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65.『魔王』のこと

挿絵(By みてみん)

 魔界というのは、どっかの地底に埋まっているワケじゃない。


 私達の“世界”とは別に、魔界という“世界”が存在する。

 私のお粗末なSF的知識で解釈すれば、並行世界とか多元宇宙論とかの、もうひとつの地球なのかもしれない。


 魔界はこちらの世界より薄暗いのだそうだ。

 我々のイメージ通りってとこだが、実際的な話では、太陽の光が弱いというのはエネルギー量が少ないことを意味する。それはまず食料の生産性で劣る。光と熱(エネルギー)の乏しさは深刻なディスアドバンテージであるのだ。

 このことが技術の代わりに魔法文明が発展し、モンスターへと生き物が進化した、二つの世界の差異を生んだのだろうか、とは私の想像でしかないけれど。


 ……――魔法。


 魔法があるが故に、彼らはこちらより先に“もうひとつの世界”の存在を知り得た。その世界は光に溢れて豊かで……こっちはこっちで必ずしも順風満帆な歴史を送ってこなかったけど……恵まれて見える(・・・)異世界があることを、魔界人は知っていた。



 だから魔界人は怒りを抱いている。神というモノがいるのなら不公平だ。世界を二つ創っておいて、片方に祝福を与え、片方には与えなかった。もっと光を、さもなくばもうひとつの世界に陰りを。

「この鬱積した不満をナ、コチラの世界では“冷たい風”と呼ぶのダ」

冷たい風。光の代わりに、魔界の大気は魔力を帯びている。魔界に生きる者達の渇望、憤り、怨嗟。冷たい風の魔力にそんな思いが宿り、薄暗い世界を吹き渡る。


 いつのことか、誰も知らない。


 魔界の風が凝って、その中から一人の男が現れたと謂う。魔界人の負の感情の総意、その結晶として生まれた者が。

「ソレが『魔王』の一族の始まりダと謂ウ――……




 **********


「待って待って、一回待って」


 私はDrによるドキュメンタリースペシャル、“『魔王』~冷たい風が吹く~”を途中で遮った。

「待って、『魔王』ってそんな超自然的な感じなの? それって物理で殴れないヤツだよね?」

神々に反逆するクラスじゃん。そんなん絶対物理攻撃無効持ちじゃん。

 Drはナレーション風いい声語りを止めて、

「イヤ、魔界の風の化身と謂われる『魔王』の一族だガ、血も肉もあル生き物ではあル。涙はないがナ」

涙はない。

「歴代には老いや病に倒レ、戦場で胸に矢を受け最期を遂げタ『魔王』もあル。不死身の存在というワケではないのダ」

死ぬは死ぬのか。なら倒せば倒せる。今はそう思っておこう。


 Drは絵里香を膝に乗っけたまま、椅子に背を預けて言った。

「不遜ながら吾輩思ウに。『魔王』とは、冷たい風から魔力を取り込ム“異能”を得タ種族なのだろウ。風の化身云々ハ、神話伝承の類と考察できル」

神と人の時代の端境に、伝説は生じる。日本でも記紀とかそうだし。



 Drは足が痺れてきたか、

「ひゃん?」

また絵里香をちょっと持ち上げ、身動(みじろ)ぎして、下ろす。

「しかシ、不死ではナイとは言エ、魔界全テの魔力が『魔王』の力の源、ツマリは無尽蔵。身体強化や治癒力もチート級(あたおか)のレベル。まあまあ不死に近いトコロにはおられル。どう戦うネ、人形姫?」

重い問いだな。ウチの娘のように、ちょいと退かせられる話ではない。

「ソレに……貴様とっテは強さ以上に厄介ナ問題があル」

おう、ヤなこと言った上に、まだあるか。

 Drは私の硝子の目を、じっと覗き込んだ。

「冷たい風から魔力を取り込ムというコトは、同時に風に宿る感情も取り込ムというコト。『魔王』が真実風の化身であっタとしても、同じコト」


「神、人間、貴様らの世界への憎悪。ソレは『魔王』自身も抗えン、魂の根幹、永遠の呪いダ。『魔王』の身の内に吹ク“冷たい風”が、止むコトはナイ」


 そう言って薄笑うDrの、片眼鏡(モノクル)の奥の目は笑っていない。

「少し困っタ話だろウ、貴様にハ?」

絵里香と慎太郎が私を見る。悔しいな、やっぱり創造主様は私のことを見透か(リカイ)している。

 そうだ。事ここに及んでも、できれば私は誰も殺したくないんだ。敵でも魔界人でも、ジルバも、魔女も獣王も兵士の一人も、モンスターだって、倒すで済むならそうしたいんだ。

 これまで私はジルバに勝つことに必死だった。幸いそれは成った。で、次は二つの世界間の戦争を、終わらせないとなんないの? 一介のオッサンが? 向かってくる『魔王』軍を全員ぶん殴ればいいの? 人形たん、片っ端から叩きのめしてそれでハッピーエンドは来るの?


「冷たい風が止むコトはナイ」


 それって、よしんば魔王を“倒せ” ても終わらないってこと? ぶん殴って、お嬢様カノン突きつけて、それでも終わらない戦いをどうしろと言うの?

 創造主サマと人形の間で、濃淡の視線が、無言で何度も行き来する。と、おずおずとDrの膝で絵里香が手を上げた。

「あの……すいません、トイレ行きたいです」

私の下で慎太郎も声を上げる。

「あ、オレも」

トンッと私は床に降り、姉弟がそそくさとドアを出ていくのを見送る。本当に用足しなのかとは訊かないさ。



 二人きりになった。Drが私に問う。

「『魔王』を殺せるカ?」

Drさ、だいぶ前から『魔王』に陛下とか様って付けてないよね。

 にしても質問だよね。だって魔獣を取って喰おうって時でも、命までは取らずにお肉少し分けてもらった私だよ(婉曲表現あり)。魔族とはいえ人を、それも王様なんて偉い人、倒しても争いが終わらなくても、終わらない限り家族を守れないのだとしても、「殺せるか?」と訊かれたら、それは――……


「殺すよ」


 りん……オルゴールのような人形の声が、工房に冷たく響き、Drは僅かに眉を潜ませた。

 私は、マモノビトになって考えた。

 お人形たんになった私の周囲で起こる、びっくりすること、大変なこと、楽しいなこと、辛いこと、あれこれに巻き込まれながらたくさん考えた。


 あれこれとは、大小の思いの欠片(かけら)だ。私という篩は、小さな欠片を迷い悩みながら振り落としてきた。時に心を痛め、嘘笑いをして、振るい落として残った欠片。それでも残ったものを拾い上げたなら、もう迷うことなんてない。

 その欠片は、私の譲れない大切な思い(エゴ)だから。『魔王』か、私の家族かいずれかが死なない限り終わらないのなら。



 『魔王(おまえ)』が死ねばいい。当たり前だろう。



 人形の硝子の目が、示す結論。私は“人間”として答えを出した。Dr、アンタは魔界人だ。

「そうカ」

Drはソファに深く沈み、両手で顔を覆った。

 知的好奇心の赴くまま、『人形姫(わたし)』に肩入れしてきたDrとて、自身の世界の行く末、異世界間の争いの終章には思うところがあるだろう。

「……くッ……」

Drの肩が震えた。うん……今日が決別の時だとしても、Dr.ボンダンス、これまで助けてくれたことは忘れないよ。


「クッ……ククク……フハハ、フーハッハッハッーア!」


 あ、予想通りいつも通りです、創造主サマ。

「フフフ、覚悟を決めたカ、人形姫……ハッハッハッーア!」

ちょっと覚悟レベル下がりつつありますけど。笑い過ぎやろ。

「ヤー、ついにココまで来たナー。吾輩の最高傑作VS『魔王』、このカードが実現するとは正直思わなかっタ。貴様強えなア、吾輩ワクワクすっゾ」

うん。私もついにここまで来たかと思う。アンタが。

「いいの? そっちの王様死んじゃうけど」

「いいヨー」

即答。正真正銘終始一貫、清々しいまで好奇心こそ至上。ホント、最ッ高に最ッ悪な自己中な男。

 ここまで来れば、そんなアンタが私は好きだよ。


 絵里香と慎太郎が戻ってきて、私の苦笑とDrの満面の笑顔を見て、

「あー……」

全てを察したようだった。



 さて、気づけば時刻は夜9時を回っている。

 私は軽食(肉)を口にしているが、子ども達は夕食がまだだ。パパはまだ細かいメンテと打ち合わせがあるが、そろそろママが心配しているだろう。

「もうお前達は帰りなさい。母さんには電話しとくから、ラーメンでも食べてくといい」

財布から紙幣を3枚抜いて差し出す。

「ええー?」

「あはっ。ベア子からお小遣い貰うの、違和感」

あら、そう? どうせ私はみんなの人形たんよ。

「いらないならいい」

「いります」

「パパ大好き」

引っ込めようとした手を、絵里香がつかむ。“空間転移”で逃がしたのを、慎太郎がジャンピング捕獲。Drが笑っている。


 この姿だと、お父さんらしいことする機会もなかなかない。けど……この先、どれくらいその機会が残されているか、もうわからないんだよ。

 父からせしめた3000円で何食うか相談する姉弟。その何気ないやり取りを、記憶に留めようと見ている私の肩に、Drがそっと手を置いた。




挿絵(By みてみん)

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