53.『人形姫』対“魔剣士”
「“お人形”さーん! ちょっとお話いいですかー!」
結界の外から、マイクを手にした人が叫んだ。私は両手で大きく、バツを作って返す。写真一枚いいですか、とは状況が違う。
魔剣士がゆっくりと左右を睥睨する。
鎧兜の戦士達が敬礼をする。幾人かは、竜の出現に興奮した魔獣を抑えに走る。魔女の直属だろう10名ほどの魔導士も、会釈をして退がった。パソドブレがパチャンガの両肩に手を置き、すすっと引き寄せ、指でOKサインを出す。魔剣士が鷹揚に頷いた。
魔女さん、ああ見えて一番気遣いの人らしい。
ともあれ雰囲気が取り繕われ……整った。
ジルバが、魔法人形の身の丈ある大剣を、片手正眼に置く。
「最後に今一度問う。従う気はないのだな?」
「ああ。こんなナリだけど、私は“人”だからな」
お前に勝てる気はしない。家族の命は何より大事だ。だけど……その引き換えに残り全ての人々を差し出す計算式は、私の中では成り立たないんだよ。
方程式の中、私が“未知数”になってやる。
ジルバは大きく嘆息し、私の答えに頷いた。
「逆の立場なら、俺もそう答えただろう」
大剣が、高く掲げられた。
「その誇りに、俺は敬意を表す」
表敬の剣は、天に1秒留まり、そして降りて据えれば、
「これで我らは完全に袂を分かつ。惜しくはあるが言っておいた通り、今度はお前を完全に破壊する」
私への暴力の塊へと成る。つっと突きつける切っ先は、低い鼻先を突くほどに近い。
殺気が烈風のように押し寄せる。剣士と人形のしばしの膠着。そしてジルバは背中からの物言いたげな視線に、肩越しに目を送り、
「修繕に出せば、直る程度に破壊する」
言い直すと魔女が「よし」と頷いた。魔界の剣士も、それなりに柵の内で戦っている。
それで私も、魔剣士の正々堂々に頼み、背後を確かめてみる。
「とー、とーとー」
“獣王”パチャンガ嬢が、手のひらに木の実らしきものを乗せて、西九条さんに差し出している。
「コイコイ、美味しいぞ」
赤き竜がぐいーっと首を曲げ、少女と鼻先を付き合わせる。
「お嬢さん、私はこう見えても人間でして。餌では懐けません」
「そうか! じゃあニンゲン、パチャンガの仲間になれ!」
「ダメです」
「なれよー!」
獣王が地団駄を踏む光景から、私はジルバを見る。彼もパチャンガから私に目を戻す。視線を交えた数秒、心が通じ合った気がした。
「参る」
「うん、はい」
因縁の再戦の幕が、なし崩しの状況で、ちぎれて落ちた。
が、次の瞬間から空気が一変した。張り詰める音を聞いた気さえした。魔女と獣王、『魔王軍』兵達、警官隊と報道陣にさえそれは伝わった。
いわんや、縒り合される焦点に位置する私は。空気は液状化して固体へ、硝子の破片ひしめく密度へ。馴れ合いは過ぎ去った過去のもの。
この距離にあるのは“死”だ。“全身転移”で離した次の座標に、魔剣士は既に踏み込んでいる。
「はあッ!」
大剣の唸りを、左に“一歩”逃れる。裂帛がひと呼吸遅れて、靡く私の銀髪をひと房持っていく。右斜め後ろに“一歩”退く、返す刀が胸元を掠める。
「ほう……」
大振りの遠心力に囚われながら、小さく感嘆した魔剣士へ、私は右拳の照準を合わせる。
ヂィン!
背後から“空間転移”で狙った拳は、魔剣士が傾けて避けた兜の頬を掠めて、私の手元に戻った。ジルバは振り向きもせず、大剣を背中側に突き立てる。
ガィン!
おまたの付け根から“跳”ばした右脚、変則大外刈りは残念、敵の足元を掬えず大剣の腹に阻まれた。
互いに数手を繰り出して、一度間合いを開く。『魔王』軍、警官と報道陣から詰めていた息が漏れた。
「フッ、前の戦いから学びがあったようだ」
「そっちこそ同じ手は通用しないな」
眉庇の奥から短い笑いが聞こえた。私もニヤリと笑みを返したが、雰囲気に乗っただけで、内心余裕はないですよ?
だけど。
魔剣士の剣から闇雲に逃げるのではなく、必要十分の一歩で回避できている。Drの特訓の賜物だ。
それと前の戦いでの敵の教え。
『真っ直ぐ狙いを視るモノではない。相手に教えているも同じだ』
“空間転移”を直線で放たず、“跳”ばした先から変則的な角度で撃ち込む練習もした。当たんなかったけど。それでも私は私なりに、攻守ともに前進している。
しかし以前の位置にいないのはジルバも同じ。二番煎じの不意打ちはもう通じなかった。勝てるだろうか、この男に。
不安と焦りの間に、家族の顔が浮かぶ。
そうだな。やれるかじゃない、やるしかないんだよ。
「戦闘形態、発動」
盆の窪、腕の内側に触れ、ぐっと押す。口の中に牙、指先から刃の爪が飛び出す。
「………」
待って、目の前の全身甲冑。これに噛みついて引っ掻いてしたとて。
左薬指を引っ張って、回す。しゃこん、ビーストモード解除。
「……? 今のは何だ?」
「今のは……ナシ」
人形姫の戦闘形態、宿敵と相性悪いわ。
今更ながら、魔剣士武器持っててズルいと思った。
まあ、私は魔導兵器。存在自体が武器ですけどね。
バレリーナ、いやフレンチカンカンかな。スカートを捲って、ひょいと片足を上げる。足首から一直線に靴が飛ぶ。
「ぬう!」
顔面狙いのミサイルを、大剣が軽々ガードする。
「はしたないぞ」
「あらやだ、失礼ぇー」
ドロワーズ丸見せで、残った一本脚で後方に跳ぶ。
空中の人形から手足が消失する。
こちらの思惑を、
「む? ……ちッ!」
ジルバは即座に察したようだが、一瞬を稼いだ。魔剣士の周囲至近距離に手足三つが出現する。
「もひとつ失礼ェ♪」
ここで私は、先に放っておいた右足で、大剣をぐっと踏み押さえた。
「人形ッ!」
重量の鉄塊を自在にする腕力だ、人形の足くらいすぐさま振り払われる。けどこれでもう一瞬を、私は魔剣士から稼いだ。
その二瞬が――……
右手左足は、大剣一閃に打ち落とされた。だが正中線ほぼ真下から撃ち上げた右の拳は、刃の軌跡をすり抜けて、
「ぐ……っ!」
砲弾型兜の嘴を捉え、魔剣士の頭から弾き飛ばした。露わになる赤髪。同じ色をした目に、打撃と衝撃が見える。
ようやく、一撃が届いた。前は自ら取った兜を、脱がせてやった。ほんのちょっぴりだけど、貸しを返してもらったぞ、ジルバ。
とは言うものの。
ジルバは革手袋で顎を擦った。
「……見事。俺の予想を超えた成長だ。こうなっては、壊してしまうのがますます惜しい」
紅の眼が静かに燃える。私の一撃は騎士の誇りを幾らか傷つけこそすれ、ダメージはそれほどではないようだ。
「どうだ? 完膚なきまで叩きのめせば、俺に靡いてくれようか?」
「お断り。てか、やれるもんならやってみろ」
精一杯に空威張ってみたけども……
両手足を呼び戻して、地に足着ける。
そうなんだ。最初からわかっていたけど、人形姫の攻撃はイマイチ決定打に欠ける。魔剣士の顔なり腹なりに、渾身の一撃が入ったとして、倒せるイメージが湧かない。さて、どうする……?
「オー、やっておるナ」
……噓でしょ?
耳を疑う、聞き馴染みのある声と口調は『魔王』軍にとっても同様らしく、兵士達がギョッとして声の主を探す。
ヴン……西九条さんの巨体の傍ら、虚空に描かれた魔法陣から、「大将やってる?」と赤提灯の暖簾をくぐるノリで入ってきたのは言うに及ばず私の創造主サマ、Dr.ボンダンスその人である。
トレードマークの白衣を脱ぎ、洒落た外套をはおった姿は貴公子然としてサマになっているが、驚くのはそこじゃない。
私が目を疑っているのは、そんなことにじゃない。
「姫っ!」
「おとーさん!」
ちょ、おま、マジで。
何で慎太郎と絵里香を、この危険な場所に連れてきたんだ?




