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79.30の一手

挿絵(By みてみん)

「“時空転移”……“空間転移”」


 ジルバの手紙をもらって、採石所には一度下見に来ている。10本の腕でやってみても、やはり“転移”で瞬時に配置するには、自分を中心にした等距離にでないとムリめだった。戦いのなるべく中心部、即ちここ、奇しくも私と魔剣士が対峙するこの場所だ。

 空間と時間を超えて、本体の両腕と壊れた右腕も残らず、『人形姫』の30の腕が私の思う座標に“跳”んだ。しゃこん、全ての手のひらに穴が開く。私、穴ないけど、いっぱいある。

「今だ、伏せろッ!」

「くッ……全軍、総員回避……ッ!」



「『ですの』ォーおッ!!」



 この戦いが始まる前、別に私がマモノビトの総大将ではないのだけど、それでも仲間達にひとつ絶対の“命令”を出しておいた。

 私が伏せろと言ったら何をおいても地べたに這いつくばれ、と。

 戦場を、30発のお嬢様(カノン)が縦横に走った。視界を、世界を、ホワイトアウトさせて交差する破壊閃光。



 不意に、全くの不意にジルバに抱きすくめられた。

「はわ? お、お前何してんだドサクサに紛れて?!」

「ち、違う!」

予想の斜め上いっぱいからの“反撃”に、私は狼狽(うろた)え、お嬢様砲30発の射線が一瞬揺らいだ。

 慌てた私に、魔剣士もやや慌て声で、

「ここ! お前のいるこの位置が、攻撃が唯一確実に当たらない位置だから! それだけで、べ、別に下心とかでは断じてない……」


 ……ホントだ!


 すげえ、さすがだ。言われるまで意図してなかったけど、確かに自分に当たるようには撃たないわ。即座に安全地帯看破して飛び込むか。やっぱこの男マジのバケモンだ。

 けど――……

 砲撃の嵐の中、紙一重で当たらず宿敵に抱き締められてるこの絵何なの? 何ならジルバが私を庇ってる感まであるじゃん? ヤメて、名場面量産するの。心の中の大事なもんが折れそうになるから。


 しかし陶器人形(ビスク)と甲冑って、固くて硬い抱擁(ハグ)だよ。



 若干動揺しつつ、私は戦況を観るinジルバの腕の中。


 戦士もモンスターも、直撃を喰らった『魔王』軍は吹っ飛んだ。味方も鈍臭かった子は吹っ飛んだ。不良3人組は私の声を聞くや急いで這いつくばった。絵里香と慎太郎には、Drが覆い被さって防壁魔法(バリア)してくれてる。

 ブラックローズはお嬢様砲の連発で、無差別砲撃を相殺している。

 黒竜フォックストロットは巨体ゆえに、全方位から被弾して空でしばし踊り、力尽きて墜落した。西九条さんは私の合図で身を屈めたものの、体高が災いしてそこそこ当たってしまってる。


 みんな、ゴメンね。けど、この際ぶっちゃけ、もう最終的に誰も死んでなくて私さえ立っていればそれでいいよ。

 マモノビト(みんな)には前もって、そう伝えてはいた。本当は誰にも傷ついてほしくないけど、私はそうできるほど強くはないから。コレが私の考え得る最善で、みんなが地に流す血は、私の足りなさの代償なんだ。


 けどまあ、最善は尽くしました。足りない分は、各自自腹切っといて。



 お嬢様砲の破壊閃光が、次第に細りやがて途切れた。私は胴体に2本戻して、

「だから、いつまで抱いてんだ!」

「いたっ」

右の拳で、砲弾型兜(バシネット)の嘴をアッパーした。

 魔剣士が腕を開く、魔法人形が着地する。小走りに離れて振り向き、左手に因縁の切断された右腕を呼び戻し、ジルバに突きつける。

「む……その」

ジルバは軽く制止の手を上げ、それから斜め足元に目線を逸らした。

「……ゴメン」

ヤーメーローやあ! 照れた感出すな! 変な空気になってコッチまで恥ずかしい感じなるだろっ!


 だって感傷に浸る甘え、勝利を思う甘え、どちらも私には許されていない。傷は仲間に預け、心の痛みは割り切って。

 急ぎ戦況をご破算で願いましては。不意打ち全体攻撃で『魔王』軍に与えたダメージは大きい。竜さえ落とした。マモノビトにも避けきれなかった者はあるが、事前の打ち合わせで被害は軽微。

 咄嗟の判断で回避した魔剣士、目を回したが幸いで地面に伏していた獣王、魔法で防壁を張る余裕のあった魔女、三将は無傷。


 で、私。膝から力が抜けた。

「こ、これ……思った以上に持ってかれる……」

遠く自陣で絵里香がふらりとよろめくのを、

「大丈夫カ、エリカ。吾輩に寄り掛かるコトを許ス」

「あ……///」

Drが抱き留めた。おとーさん、この際許します。

 お嬢様砲30発全ぶっぱ、前もって飲んだ魔法薬のチャージは10発分。“つながって”いる絵里香達にも負担の1/3ずつ、きっちり使い果たした。Drから持たされたポーションを懐から取り出す。打ち合せていた一斉掃射だが、実行してみると、魔力を一時に消耗するのは魔法人形の私でもキツかった。

「ん、腰にくるな」

で、何で慎太郎(おまえ)はそんな平気そうなの?



 『魔王』軍指揮官が茫然と、半壊した自軍を見渡す。

「こんな、バカな……」

「ジルバ」

ぎくりと肩を震わせ振り返るジルバに、私は陶製の歯でカキッ、ポーション瓶の口を軽く噛んで告げる。

「言っとくけど、今の。もっかい撃てるよ?」

砲弾型兜(バシネット)に覆われていても、魔剣士が青褪めるのが目に見えた。

 ハッタリだ。

 私はともかく、絵里香はもう限界だ。慎太郎は平気な顔をしたままテクノブレイクで死にそうで怖い。この魔法薬で回復しても、30発ブッパはもう撃てない。


 さあ、どうする、ジルバ?


 戦場には30の空砲。これが我々最後の砦だ。魔剣士は眉庇(まびさし)を魔女へと向けた。両手で大きなバツが返された。

「く……!」

前の戦いでは、ジルバの大剣を折ることに成功したけど、

「降参しろ。答えがないなら拒否だと見做す。私にも余裕はない。即答しろ、答えは待たない。五つ数えたら、撃つ」

誇り高き騎士の心まで、折れるか? 魔剣士は――……


「……待て。待ってくれ」


 敵将は天を仰ぎ、深く息をして、地に肩を落とした。

「次撃たれれば配下の多くが命を落とすだろう。将としてみすみす兵を無駄に死なせることはできん……」

折った。押し切った、魔界最強の戦士の心を。

 魔剣士が力なく手を上げると、『魔王』軍兵達が即座に交戦から退き、守勢を取った。『魔王』軍、マモノビト、全員が固唾を飲み、ジルバが私に告げる言葉を見つめている。ジルバが、苦い言葉を吐き出した。

「我々の、敗けだ」

名状し難い嘆息が、戦場を覆った。



 勝った……終わったんだよな?


 騎士団長敗北の宣言に、『魔王軍』兵達は一様に視線を落とした。マモノビト陣営からも歓声は上がらず、みな放心の態で立ち尽くしている。


 私は30の虚砲を浮かべたまま、胸の内の安堵を押し隠す。


 被害は与えたが、『魔王』軍はまだ戦闘を継続できた。何しろ三将が無傷だもの。単騎で来られたら、私か西九条さん、Drとクロを除いてはたぶん太刀打ちできない。戦いが続くほど、こっちが不利なんだよ、最初から。

 私の仲間は誰しも戦いで傷つき、痛々しい姿を晒している。私が最後の一手を打つまで、辛い目に遭わせてしまった。もちろん言うまでもなく……


 お嬢様砲30斉射は、言うまでもなく開幕初手で撃てた。


 “全身転移”で戦場の中心に一気に“跳”びさえすれば。しかしそれだと討ち漏らした兵士はたぶんまだ向かってきた。ことにジルバは、独りでも絶対に。

 敗北を受け入れさせるには、マモノビト軍としての力を示す必要があった。私だけが勝ってもダメだ、私達(・・)で勝ったのでなければ。みんなが流した血は無駄じゃない。“私達”で、勝ったんだ。


 見ると“魔女”パソドブレが手で口元を隠している。笑ってるらしい。たぶん彼女は、私のハッタリを見抜いているんだろうな。

 それでも。

 人形は止めていた、必要のない息をゆっくり吐き出す。私達は『魔王』軍を降した。さあ、どうする、『魔王』サマ? 今度はこっちから、Drのラボ経由で攻め込んでやろうか……?



「なあっとらんわ、『魔王』軍三将」



 しわがれた声が沈黙を破った。敵陣深くに開いた魔法陣から、魔族の老人が姿を現わした。

 その老魔族を目にした瞬間、私の意識とは無関係に、魔法人形(オートマタ)のカラダがびくっと震えた。それは初めて魔界人であり魔法人形の創造主である、Drと出会った時と同じ感覚だった。


 私の“器”、『人形姫』は知っている。危険が危ない。だが……『人形姫』が畏れているのは、この老人を、ではなかった。




挿絵(By みてみん)

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