそりと呟いた。が。
それ以上に口に出したい台詞があった。
「トラックの次ぎは化け物かよ――――っ!!!」
◆◆◆
「はぁ…はぁ、はぁ、はぁ……」
ヒトガタの化け物の姿が見えなくなるくらい、秋とベンジーは森の中を突っ走った。
幸いというか岩の間から染み出す湧き水を見つけ、その水を口に含み、ようやく生きた心地を手に入れた。
「…たくぅ……」
近くの大木の前に座り込み、その幹に背を凭れ、秋はなんとか言葉を口にした。
「…トラックの次ぎは化け物だね……」
「あ……それ言おうと思ってたのに……」
ベンジーに先を越され、秋は嘆息した。が、そういう場合でもない。
「でもよ…ここはどこだ?あの姉ちゃんどこ行った?ベンジー、なんでお前しゃべれるんだ?」
「…一気にきたねぇ…。
ここはどこだとか、あのお姉さんはどこだとか…僕がなんで話せるとか……わかんない」
「…だよなぁ……」
この質問は相棒には可哀想だよな。俺と一緒に、気が付いたらこの森の中にいたんだし。
あの手を握り、助けてくれた美少女の姿はすでになかった。
お礼のひとつでも言いたかったが――。という場合でもない。
それは大事だが、この際もっと大事なのは、現状把握だろう。
「…なんか日本のどこか…って感じじゃないよね……」
本当にこの相棒は頭が良い。それだけでも秋にとっては心強い。
「…じゃぁ…日本じゃない…ってことか?」
「秋がよくやるゲームとか、よく読んでる漫画とか…こういう場面得意じゃない?」
「おかげで取り乱さない程度の免疫はついてたみたいだな。
でもマジで異世界とか止めてくれよ…。あの化けもんはいかにも異世界の住人さんだろうけど……」
ベンジーとの会話で、秋は徐々に冷静さを取り戻した。
が、それは認めたくない現実を認識させる結果もつれて来る。
「…『蓬莱亭』のチャーシュー麺…食いたかっただけなのになぁ……」
「うん…僕も」
よほど疲れたのか。ベンジーは秋の傍らに足を投げ出し、崩れたお座りの体勢だった。
「…さて。どっちにしても、これからどうするか…だな」
「ここで座り込んでてもお腹はすくもんね」
「そういうことだ」
立ち止まってても仕方がない。1人と1匹の意見は同じのようだ。
互いに顔を見合わせ、その意思を確認し合う。
そして秋が立ち上がりかけたとき。ついさっきまで疎ましく聞こえていた、木々を薙倒す音が辺りに響いた。
「まーたあの化け物、自然破壊してんのかっ!?」
「…冗談言えるくらいには回復したみたいだね」
秋は足元にいるベンジーに視線を移す。
笑っている――そんな様子でベンジーは秋を見上げていた。
「…まぁ。悲観してても仕方ない」
「そうだ、そうだ」
「で、相棒。あの自然破壊魔…どうした方がいいと思う?」
「僕たちを探しているみたいだし…逃げるが……!?」
ベンジーが言いかけて――何かに気が付いた。
それは秋も同様で、木々を薙倒す音に神経を集中させる。
それは近づいてくるというより、徐々に遠のいていた。
「…何か…僕らを探しているというより……」
「もしかして…別の何かを追いかけてる…とか?」
そう。音は結構な速度で遠ざかっていく。
まるで何かを追いかけているかのように――。
秋とベンジーの対応は迅速だった。
何が出来るというわけではないが、つい先刻の自分たちのように、あの化け物に追われている誰かがいるのなら――助けないわけにいかない。
あんな大変な思いをしたばかりなのに――秋は自分の性分に呆れたくなった。
◆◆◆
「アレティ様っ!!」
セスカは、まだ幼いアレティの手を引き、障害となるであろう木々の深い方へと走った。
「はっ、はっ、はっ」
アレティは必死にセスカに追いつこうとしているが、木々が密集しているということは、張り出した根に足を取られ、思うように速度が上がらない。
迂闊だった。ここは『ズローバ(邪悪)』により近い地域だ。
戦士であるセスカ1人なら、何とか相手の出来る『ディアボロス』だが、アレティをつれているとなると話は別だ。
この国の王たるアレティに傷ひとつも負わせるわけにいかない。
慎重にアレティの手を引き、セスカは森を駆け抜ける。
だがアレティの握る手の力が落ちてきた。
聞こえる呼吸もますます荒くなっている。
限界かもしれない。セスカはアレティへと体を向けると、
「失礼しますっ!!」
と、アレティに有無も言わせず、その体を抱き上げる。
12歳の少女というには、アレティの体は小柄だ。
セスカも体躯もけして屈強という類ではないが、鍛え上げられた筋肉はしなやかなラインを形作っている。
苦も無くアレティを抱き上げたセスカは、一気に速度を上げた。
「わらわは大丈夫じゃっ!!」
「えぇ。ですが、今は緊急事態ですので、少々の我慢を。一気に走り抜けますので、余りおしゃべりが過ぎますと舌を噛みますよ」
セスカにそう言われ、アレティは口を真一文字に閉じた。
そんなアレティの素直な仕草に一瞬笑みを浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えた。
表情により緊張を漲らせ、セスカは正面に向き直る。が。
「……っ!!」
真正面に『ディアボロス』が待ち構えていた。
張り出された手に、アレティを庇うセスカの体は堪らず吹っ飛ばされ、背中を大木の幹に強打した。
「かっは……」
呼吸が出来無いっ!!アレティをしっかりを胸に抱きつつ、セスカは咽るように呻いた。
「せ…セスカっ!!セスカっ!!」
アレティがその瞳を潤ませて、横たわるセスカを見つめ、その名を必死に呼んでいる。
セスカは、閉じようとしている真紅の双眸に力を込め、アレティの背後に焦点を移した。
『ディアボロス』が2体――。
「……ぐぅっ…」
呻きながらも、セスカは無理やり両腕に力を込める。
アレティを護らなければ――その一身で起き上がろうと足掻いた。
「セスカっ!!無理するでないっ!!」
叫ぶアレティを気にかけるが、答える余力が今の自分には欠けている。
とにかく今は、立ち上がらなければっ!!
セスカが顔を上げたとき。
それは再度、『ディアボロス』が、その腕を振り下ろさんとしている――まさにその瞬間だった。
「あ…あ…レ……」
アレティに逃げるよう伝えようとした。が、まるで言葉にならない。
背中に激痛が走り、痛みに顔が歪む。
――誰か…誰か、アレティ様を――
セスカが叫ぼうとした――そのとき。
褐色の閃光が迫り来る『ディアボロス』の腕を切り落とした。
腕が落下した際の地響きが鳴り止まない中、もう1体の『ディアボロス』が両腕を振り上げ、叩き落そうと待ち構えていた。
「……っ!!」
間に合わないっ!!
――だが、そうはならなかった。
そこには見知らぬ背中があった。
『ディアボロス』の両腕を、自身の両手で受け止め、平然としている男性の後姿。
セスカの瞳が見開かれる。一体――誰?
「…間に合った……かな?」
振り向いたのは――少年。それは自分と同い年程度の少年だった。
黒髪に――茶色の瞳。それは東の民の特徴を持っていた。
はにかんだ笑みをこちらに向け――「大丈夫か?」と声をかけてきた。
その少年の笑みに安堵し、そして――。
『英雄降臨す』。セスカは今朝聞いた、先視師の言葉を思い出していた。