69.黒薔薇と少年
「今度はコチラから行きますわ!」
叫ぶやブラックローズは“空間転移”で左右の拳を撃ち出した。
っと。これ、自分がやられると厄介だな。至近距離の虚空からいきなり、攻撃が涌いて出る。でもまあ。
「当たらなければどうということはない」
回避訓練はイヤってほどやったんだ、まさにここで。魔剣士の言葉を借りると、直線の攻撃はどこ狙ってるか教えてもらっているようなもんだよ。
と思ってたら。
ゴツン。正面からの拳を避けようと、一歩退った後頭部を殴られた。む、少し余裕こき過ぎたか。感覚を張り巡らせ、攻撃も回避もより複雑に展開してみる、が、ゴン、ガンッ。避けたところを狙いすましたように叩かれ、一方こっちの“空間転移”は当たらない。
オカシイ。能力と性能は同じ、戦闘経験値も共有しているとして、何か押されてない、私?
ちょっと一回仕切り直そう。“全身転移”で大きくフィールドを“跳”び、ブラックローズから間合いを取った、が――……
「『ですの』」
移動先に、ぽっかり穴を空けた褐色の手が待ち受けていた。
「嘘……うああッ?!」
「先程のお返しですわ、お姉様?」
背中を襲う衝撃。私のカラダは地面に叩きつけられ、大きくバウンドして着地、いや落下。
……おう。意趣返しのお嬢様砲。自分が食らうのは初めてだけど、あのジルバを2発で倒したのも納得の、結構なダメージだコレ。
地べたに手をついて身を起こすドロシーローズ。余裕の笑みで見ているブラックローズ。固唾を飲む慎太郎。
「……ククク……フフフ……フーッハッハッハッーア!」
そして高らかに笑うのが私達姉妹の創造主サマだ。
「苦戦しテおるナ、人形姫。ソウ、貴様とブラックローズの性能は同ジ、だガ吾輩、ブラックには新たナ“能力”を試験的に与えテおってナ」
「新しい、能力……?」
「左様」
Drは人差し指で自身の額をトントンと叩いた。
「心を読ム、“能力”ダ」
それはアカンやつや。
おま、能力互角で心を読むって、少年漫画なら中盤の山場くらいのキーキャラを、何でお遊び感覚で投入してくるかな?
「コレぞ『人形姫』シリーズの新機能、“運命探知の魔眼”ダ」
アカン。それは二重にアカンで?
と、私はあることに思いが至った。この状況を打開し得るかもしれない、切り札の存在に。
立ち上がる。黒装束を膝を叩き、ブラックローズに背を向ける。
「慎太郎」
「だ、大丈夫なの姫? 何?」
心配しつつ手の出しようがない、戸惑うお前が勝利の鍵かもしれない。
「慎太郎、私が記憶を失くした時にお前言ってたな? 命令では意味がない、私がお前を好きになるんじゃないとダメだって」
「うえっ? 何故にそれを急に今?」
ふためく慎太郎に、私は親指を立てて、指し示した。
「アレは見た目は私と同じだよな?」
「え、黒姫?」
「アレは正真正銘“人形”だから、好きにしてもいいんじゃないかな?」
私に促され、慎太郎がブラックローズを見た。ブラックも怪訝そうに少年を見返す。双方の視線が交錯して、そして――……
「いやあああああッ! 穴あッ?!」
突如、ブラックローズが膝から崩れ落ちた。
「おえ」 どぽぽぽぽぽ……
「吐いタ?!」
「人形姫、その機能ないよ?」
慎太郎と目を合わせて数秒、ブラックローズは魔法薬っぽい液体を嘔吐した。ゲロイン枠取られた。いや、いらんけど。
慎太郎の思考を読ませる、狙い通りと言えばそうなんだけど、息子よ、お前何を見せた?
ブラックローズはフィールドに尻もちをつき、口を袖で拭い、完全に私のことを忘れて慎太郎を上目遣いに睨みつける。
「コイツ、脳内に直接……!」
え、それはどっちの意味かな?
妹は、息子が前に出ると、球体関節をカタカタと鳴らし始める。
「お嬢様砲の穴で……? お前、正気か……?」
いやマジ正気か。チ〇コ消し飛ぶぞ? 慎太郎がブラックローズの正面でベガ立ちを取る。
「黒姫」
「ひッ! ……はッ、はッ、はッ、はッ……」
「オレの煩悩は108まであるぞ」
「ひゅウッ!」
呼吸ダイソンさんやん、思っていたらジョバ、ブラックローズのスカートから床に水溜りが広がった。え、何の穴から何が出たの? つうか慎太郎、お前何を見せているの? 私は何を見せられているの?
「う、うああ……頭を外して、喉の側から突っ込む……?」
え、どういうこと?
「あ、姫、それはね」
ヤメて、知りたくない。
「あっ……アッー……いやあああああああッ!」
ブラックローズの姿が、“全身転移”でこの空間から消失した。
「ふっ……精神が崩壊する前に逃げたか」
呟き、私に笑い掛ける息子の顔を、ちょっと直視できない。
「オレの煩悩は、まだ94あるぞ」
14個でブラック壊しちゃった。いやお前マジでさ、残りのそれを私には向けないでね?
……――パチ、パチ、パチ。
黒の人形姫が逃走し、慎太郎の傍らに立った私に。
「ブラボー! おお……ブラボー!」
拍手をしながら、Drが歩み寄って来た。
「素晴らしイ、実にスバラシイ。人形姫、貴様は計算上、ブラックローズには勝てなイ性能ダ。ソレをシンタローとの絆で覆すとハ。吾輩の作ル“人形”とヒトの心が合わされバ、ソコに奇跡が生まれル。感動しタ。人形姫、ヤハリ貴様こそ吾輩の最高傑作と呼ぶに相応しイ……」
「言いたいことは、それだけか?」
研究対象の、ヒンヤリした声のトーンに、さすがにドキッとしたらしいDrの片眼鏡に映る人形に、既に両手足はない。
「部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」
そして――……
Drの長かろう人生で、たぶん、最悪の数分間が始まった。




