78.闇を越え、時を越えて
トン、『魔王』軍マモノビト乱戦の空白地へ着地する。
戦況は妹達、マルガレタとオルテンシエがいい感じに引っ掻き回し、クロが防衛線を担ってくれている。
私の目指す場所、そろそろ“この辺り”でいいかもしれない。
「行って、兄弟達!」
不意に叫びが聞こえ、見ると、少女の影が両腕を鞭のように振るい、風切り音を鳴らした。その頭上を越え、二頭の魔物が飛び出す。片や某恐竜映画のラプトルみたいな小型ドラゴン(西九条さん・フォックストロット比)。もう片割れは灰色の鬣をたくわえたライオンみたいで剣歯虎のような牙を持っている。
虚を突かれたが、慌てるほどではない。爪と牙を2セット避けて、牙獅子の顎に手を添える。
「ゴメンね、ちょっと痛い」
再び飛び掛かるラプトルの方へ、押し出す。
「ヒャン!」
「シャア!」
魔獣が体重をぶつけ合って転がる。そんなのは捨て置く視線の先には、獣を統べる王姫、パチャンガの燃える瞳。
「人形!」
憎々しげに吐き捨てるよう私を呼び、獣王がギリッと奥歯を鳴らす。
「パチャンガの兄弟痛めつける、パチャンガ許さない! パチャンガと戦え! パチャンガの方が強い、絶対強い!」
あ、地団駄踏み出した。配下の魔物も、キューンキューンって心配そう。
「強いメス、強いオス取る! 人形には渡さない!」
だいぶ私情混じってますね。別にアイツと私、そーゆーんじゃないんだけど。少なくともこっちからは。
けど。理由はどうあれ、来るならここで終わらせる。別に強いオスはいらないが。
私はもう、君より強い。
爪を舌で湿らせ、獣王が迫撃する。速い、けど、言わせてもらう。これは君の想い人の言葉だよ。
「攻撃が直線的過ぎる」
魔剣士の斬撃を目で覚えた私だ。戦い方も随分ヒネクレた。パチャンガ、君だってさ、本当は手下の魔物を遣って私を押し包むべきなんだ。
真っ直ぐな戦い方、真っ直ぐな気持ち。善悪持ち出すとまたDrにバカにされるかもだけど、パチャンガ、悪い子じゃないね。
可愛いね、でも、ゴメンね?
迎撃に身構えた、カラダは囮だ。ソレに目測を合わせるパチャンガの、襟元へ“空間転移”した両手が滑り込む。
「うあっ?!」
右手は顎を天に殴り上げるように。左手は懐を地に引きずり下ろすように。
「うわわわわわっ?!」
魔獣遣いの少女の軽いカラダを、反動と腕力だけで、宙に舞い上げる、変則の背負わない投げ。
で、コレどうするかだなー。
シルバとやり合った経験上、魔界人ってかなり頑丈だ。戦士は内なる魔力で身体能力を補強してるというし。
そこでとりあえず、20メートルほど向こうの、すり鉢状に採石場を囲む崖の中腹辺りにドカーン!と叩きつけてみた。
「……きゅう」
さすがに効いたか、パチャンガは目を回したようだった。
すんげえ音に、敵味方が振り返った。
「え、何あれ……」
「ひっど……」
「獣王様、年端もいかれぬのに」
「人間のすることか?」
ちょ、敵味方から非難轟々? お前らそれ戦場でも同じこと言えんの? 私、パチャンガが一発で倒れなかったら、逆サイの岩肌にもっかい叩きつけるつもりだったんだよ?
あー、あれか。可愛いは正義、獣王たんの可愛いに可哀そうが乗っちゃったか。だったら。
「私だって……こんなことはしたくなかったよ……」
陶器の頬歪めるよ、硝子の瞳を悲しげに伏せるよ。
「だから、こんな戦い、もう終わらせよ……?」
「姐さァーん!」
「テメエらザケんな! 姐さんがやりたくてこんなんするワケねーだろーが!」
「俺達ゃ何があっても姐さんの味方だー!」
よし、三バカいい仕事する。
連中の叫びを皮切りに、マモノビトの士気上がる怒号、『魔王』軍の致し方なしという表情。
(……計画通り)
胸の内で暗黒微笑。ふひっ、マジチョロ。これ、私あれだわ。新世界の『魔王』なれるかもだわー。
「……あざと」
「姫、悪いこと考えてる」
あー、身内は欺けないわー。
と、僅かに流れの停まった戦局に。
「獣王をさえ一蹴か」
ここに来てついに響く因縁の足音。
「本当に、強くなった」
ガリガリッ、巨大な鉄塊剣が大地を削って黒甲冑の肩に担がれる。
「今一度だけ問う」
「俺のモノなる気はないか?」
「しつこい男はキライっち☆」
魔剣士ジルバ。この男と三度相対さずに終わるわけがない。ただ残る三将、魔女パソドブレの動きが不安材料。探すと遥か後衛で女史もこっちに気づき、左手で何か書物を開く仕草、右手で書きつける身振り……
サインね、あーにゃんのね。わかった、この戦いが終わったら47人分に私のをつけたプレミアムコンプリートサイン帳を何とかするよ。
お互い生きてればね。
ともあれ魔女さん、動く気なさそう。そう信じて魔剣士に全集中。
「一騎打ち、やってる場合じゃないだろう、お互い?」
砲弾型兜の内から魔剣士が言う。
「兵は兵と戦い、将は将と戦う。何人にも立ち入らせん」
ジルバは大剣の峰を肩から浮かせ、僅かに腰を沈めた。対する私は、あえて腕組みのまま片足に体重を預けている。
「将の意地に、兵の命を懸けさせると?」
「そ……それは」
魔剣士が僅かにたじろぐ。人形はにっこりと笑う。
「そーゆー男はキライっち☆」
「どの道、私に付き合う気はないよ」
ヴン、私の手の上に魔法陣が開き、壊れた人形の腕が召喚される。
魔剣士が動じる。前の戦いで自らが切り飛ばし、自らの敗因となった、人形の壊れた右腕。新調した右手で掴み、ジルバに突きつけ、微笑む。
「これだけじゃないよ?」
ヴン、ヴン、ヴン――……私の周囲に更なる魔法陣が展開する。
「何ッ……これは、人形!」
魔法陣から、球体関節剥き出しの白磁の腕が更に現れる。
左腕が4、右は3。本体と壊れた右腕を併せてその数10。
「Drが作っといてくれたスペア、全て“接続”して私の制御下にある。この意味、ジルバには理解るよね?」
「お、おお……」
兜の下で魔剣士が呻いた。そうだ、周囲360度、10の砲口からお嬢様砲が私の意思ひとつで放たれるという状況……
……――で、終わりだと思うなよ?
ヴヴヴヴヴッ……更に更に虚空に浮かぶ、『人形姫』の手、手、手。
「何だと?!」
「いわゆる、奥の“手”ってやつさ」
私は古い右腕で肩とんとんし、絶句する魔剣士に27の手を差し伸べた。
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ジルバの手紙を受け取ったあの日、Drにお茶をご馳走になっていた時。
私は慎太郎がテーブルから落としたティーカップが、床で砕けたのを観測してから、落とさずに受け止めた。
違和感に気づいたDr、私に質問を浴びせてその場で推論を組み上げる。即ち、『人形姫』の“空間転移”が自己進化して“時空転移”、空間だけではなく時間をも“跳”び越えるステージに至ったのではないカと。
幾つか検証し、どうやら仮定は正しいようだった。が、この能力、実に使えないのだ。
未来に手は伸ばせても、未来を予知する力がない。過去を改変しようにも、何分何秒前に何がどこにあったのか、正確に把握していなければ意味がない。落ちるカップのような直前の単純な動きならともかく、そんなん人間には無理。
「むウ、絶対的な能力のようデ、絶妙に使えン」
Drは紙に読めない文字で複雑な式を書きつけながら、頭を掻く。
「イヤ、無限の可能性はあルのダ、計画的計算で用いルなら。だガ貴様が戦闘で使ウとなれバ、一瞬前の座標に攻撃を叩き込ムくらいカ……?」
それはそれで役立ちそうだけど。Drの嘆息、私は考える。
「待って、ちょっと待って……」
考える、考える。
私にあるチカラを、使い尽くす方法を……
そして私は思い至った。
「未来のことなんてわからない、過去のことなんて覚えてられない」
私にわかるのは、今、この瞬間だけ。
だから、5分先、10分先の“私”。
今の“私”に任せて。手を伸ばしてくれれば、今の私がつかむから。つかんだ手は私に接続する。その手の使い道は私が決める、今決める。道は未知だから道なんだ。結果はきっと、未来へつながると信じて。




