第一話 変わった女性
「過去の奴隷」と、物騒なタイトルですが一応ジャンルとしては恋愛モノです笑。投稿は不定期ですが、読んでいただけると嬉しいです!
「はぁ……次の講義、ダルいんだよなぁ」
隣を歩く金髪のチャラ男、友人の伊織が、大袈裟に肩をすくめて溜め息を吐いた。
「お疲れさんです。俺はもう今日の講義終わったんで、先に帰らせてもらいますわ」
「うっぜぇ~! ま、どうせ寝るからいいけどなっ」
ニヒッと笑う伊織に、俺は呆れ半分で苦笑いを返す。
「ははは…伊織らしいけど、油断して落単すんなよ?」
「おっと、オレを舐めんなよ? 去年10単位落とした男だぜ?」
「だから言ってんだよ!」
間髪入れずにツッコミを入れると、伊織は「じゃあな~」とヒラヒラ手を振って去っていった。
「はぁ、あいつが卒業できるのか心配になってきた……」
俺は友人の将来にため息を吐きつつ、帰路につこうとした、その時だった。
トントン、と肩を叩かれた。
伊織が何か忘れ物でもしたのかと振り向くと、そこに居たのは金髪のチャラ男ではなく、綺麗で長い黒髪をなびかせた一人の女性だった。
「……」
彼女は無言のまま、不思議そうにじっと俺の顔を見つめている。
(誰だ? 俺、この人と知り合いだったっけ……?)
記憶の引き出しを必死に探るが、こんな綺麗な女性に見覚えなどなかった。
かといって、道を尋ねたい風でも、何かを落としたと教えてくれる風でもなさそうだ。ただただ、透き通った瞳で俺の表情を観察するように覗き込んでくる。
向けられる無言の視線に耐えかねて、俺は引きつった笑みを浮かべた。
「えっと……どうかしましたか?」
「……」
「えーっと……」
返答はない。
(気まずい...)
新手の宗教か、あるいはナンパの逆バージョンか何かだろうか。冷や汗をかきながら後退りしようとした、その瞬間だった。
「......君はなんだか悲しそう」
長い沈黙の後、返ってきたのは問いの答えではなく、突拍子の無い言葉だった。
「……は?」
だが、次の瞬間、心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。
悲しそう? 俺が……?
見透かされたような、胸の奥を急に触れられたような嫌なざわめきが広がる。だけど、そんなはずはない。初対面の、名前すら知らない相手だ。
俺は動揺を隠すように、引きつった笑みを張り付けた。
「あの……すみません、人違いじゃないですか?俺、あなたのこと知りませんし」
これ以上関わっちゃいけない、俺の心の奥底の何かが暴かれるような気がした。
俺は逃げるように後退りする。
だが、彼女は逃がしてくれない。逃げる足取りを追い詰めるように一歩、距離を縮めてくる。
「なんで君は、偽物の仮面を被っているの、?」
(違う)
「なんで苦しそうなの、?」
(やめろ)
「なんで、本当は苦しいのに、平気そうな顔をして笑っているの、?」
「やめろっ……!!」
俺は耐えかねて、怒鳴り散らすような声が喉から飛び出していた。
「……っ!?」
予期せぬ大声だったのか、それまで落ち着いていた彼女の瞳が、見開かれて大きく揺れる。
だが、俺にそれを気遣う余裕なんてない。
(やばい、やってしまった……)
静まり返るキャンパス。
通りすがりの学生たちが一斉に足を止め、怪訝な視線を俺たちに注いでいた。
「え、なに? あいつ急に叫んでない……?」
「ケンカ? あの子、かわいそう……」
ヒソヒソという雑音が、刃物のように俺に突き刺さる。
(目立ちたくない、無難に生きたい、波風を立てたくない...)
体全体が嫌な汗で冷たくなっていく。
「あ……くそっ」
逃げなきゃ。今すぐ、ここから。
俺は動揺で目を見開いたままの彼女を置き去りにし、翻すように背を向けた。周囲の視線から逃れるように、俺はその場から走りだした。
自分の心臓のうるさい鼓動だけが、耳の奥でずっと鳴り響いていた。
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