第1音 ノイズの街に響け最初のビート
夕暮れの街。
人通りの多いスクランブル交差点に、ざらついた音が混じり始めていた。
最初は誰も気にしない。
イヤホンの音が途切れたような、小さな違和感。
――だが次の瞬間。
「……っ、なにこの音……!」
スピーカーから流れていたBGMが歪み、
空気そのものが震え出す。
黒い靄のようなものが集まり、形を持つ。
それは、人の顔のようにも、スピーカーの塊のようにも見える異形――
**ノイズ。**
人々のざわめきが恐怖へと変わり、逃げ惑う。
その少し離れた場所。
イヤホンを外した少女が、静かにその様子を見ていた。
「……やっぱり、出た」
音羽ミオ。
普通の学生。
――そして、非公認の仮ヒーロー。
彼女の肩の横で、小型ロボットがふらふらと浮かぶ。
「ノイズレベル上昇……たぶん、強め……たぶんね……」
「“たぶん”って何よ、ビート」
「ボク、ちょっと壊れてるから……」
ミオは小さくため息をつきながらも、笑う。
「でも、頼りにしてるよ」
そう言って、カバンの中から小型デバイスを取り出す。
「――スーツ、起動」
音が弾けるように、光がミオを包む。
身体にフィットするヒーロースーツが展開され、
背中にはスピーカーユニット、腕には音響デバイスが装着される。
胸元のコアが、リズムのように脈打つ。
「ジャンル選択……」
ミオが軽く指を動かすと、UIが浮かび上がる。
**ROCK / EDM / CLASSIC / POP**
「最初は――これでしょ」
彼女は迷わずタップする。
**ROCK**
瞬間、スーツの各部が赤く発光する。
ミオは屋上から飛び降りる。
着地と同時に、背中のスピーカーが低く唸る。
「ギターアックス、展開!」
光が収束し、ギター型の巨大斧が手に現れる。
ノイザーが不快なノイズを放ちながら襲いかかる。
「ギィィィィ――!!」
「うるさいっての!」
ミオは弦を強く弾く。
――ドンッ!!
重い音が衝撃波となり、ノイザーの一部を吹き飛ばす。
だがすぐに再生する。
「再生速度、高いよミオ!」
「わかってる!」
ノイザーが音を歪ませ、周囲の看板や機器を暴走させる。
街全体が“騒音の塊”になる。
「くっ……!」
音が乱れる。
リズムが崩れる。
ミオの動きが鈍る。
「音が……ぐちゃぐちゃで、リズム取れない……」
その時。
ビートがノイズ混じりの声で言う。
「……ミオ、外の音じゃなくて……自分の音、聞いて」
「え……?」
「ミオの中にある音……それ、まだ消えてない」
ミオは目を閉じる。
周囲の騒音ではなく、
自分の心臓の鼓動に意識を向ける。
ドクン、ドクン――
「……これが、私のビート」
目を開く。
「リズム、取り戻した!」
「ボイスブレードマイク、起動!」
マイクを握り、声を乗せる。
「――いくよ!!」
彼女が歌い出す。
荒く、力強く、ロックな旋律。
声が刃となり、ノイザーを切り裂く。
「ギィィィ!?」
さらにギターアックスで追撃。
音と音が重なり、爆発的な一撃になる。
「これが――私の音!!」
ノイザーの核が露出する。
「ビート!」
「位置、そこ!」
「ありがとう!」
ミオは最後に弦を思い切りかき鳴らす。
――ズガァン!!
巨大な音の波が、ノイザーを貫く。
黒い靄は弾け、消滅した。
静けさが戻る街。
遠くでサイレンが鳴り、プロヒーローたちが到着し始める。
ミオはフードを被り、そっとその場を離れる。
「……今日もバレなかったね」
「うん……ギリギリ」
ビートがくるくる回る。
「でもさ、ミオ」
「なに?」
「ミオの音、すごく良かったよ」
少し照れながら、ミオは笑う。
「……でしょ?」
その様子を、ビルの上から見ている影があった。
「非公認であの出力か……面白い」
その胸には、正式なヒーローのエンブレム。
「音羽ミオ……だったか」
――物語は、まだ始まったばかり。




