後編
およそ10メートルの距離で2人は対峙する。
セドリックはいきなり斬りつけてくるような人間ではない。
クラリスは内心恐怖を感じながらも堂々と立ち会った。
「裏切り者が。王妃になれてさぞいい気分だろう」
「裏切りとは何に対して言っているの? 私はミレイユの身代わりに婚約に出された身。裏切るも何もないわ」
「黙れ! お前はジダルク王国王妃の地位を利用してエルドラストに攻め込みミレイユ様を処刑した。許すまじき行為」
「私の地位で軍は動かせない。でも王妃としての責任を問われたら祖国を助けるために動かなかったと言われても仕方がないわ」
「認めたな。その首を叩き切ってやる。覚悟しろ」
セドリックの殺気にクラリスは背中に冷たいものが滴り落ちていたが、一歩も引かない。
2人は睨み合い、対峙する。
セドリックは言葉こそ強いが兵士たちに進撃を命じない。
クラリスを試しているようであった。
「お前はジャクリーヌ王妃やミレイユ様から受けた恨みを軍事力で国ごと叩き潰す事によって晴らしたかったんだろう。そのせいで国を失った人間の事は考えなかったのか」
「あなたは仕えていたミレイユがいなくなって私が生き残ったのが気に入らないだけ。私にも祖国を救えなかった責任はある。だから裏切り者のそしりは甘んじて受けます」
お互いに耳の痛い言葉であった。
祖国を救えなかったクラリスにミレイユを救えなかったセドリック。
2人ともそれは認めているが一歩も引かなかった。
今のクラリスにとってジダルク王国が自分の国であり、どちらを主にするかと問われたらジダルクになるからだ。
「下がりなさいセドリック。もうエルドラストは存在しないのです。あなたが仕えるとすれば新しい国と新たな秩序です」
その力強い声にセドリックは押されていた。
これが王妃クラリスの力。
ミレイユのように権力を振りかざしたわけではない。
クラリスの放つオーラのようなものがセドリックにははっきりと見えていた。
セドリックは弓を構えてクラリスに向ける。
「クラリス様をお守りしろ!」
宮殿警護兵がクラリスの前に出て守ろうとするが、クラリスがそれを制する。
「全員私の側から離れなさい」
その命令に警護兵たちは動揺する。
「危険です。あなたに万一の事があれば我々は責任を問われます」
「大丈夫、彼は私を試そうとしている。ここで逃げたらこの一件は終わらない」
両手を広げて警護兵を自分から遠ざけてセドリックと一対一の状況を作った。
これには城門から見ていたジュリアンも思わず声を上げる。
「何をしているんだ。あれでは矢の的になってしまうじゃないか!」
ジュリアンの心配をよそにセドリックはクラリスに向けて矢を放つ。
矢はクラリスの右頬を微かにかすめるように通り過ぎて背後の地面に突き刺さった。
ギリギリを狙った見事な腕前である。
そして逃げずに動かなかったクラリスもまた見事であった。
「なぜ避けぬ?」
「あなたは私を試そうとしていた。今の瞬間は殺意が見えなかったからよ」
言われた通り、彼はクラリスの覚悟を試したのだ。
そしてクラリスもそれを受けて立った。
2人にしかわからない空気がそこに存在した。
セドリックは確かにミレイユの親衛隊であったが、クラリスは彼を信頼していた。
今回は賭けに勝ったと言えよう。
「お前は。。この国の王妃なのかもしれないが、俺は認めぬ。。」
「それで構わない。あなたは真の騎士道精神を持った人。ミレイユへの忠義を捨てたらあなたはあなたではなくなってしまう」
セドリックは気がついた。
王女としてくぐってきた場数が違うと。
もしクラリスが正統王位継承者であったならエルドラストは滅ぶ事はなかったかもしれない。
それでも騎士としての彼の性格がそれを認めることを拒絶した。
「よかろう。お前が今後この国をどうしていくのかこの目で見届けてやる。もし取るに足らない王妃となったら再び剣を取ってその首を斬りに来る。覚えていろ」
「あなたという監視人がいるのを覚えておけば道を間違る事はないでしょう」
セドリックは生き残った兵士たちを連れてエルドラスト方面へ引き上げていった。
その後、クラリスが存命中に彼の消息を聞く事はなかったという。
☆☆☆
それから数日後、クラリスはヴィクトワールに呼ばれて彼女の宮殿庭園でティーを飲みながら談笑する。
ヴィクトワールはティーを口に含みながらクラリスにもう少し力を抜いて、いい意味で気楽にやるように言葉をかける。
「あなたは幼少の頃からミレイユの代わりに社交場に出ていたから基礎は出来ているわ。そんなに肩に力を入れずに普通にすれば大丈夫。自分に自信を持っていいのよ」
ヴィクトワールにそう言われるとそれでいいんだという安心感がある。
エルドラストではいつも1人だった。
頼れる人がいるってこんなにも安心なんだと思うのだった。
「お姉様、ありがとう。これからはもう少し自信を持つようにします」
クラリスはこれ以降、悲観的な考えを改めて前向きに自信を持って行動するようになっていった。
決して自信過剰ではなく、謙遜しつつも堂々とした振る舞いを心掛けた。
そしてヴィクトワールは歴史学者としての新たな楽しみを見出していた。
これからのジダルク王国とジュリアン、クラリスの歴史を記録として残していける事を。
「歴史とはそこに生きている人たちが作り上げていくもの。楽しい時代に生まれた事に感謝しなくてはね」
☆☆☆
「クラリス、色々あったがここからが君の人生の始まりだと思って生きてくれればいい」
「ここからが始まり。。」
「これまでの事は君が今の地位を手に入れるまでの序章に過ぎなかったという事だ」
「長すぎて先の見えない序章だったけどね。でもこれからが本編。私にはやらなくてはならない事がたくさんある。感慨にふけっている時間はないわ」
そう言ったあと、クラリスはヴィクトワールに肩の力を抜いてと言われた事を思い出し、深呼吸するような仕草を見せる。
「ジュリアン、今回の件で祖国には私を裏切り者と見る人たちがいるというのがわかった。これからもこんな事が起きるかもしれない。でも、私は大丈夫だから見守っていてほしい」
「君はここにきてから本当に強くなった。まるで蜘蛛の糸から逃れて羽ばたいた蝶のようだ」
「私は蝶ですか」
クラリスは笑いながらそう返し、ジュリアンにお礼を言う。
「ありがとう。あなたがいたから乗り越える事が出来た」
クラリスは静かに表情を引き締めた。これからが本番だと。。
ー完ー
この後日談を持ちましてこの物語は完結です。
もちろん、この後の物語も番外編として書くことは可能ですが、ここで終わりにして充電期間をおいて次の作品へ取り掛かりたいと思います。




