87.エピローグ→side:魔界.2
「そろそろ妻を娶るべきかと思う」
『魔王』軍軍議の席でのジルバの唐突な発言に、私は口をつけたお茶を盛大に吹き出した。
『魔王』軍定例会議。
戦争というものに対して、元平和ボケ大国の元人間である私は、やはり肯定的な感情を持てない。しかし実情、魔界は統一された世界ではない。大小幾つもの国家がひしめく群雄割拠戦国の世なのである。
私が『魔王』として預かる国は、魔族の兵とモンスター併せて百万を擁する魔界指折りの軍事大国だが、隣国との国境は常に戦火の燻りに晒されている。つうか敵対的で危険なモンスターや亜人だってごまんといて、野性のドラゴンでも出て来ようものなら戦争より戦争だ。
国を守るために、兵の備えは魔界では欠くべからざるもの。こっちの世界は割とハードなファンタジー世界。
政治は、問えばジイが手取り足取りスイーツ付きで、ご機嫌でご高説を賜ってくれる。軍議は軍事について、三将の言葉に耳を傾け、私の考えをつたない言葉にして伝え、異世界人同士互いを理解する大切な場だ。まあ、考えの甘さに苦笑いされることばかりだけど。
けど言うて『魔王』軍、異世界侵略して、私に二度撃退されてんだよ? その擁してる兵力の10分の1で攻め込んでてみ? 今頃人間界ワヤクチャよ?
魔剣士、獣王、強いけど団長としてはまだまだだな。指揮官が率先して戦ってはダメなのよ。魔女……彼女は最初から最後まで遊んでて、さすがDrのご母堂だけど、ガチられてたら今どうなってたかわかんねえな。
ともあれ新米『魔王』、まだまだ学ばなければなんないこといっぱいです。ジルバとパチャンガも、一緒に成長していこうね。
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で、その席での、今日は黒甲冑を脱いで近衛兵服の凛々しい魔剣士ジルバの、冒頭のぶっ込みだった。
口元をハンカチで押さえ、私は真顔を取り繕う。
「うん……いいんじゃない? ジルバ、恋人いるの?」
そう問うと騎士はきょとんとして、
「うん? いい人?」
「うん?」
あれ、何か齟齬がある?
と、長机正面に座する私の脇を、魔女が斜めからこそっと杖で突いた。
「こほん、畏れながら陛下。魔剣士が申しておりますのは、先帝より賜れた騎士の誉れに報じるがため、姫陛下に己の血をお返しすべき頃合いかと、そういう話にございましょう」
えーと……ああ、アレかあ!
前にDrから聞いた。この国の騎士は全て元奴隷剣闘士。騎士の子を集め、鍛え、選び抜かれた者が次代の騎士となり、その子らはまた集められることを繰り返すのだと。ジルバが言うのはそのことか。修羅の国だな、魔界。
ちな、魔女パソドブレ女史。軍議ではいつもしれっと私の傍に陣取り、プカアと長煙管を燻らしつつ、目配せ・耳打ち・杖つんつん、めちゃくちゃフォローしてくれる。エロババアの仮面を被った常識人、ジイと双璧をなすバア、私達みんなのママだよ。
私は魔剣士の発言に魔女の通訳を受け、考えながら、口を開く。
「ジルバ、私はさ……」
「陛下。ご自身のことは“余”と」
「慣れないんだよ、パソドブレ。えーと……余は、異世界の人間だ、じゃ。おま、そなた、らとは生まれも考えもずいぶん違、異なる、のじゃ」
魔女がジュリアナっぽい派手な扇子を広げ、口元を隠す。
「ぷ、ふふふ……宜しいですわ姫陛下、お楽になさいませ」
「そーさせてもらっていい?」
一生懸命考えながら話してんだ、口調に頭回させるの勘弁して。
私は変に取り繕うことを捨て、自分の言葉でジルバに語り掛けた。
「なあ、ジルバ。私は所詮異世界人だ。間違っていたら、遠慮なく言ってくれ。で……それ、ヤメられないか?」
「それ、とは?」
ジルバは怪訝そうに問い返した。パチャンガが退屈げに机に転がしていた木の実から、目を上げた。パソドブレは扇子の陰からママ然と見守っている。
「だからその、騎士の子を集める制度をだ。お前の子は、お前とお前の娶った妻とで育てるのではダメなんだろうか?」
魔剣士の深い緋の瞳が、表情なく見返してくる。焦る。
それでも人形魔王姫、しどろもどろになりながら、
「いや、その。騎士にする子は強く育てないといけない、それは理解る。けどジルバなら、自分の手元でもきっと立派に鍛え上げるだろう。訓練なら、えっと、人間の世界には学校というのがあって」
「姫陛下、学校は魔族の世界にもございますわ。もっとも、貴族の子女でもないと高額な学費は払えない、奴隷身分には無縁のモノですけど」
一生懸命しゃべるのに、パソドブレが的を射た合いの手を打つ。
「そうか。ではまず、身分を問わず入れる教育機関を作る必要があるな。剣術と魔法の学科、いや、共通課程を学ばせてから専門に割り振る方が、ブツブツ……」
『魔王』手帳にメモる。こんなふうに国策の案が飛び出したりするから、配下の話を聞くのって大事なんだよな。
と、元の話の方が横道に逸れた。学校の案件はタンゴにも相談するとして、私は咳払いして魔剣士を見る。
「騎士だって家族を持ててもいいんじゃないか、ジルバ」
そう言ったがジルバは無反応で……伝わってる?
「……ダメか?」
やっぱり異世界人感覚で、見当外れなこと言った?
こと、ことん。
獣王が床に木の実を零すままに立ち上がった。
「パチャンガ、そんなこと考えたこともなかった」
「ゴメン、人間の考えだから、おかしく思うかもしれない」
ここに来て今更ながら説明しとくと、パチャンガは高等獣人というケモ成分低めの獣人族で、純粋な魔族ではない。魔獣遣いとして代々『魔王』に仕える家系の幼き……こほん、若き当主である。
ポカンとした顔のパチャンガ。ジルバはじっと私を見つめ続け、やがて自分の手に目を落とした。
「そんなバカなこと……」
「そうかな。けど私はジルバに、『魔王』に子をくれるために伴侶を持ってほしいとは思わないんだ。お前が愛した人と一緒になるのではいけないか?」
「そんなことが……」
ジルバは拳を強く握り、小刻みに震わせた。
「そんなことが、お許し頂けるのですか、陛下……?!」
あ、ジルバの能面は、ビックリして固まっていたのね。
私は魔界の常識に驚くことばかりだけど、逆もまた然り。『魔王』の権力で私は自分の思いを、ちょっと強引に発言することができる。それは独善かもしれないけれど、自分の独善を口にする傲慢なくして、何が『魔王』の地位か。
「ああ。たちまちに変えることは難しいだろうけど……コホン、困難であろうが。騎士制度改革の事案、“魔剣士”ジルバ、そなたに預けて良いか? タンゴ、文官達にも知恵を借りるとよい。騎士団長、騎士身分の代表として取り組んでみよ」
最後に一応姫陛下っぽく繕ってみた。魔女が扇の陰でクスクス笑ってる。
ジルバは席を立ってその場に膝をついた。
「御意! このジルバ、一命を懸けて当たる所存!」
机の陰になって、髪しか見えないけど。
「うむ。魔女と獣王も支えてやってたもれ」
パソドブレの優雅な返礼、私もジルバもひっくるめて子ども扱いなんだろうな、この美熟女は。パチャンガの元気な敬礼は、チェキッ☆って感じだ。
椅子に戻ったジルバは会議卓に手を組み、これまでに見たことのない穏やかな微笑を湛えている。
「そうか」
その目に、薄っすらと涙を浮かべて。
「そうか、俺の子には、熱いスープを飲ませてやれるのかもしれんのか……」
アカン、こっちも泣いてまうやつや。飲ませてやれ、カレーライスだって食え。お代わりもいいぞ。
パチャンガが、感極まるジルバの机向かいにとっすと顎を置いた。
「パチャンガ猫舌。パチャンガの子どもは熱いスープ飲めない」
ジルバが目を上げ、怪訝そうにする。
「うん? これは俺の子のいずれの話だが……?」
パチャンガがビッと猫耳の毛を逆立てる。
「ひゃあ! そうだった! ジルバの子ども、熱いスープ貰う! ジルバの子ども、もし猫舌だったら飲めない! パチャンガ、ふーふーしてやる!」
「……? まあ、それは俺の妻がすることだろうが、貴公が俺の子を可愛がってくれるなら嬉しい。いつの話になるかはわからんが」
「可愛がる! パチャンガ、ジルバ(と)の子ども、絶対可愛がるぞ!」
テンパる獣王たんに、まるで理解ってない魔剣士君。
「推せるでしょ?」
「推せるな……!」
魔女と『魔王』、エモ分摂取してツヤる。ちな、高位獣人と魔族は種族的にも法的にも婚姻可能だ。もし法の壁があったら『魔王』様、そこも改革に着手してた。
「あ、そうそうコレ。スケブにMNBサインフルコン」
「マジで? きゃー、お人形ちゃん愛してるう!」
「全メンに“パソドブレさんへ”って書いてもらって、最後のページに練習した私のサインと国印捺しておいたから」
「究極コンプ版じゃん! テンション爆上がる! あざまるよいちょまるっ!」
『魔王』に即位するってことで、結局MNB加入は辞退したんだけど、人間界に戻った時にコラボ企画だけは受けた際にね。
何か私、魔女さんと一番仲いい気がするなー。Dr、お母様ホント人生を謳歌しているよね。
てな感じで。
私は私にできることを模索しながら、何とか『魔王』をやっている。人間界にはなかなか戻れないけど、みんな元気にしてるかな――……
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私はちっぽけな人間で、ちっぽけな人形です。
この手の届く範囲はもどかしく短く、この手が取り零すものは情けなく多いけれど。それでも少しずつ、二つの“世界”がより良い方向へ進むことを願い、私にできることを手探りに進む毎日です。
及ばずながら二つの世界を“つなげる”ことが、人間ではなくなったけれど、マモノビトであり『魔王』になってしまった『お父さん』にできること、私にしかできないことだと自負し、頑張っています。
絵里香、慎太郎。
君達の傍にいられないのは寂しいですが、お父さんは異世界にいてもずっと君達のことを想っています。
今度の週末は久しぶりに人間界に帰ることができそうです。家族と過ごす時間を楽しみにしています。それではお体に気をつけて。
『人形魔王姫』ドロシーローズ拝。
追伸。
お母さんに豚の角煮作っといてくれるように言っといてね。




