66.人形姫はちょっと乙女
今となっては、遠い昔のことに思える。
魔剣士ジルバとの最初の邂逅の直前、絵里香を不良マモノビトが悪ふざけで攫った時のことだ。あの時私は、マモノビトの力を悪用しかけた三人組を見て、思ったことがあった。
いずれこんな悪ふざけではなく、もっと本格的に、計画的に組織的にマモノビトの力を利用しようとする人間が現れるのではないかと……
テレビに映る光景に、私は臍を噛む。魔法人形、ヘソないですけど。
『あ痛たった~♪ あ痛たった~♪ あ痛たった~、EPS! キサマに~♪』
49インチの中で、数十名のマモノビト少女グループが、お揃いの衣装で歌い踊っている。そう来た。そう来ましたか人間ども……!
「デビュー即オリコン1位だってさ、『マモノビト四十七士』」
「センターの子人気だよな。マエノ・子猫ちゃん・アイコちゃん」
猫耳獣人の子ね。てか、プシーって放送コードOKなん?
「私はあの子がいいかなー、キタノ・翼の歌姫・ユミ。声がいいよねー」
鳥乙女の子だ。アンニュイな面差しと確かな歌唱力で、コアなファンを獲得していると聞く。
いやいや。いやいやいや。
このね、マモノビト屈指の可愛過ぎる人形たんがですね。世界と人間達を守るという決意で、四肢を捥がれてもまだ立ち上がってね、切り飛ばされた腕からお嬢様砲を撃っている傍らでですよ?
プロヂューサーという人種は、見目の可愛いマモノビトかき集めて、十把一絡げにアイドルグループとして売り出したワケですわ。本格的に計画的に組織的に。
正義とは……悪とは何だ……?
私は、絵里香とソファでテレビを観ている慎太郎の膝に、
「おわ? どしたの、姫?」
のしっと尻を置いた。
「慎太郎。この47人と、私で、誰が一番カワイイ?」
「へえっ?」
息子がポカンとする。それを見つめて、いち、にい、さん。三つ数えて私は“全身転移”で窓際に“跳”ぶ。肩越しに、慎太郎を睨む。
「すぐに答えなかった」
「え……ええ?」
人形姫は、スンっと少年から視線を逸らした。
「西九条さんに訊いてくる」
ベランダの向こうに身を躍らせ、そのまま地上まで落下する。
私が後にしたリビング。茫然とした慎太郎に、
「あー、今のは慎が悪いわー」
「えええ……??」
ソファに寝そべり、困惑の弟を眺めつつ絵里香は小首を傾げる。
「てかベア子。ちょっと乙女になってない?」
**********
翌日。
日課の散歩をしていると、
「お」
「あ、おとーさん」
たまたま学校帰りの絵里香と出くわした。
そのまま父娘、傍目には姉妹としか見えない二人連れは、姉の方が娘だ。絵里香の学校の様子など、徒然に聞く帰り道。Drに“அங்கீகார தொகுதி(認知阻害)”の魔法を掛けてもらったおかげで、あの戦いの映像が流れた後も、日常生活に支障はないそうでひとつ胸を撫で下ろす。
そうして我が家のちょっと手前にある、小さな川の小さな石橋のところで、私は向こう側に慎太郎の姿を見留めた。
「あ。おーい、しんた……むぐ?」
呼ばわろうとした私の口が背後から塞がれ、電柱の影に引き込まれる。
「犯罪者ムーブだな、どうした絵里香?」
「しっ。あれ見て」
耳打ちされて目を向けると、自宅方向に進む慎太郎の、ベクトル垂直方向から小走りで近づく同じ学校の制服女子。
「安治川!」
苗字で呼ばれ、慎太郎が振り返る。私も絵里香を振り返る。娘の目がきゅうっと弧を描く。あっ、これ面白いやつだ。私達は電信柱の陰に、寄せ合うように身を潜めた。
同級生と思しき女子に呼び止められ、慎太郎は橋の袂まで戻ってくる。
「……?」
「……!」
二人の表情は伺えるものの、声はここまでは届かない。
「何話してんだろ? あれ、まさか慎、告られてない?」
マジか。興味津々、二人して身を乗り出していると。
「あら? お人形さんちゃんとお姉様!」
聞き覚えのある声。私と絵里香は飛び上がった。
振り向くと声の主は百合子ちゃんだった。ご記憶だろうか、地区のお嬢様学校のJK、女の子好きな女の子のあの子だ。
相手を百合子ちゃんだと認めた絵里香の動きは早かった。即座に彼女の背後を取り、首に腕を回して拘束、耳元で囁く。
「ディス・イズ・マイ・ファーザー。ザット・イズ・マイ・ブラザー。アンド,シー・イズ・ヒズ・クラスメート。ドー・ユー・アンダスタン?」
百合子ちゃんは少し考え、絵里香の腕をタップした。
「アイ・アンダスタン」
絵里香の拘束が緩み、向き直った百合子ちゃんと頷き合う。
ああ、良かった。一瞬、自分の娘がよそ様のお嬢さんの頸をへし折るんじゃないかと思ったよ。
百合子ちゃんがそそくさと、電柱の陰組に加わった。
「私ノンケの恋愛沙汰も、それはそれでキライではありませんの」
「いいわね。けど、ここからじゃ肝心の話が聞こえない」
そこで私は二人に、右手を差し出した。手のひらに、“転移”で外した陶器の耳たぶが乗っかっている。
「ますたー。ワタシハますたーノ、ゴ命令ニ従ウ、使イ魔デス」
「うわ、ずるっ」
ニヤリニヤリと笑みを交わし、マスターは魔法人形に命じた。
「諜報なさい、ベア子」
「御意」
「ベア子、行きまーす!」
景気よく、頭を“空間転移”する。
「丸ごと行く!」
百合子ちゃんの小声の叫びを尻目に、魔法人形の頭部は橋の欄干の陰に潜んだ。
慎太郎を呼び止めた女の子は、ポニテでやや気の強そうで……これは私だから言ってもいいかな、どことなく絵里香に似たところのある子に見える。良くも悪くも慎太郎が弱いタイプなのではないかな?
慎太郎。
男親の目から見て。顔は、イケメンとまでは言えないまでも、十人並みでそう悪くはない。快活で案外頭も気も回る。性癖にやや難があるが、学校で公言はしていないだろう、そう願う。
なら、いいと思ってくれる女の子、いてもおかしくはないよな? 何かこっちまでドキドキしてきて、耳ダンボ(って今の人わかる?)になる。
「『でさー、ちょっと話あるんだけど』『ん、どしたん?』」
「え、喉から直音出るの?!」
「怖い怖い!」
首を“跳”ばした胴体の、喉の断面から、耳から入る音声をそのまま“転移”でお届けしています。意識は8:2くらいで頭の方に置いてる。
「『えっと、あのさ……安治川って、好きな人、いたりする?』」
おっと、これはビンゴですか? カラダの傍で、絵里香と百合子ちゃんが前のめりになる。しかしな、親が子どもの恋バナを盗み聞きするというのは……
なんて楽しいんだ!
ところでそれはそれとして。こう、首だけ宙に浮かしているのも結構エネルギーを消耗する。そこで私は銀色の髪を操って、欄干に巻きつけて、ぶらん。あー、これ楽。
「絵面―ァ!」
絵里香が口パクで叫んだ。
「事件性!」
「人が見たら都市伝説爆誕します!」
何だよ。等身大の少女人形の頭が、髪の毛で橋からぶら下がっているだけだろ。
親指を立て、大丈夫だ問題ないの合図をする。
「うぎあ!」
「こっちはこっちで動くんかーい!」
うっせえな、あいつら。大事な話が聞こえないじゃん。




