52.Camera→side:『人形姫』
では、そろそろ物語の視点を『人形姫』に返してもらおう。
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人形は竜に乗り空を征く。オジサン二人ですごくファンタジーなことをしている。
竜といっても生き物。新幹線や飛行機に乗ったことのある現代人の感覚からすれば、何も目が回るスピードってほどではない。ただ、風がまともに顔にぶち当たるものだから、体感的には……うーん、目が回りそう。通勤時間を大幅短縮して、見慣れた会社最寄り駅が見慣れない角度から見えてくる。
……見慣れているからこそ、異常は遠目にも歴然だった。
人通りは途絶え、動かない車。
死んだように静まる街の、大通りに文字通り陣取る集団は『魔王』軍。取り囲むように警官隊と報道陣がいるな。巻き込みたくはない。戦闘になっても、そのまま遠巻きにしていてくれればいいんだが。
『魔王』軍は、魔物みたいなのを含めて、数はそう多くない。100くらいか、わらわらした集団、パッと見で正確な数は把握できないけど……
けど……
陣頭から突出した三つの人影、中なる鎧兜の戦士。アスファルトに突き立てた大剣、漆黒の甲冑。その姿だけは見紛うことはない。
「西九条さん」
しがみついた首に呼び掛ける。
「あの、先頭の騎士が見えますか」
「あー……はいはい、大きな剣を持った」
人形は、竜の背で身を起こした。
「あの上を飛び過ぎてください。私……降ります」
後の機会があるなら、西九条さんの人生をゆっくり伺う時間を持ちたい。氏は私の言葉に問い返すこともなく、『魔王』軍の頭上を旋回した。
『人形姫』は、もう空に身を投げ出している。
風に揉みくちゃにされながら、落ちていく、狭まる視界の焦点、
「ジルバあッ!」
見上げる魔剣士の砲弾型兜の、
「人形……!」
眉庇の奥の表情は伺い知れないが、声は、どこかしら楽しそうに聞こえた。
地上数メートルで、“拒む”ような得体の知れない力場にぶつかった。落下の勢いと、感情的な勢いと、魔法人形の両手で、
「邪魔あっ!」
つかめるような空気の層を引き裂く。地面に拳を打つ着地を決めるか迷ったが、人形らしさを取って着地寸前“全身転移”、ふわりと降り立つ。
とんっ、と踵を地につける。目の前には、宿敵、魔剣士。ともにいた二人はすっと退きつつ、私から視線は切らない。
「来たぞ、ジルバ」
あえて二人を無視して騎士を上目に見つめると、
「待ちかねたぞ、人形」
敵は地に刺した剣を抜くこともなく悠然と応じた。
魔剣士の背後で、肩の大きく開いた黒いロングドレス、ツバ広の三角帽子といういかにも“魔女”な装いの美女が、私が貫いてきた空を見上げる。
「あらン。上からに脆いのねえ、結界。盲点だわあ」
腰まである髪は輝くプラチナブロンド、瞳は瞬く度に色を変える。甘ったるい口調も“いかにも”な、妖艶の女幹部のイメージ通りだ。
その傍らにはちょうど絵里香くらいの年恰好の、野性的な少女戦士がつかみかからんばかりに腰を落としている。ヒト寄りの獣人かな、眼差しに強い敵意がある。
魔界人の年齢は見た目では判別がつかない。青年の容姿をしたDrやジルバが実は何百歳らしいし。魔女に至っては、コレがホントの妙齢ってところ。
だが、その風格。彼女らがおそらく、『魔王』軍の残る二将……
空からの敵の急襲、当然色めき立つ『魔王』軍の戦士達は、
「待て」
ジルバのひと声にピタリと静まった。彼らの中には、髭面で屈強な、明らかにジルバより年嵩の者もいる。しかし見た目若輩の騎士団長に、不服の色は全く伺えない。
力こそ正義を示しつつ、兜の内から魔剣士が私を見据えた。
「では、答えを聞かせてもらおう」
「何度訊かれても、答えは同じさ」
四面楚歌に、私は精一杯の虚勢を張る。
「私はお前を倒しに来た」
周囲から殺気が沸き起こるが、魔剣士の手の制止には誰も背かない。
「そうか。残念だ」
ジルバの声は、言葉とは裏腹に愉しげに、
「だが、そうこなくてはな」
ようやく、地に突き立てた大剣の柄を握る。
「決着をつけるか。皆の者、手出しは無よ……ちょ、おま?」
ここぞとキメようとした魔剣士の台詞は、
「ハーイ、お人形ちゃん♪ あたしは『魔王』軍三将“魔女”パソドブレよぅ。よろしくねー」
しかし後ろから女魔法使いに押しのけられた。
パソドブレ女史、ジルバの震える肩なぞどこ吹く風。
「ウフフ、やっぱきゃわわ……ねえ、お人形ちゃん、魔剣士ちゃんの勧誘を蹴ってくれて、実はあたし嬉しいの」
「は?」
訝しむ私、魔女は口元に手を当てて笑う。
「だってあたし、ボンダンス工房の愛好家なのよ。アナタには魔剣士ちゃんの部下より、あたしのコレクションになってほしいわ? だから……」
きらり、きらきら。玉虫色の瞳が妖しく冷たい光を放つ。
「できれば、お人形ちゃん。あまり壊れないよう死んでくれると嬉しいわ?」
Drのお店、『魔王』軍幹部にお二人顧客がいるのね。私ってば人気商品らしいわ。人形姫は硝子の目で“魔女”を見返す。
「生憎だがご婦人、この人形の中身はくたびれた中年だ。レディのショーケースを飾るモノではありませんよ」
魔女は『人形姫』の薄紫の凝視をも品定めするように、
「クスッ。魔女のコレクションには、それくらい“歪さ”がある方が味わいがあっていいわあ?」
あー……この人ね? Drが言ってた性格の悪い女魔導士って。あーね。
「お前に父親はあるか? 息子はいるか? フフフ……あたしの魅了術で禁断のロマンスに堕とし、更なるプレミアを与えてやろうか、アハハハハ……!」
「あ、この前ちょっと堕ちかけたんで、間に合ってます」
「待って、詳しく」
私の発言に、魔女の高笑いが引っ込んだ。
「え、人間界の倫理観どーなってるの?」
「ボンダンスに倫理観がないせいだよ」
こっちサイドに責任を問われても困る、と言い合っていると。
バギャアッツ! ギャリギャリギャリ――……
大音に人形と魔女が振り向くと、魔剣士が地面に叩きつけたらしい、大剣の衝撃波が舗装を割りながら彼方へと走っていくところだった。
「……ん? すまんな。話の邪魔をしたか?」
「いえ」
「こちらこそ何かスイマセン」
ドカン! 剣圧があっちのテナントビルに達し、1階の店舗を大破させた。中の人達、避難済みだといいけど。
私が目配せすると、読んで魔女は引き下がった。平静を装いつつ、たぶんおこの魔剣士と、改めて対峙する。
「もういいのか? ならば人形、俺との決着を……」
仕切り直しを図る魔剣士が、言い掛けた、も。
ズドーン!
地響きを立て、西九条さんが私の背後に竜が着地した。
「ご無事ですかな、ドロシーちゃんさん」
「はい。今のところは」
背を預けられる頼もしい味方の登場より、敵さんの堪忍袋が気になる。
その魔剣士の横を、
「ドラゴンだー!」
「おっおーう」
今度は魔獣の毛皮を纏う少女が駆け抜ける。“獣王”パチャンガは私には目もくれず、西九条のご主人を見上げる。
「ドラゴンだ! 赤いやつだ!」
キラキラと輝かせる目で、魔剣士を振り向く。
「ジルバ! ドラゴン、魔獣団でいい? パチャンガ、人形いらない。ドラゴン欲しい。いい?」
「ああ……いいよ……」
魔剣士は呟くように答え、天を仰ぎ、長い息を吐き出した。
堪忍袋から空気の漏れる音のように、私には聞こえた。
マモノビトと『魔王』軍の対峙は今、圧倒的ぐだぐた感に包まれていた。
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一方、その頃。
私が後に残してきた家族、妻と子ども達は、息を詰めるようにしてリビングのテレビを見つめていた。
『たった今! 上空から一人の少女、マモノビトと思しき少女が現れました! あれ……あの子、もしかして“人形たん”……?』
リポーターの言葉が、途中で素になった。急なカメラの寄りで一瞬ぼやける映像に、ピントが合うと、黒いフードから白銀の髪と薄紫の瞳が覗く、少女人形の横顔がアップで映し出される。
「姫」
「おとーさん……」
不安げな慎太郎と絵里香の手を、母親がそっと取った。子ども達が智香の手をぎゅっと握り返す。
『ご覧になれますでしょうか? 彼女は、SNSやインターネットの写真投稿で話題になっている人形少女なのでは、ってドラゴン! 空からドラゴンが!』
西九条のおじさんが上から画面にフェードインするのを見て、絵里香が呟く。
「おとーさんの時に、空から女の子が!って言わないと」
「テレビの人も咄嗟には言えないのよ、上手いことは」
母娘の、どこか緊迫感のある呑気さに、
慎太郎が握った手を放して、立ち上がった。
「慎?」
名を呼んで振り向く弟に姉は、
「QuoVadis(何処へ行くのですか)?」
「要らん、この期に及んで中二病」
そう言って廊下に向かおうとする息子は、しかし、母の問いたげな眼差しまでは無視できなかった。
「行くの、慎ちゃん?」
一瞬、幾つかの誤魔化しと言い訳が慎太郎の心を過った。が、慎太郎は頭を振って、言った。
「たぶん行っても何もできない。けど……オレ、行かなくちゃいけない気がする」
弟長男の決意の言葉に、母と姉は目を見交わした。




