51.Camera→side:『魔王』軍
ここからしばしの間、物語の視点は我らが『人形姫』を離れ、『魔王』軍の陣営へと移る。
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魔導士数人掛かりの高位術式で、異世界間に扉を穿ち、『魔王』軍が人間界の土を踏んだのが、現地時刻できっかり正午のこと。
剣と魔法の各団員、魔獣も加えて僅か百と少しの人数だが、陣頭には三将が立つ。威力偵察を想定した少数精鋭は、個々では最大戦力の混成軍だ。
「んー……? 騒がしいとこねえ」
オフィス街駅前に顕現した女魔導士が、雑踏の人の多さに呆れ声で言う。
「臭い」
車の排ガスをトップノートに、化粧品の香気や飲食店からの匂いが入り混じる都会の空気に、少女戦士が纏う毛皮で口と鼻を手で覆った。
魔界の兵達も、聳え立つビル群に行き交う自動車、話には聞いていても目の当たりにした異世界の光景、驚嘆にきょろきょろと見回している。
「これが我らの侵攻する“世界”だ。よく見ておけ」
「は!」
配下の戦士団に声掛けしておき、甲冑の騎士が女魔導士を振り向いた。
「が、如何せん人が多い。“魔女”殿。貴公の魔術をお願いできるか?」
「はいな。お任せよお、“魔剣士”の坊や」
女魔法使いは婀娜っぽく笑い、指を掲げ、音高く弾いた。
「“恐れなさい”。お邪魔虫は散っちっちーよう」
魔女が手を振り下ろすと、近隣にいた人々は魔術による恐怖心に突如襲われ、この場から逃れるべく運転手は車も捨てて逃げ出した。読者にはお馴染、Dr.ボンダンスの暗示に似た術式なのだろう。
ほどなく。
街は閑散と静寂に落ち着き、群衆と入れ替わりに警察と命知らずの報道陣ばかりとなった。魔剣士と魔女は意に介したふうもなく、
「敵か? ジルバ、殺すか?」
魔獣の毛皮に身を包む、三将が一人、娘戦士だけがやや身構える、が。
「捨て置け。あれはこちらの世界の衛兵に当たる者達。今争う必要はない」
そう答えた黒甲冑の騎士は、『魔王軍』騎士団長“魔剣士”ジルバ。
「むー。面倒、皆殺し早い」
不服そうな娘は革と鱗で鎧う、『魔王』軍魔獣団長“獣王”パチャンガ。顔立ちは魔族のそれだが、耳・手足・尻尾にネコ科の特徴を持つ。純粋な魔族ではなく、高等獣人と呼ばれる種族である。
「今回はジルバちゃんが現場責任者なの。ふふ、獣王ちゃんのお仕事は、コレが失敗したらからよう」
口元に指を当てて笑う妖艶の女が、『魔王』軍魔導士団長“魔女”パソドブレ。
いずれ劣らぬ曲者揃い。『魔王』軍三幹部の揃い踏みであった。
魔女の言う通り総指揮を任じているジルバは、人間界の衛兵どもを無視し、奇怪な機械を肩にした者どもに呼ばわった。
「そなた達は、この世界の記士か?」
「ひ、ひいい……」
報道精神と恐怖心の狭間で踏ん張るリポーター&カメラマンに、ジルバが言う。
「怖れずともいい。危害を加えはしない。俺が見るにお前達は伝報を生業にする者達だ。ならば我らの利害は一致する」
魔界人の意外と静かな物言いに、報道陣は顔を見合わせ僅かながら息をつく。そこへジルバの言葉がぴしりと飛ぶ。
「伝えてもらおう。我ら、『魔王』陛下の御意を“お前達の世界”の万民に。魔物となりし人、マモノビトに我らが言葉を伝えるのだ。それと……これは俺の個人的な用件だが」
「“人形”に伝えたい。答えを聞かせろ、と」
魔剣士ジルバは報道陣に向けて、最初の声明を打った。
そしてアスファルトに突き立てた大剣に手を据え、不動の姿勢となる。
「魔女殿。敵を遠ざけておく結界を頼む」
「お任せよぅ」
「この国の警吏である警察、軍隊である自衛隊と、それに“戦隊”とやらに介入されては面倒だ」
ジルバは割ときちんと異世界を下調べしている。が、根が直情的ゆえに、仮面ライダー同様スーパー戦隊も実在のものと思い込んでいる。
魔女はあえて訂正せず、微笑んで頷いた。
彼女はついでに、報道の映像へ瞳術を用い、密かに暗示を拡散している。
それは戦う意思を削ぐ暗示。躊躇う背中をそっと安易へと押す構文。この世界の指導者達が迷っているなら、より深くへ誘う魔女の悪戯。
(ふふ……サービスよぅ、魔剣士の坊や)
ただし。魔女は知っている。この術に、“決意”は止められない。
あくまで迷いを揺さぶるまやかし。既に決意を抱いた者が向かってきた、その時は……まあ、アンタが何とかしなさいな、魔剣士ちゃん。
「おお、ジルバ映ってるぞ!」
パチャンガが駅前ビルの街頭モニターを見上げ、興味津々に叫んだ。
魔女は画面の中で口上を繰り返す同輩を見るともなく見ていたが、
「……あら? てことは、夜は引き上げるとしても、3日ここで一日中立ってなくちゃいけない?」
面倒な状況に気づいたパソドブレの視線の先で、ジルバはいい姿勢のまま微動だにしない。
「……明日から椅子持ってこよ」
魔女はため息混じりに呟いた。
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しばらくして暇を持て余した魔女が、魔剣士の甲冑の背を小突いた。
「ところで魔剣士ちゃん。アナタがご執心の“お人形さん”だけど、あの子、配属的にはあたしのとこじゃなくて?」
魔法人形は魔導士団に。軍編成の根本的なところを、
「早い者勝ちだ」
騎士団長は気迫任せに横紙を破ろうとする。
受けて魔女は唇に人差し指を当てて、
「んー、まあ、それはいーんだけど」
不意に砲弾型兜の顎をくいっとつかんだ。
「従わなかった時は、なるべく壊さずあたしに頂戴?」
「亡骸をか?」
怪訝そうなジルバに、パソドブレはぐいと顔を突きつけた。
「蒐集家なの。ボンダンス工房の。あそこの一点物、それも最高傑作と言われる『人形姫』にどんだけの価値があるかアンタ理解ってんの? 貌に疵をつけたらマジで殺すわよ?」
「ぜ、善処する」
不動の騎士、マニア魂に気圧される。“魔女”パソドブレ、実は新作・限定品を常に押さえているDrの上得意様(社販割引あり)。
と、“獣王”がおずおずと話に入ってきた。
「ジルバ」
「どうかしたか?」
「その……人形、キレイか?」
魔剣士が怪訝そうに見返すと、獣王は慌てたような早口になる。
「ジルバ、キレイなの好きか? 人形、キレイ。パチャンガ、あんまりキレイくない。魔獣と遊ぶから。ジルバは人形キレイだから欲しいのか?」
魔剣士は兜を傾げた。
「ふむ。魔女殿の申されるには価値があるそうだが、俺は下賤の育ち、美術品の良し悪しなどわからん。俺にとっての価値は戦力になるか否かだ」
「そ、そうか!」
魔剣士の答えに、獣王の猫型の耳がぴこぴこ動いた。
「ん? もしかして貴公も人形が欲しいのか?」
「パチャンガ、人形いらない。パチャンガも戦っていいか」
「手出しは無用」
「ジルバ負けたら?」
「フッ……そうだな、その時は貴公に任せるか」
腰の尻尾もぴこぴこし始めた獣王と、魔剣士を横目に、魔女がため息をつく。
「朴念仁ねえ」
煙管を取り出し、吸い点け、ふぅーと紫煙を異界の空に吹き上げる。
「……暇ねえ」
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魔女パソドブレはしばし思案し、口を開いた。
「ラミア、かしら?」
獣王パチャンガ間髪容れずに、
「アルラウネ!」
魔剣士ジルバは天を仰ぐ。
「ネ……“ネ”か……」
「……猫」
「こっちの生き物はダメだジルバ」
報道を通じて“マモノビト”に号令を発してから一刻……
今回の“異世界転移”は侵攻が目的ではなく、現状、待ち。特に成すべきこともなく、『魔王』軍三将の手持ち無沙汰はしりとりに手を出すまでに至っていた。
団長がこの有様なもので、部下にもダレた空気が漂い、
「折角異世界に来たんだから、何か変わったもの食って行きたいよな」
「いいな」
遠巻きにした警官隊や報道陣も、魔女の結界に阻まれ、状況は停滞し、特に成すべきことはなく。
時間は遅々として進まなかった。
兜の中で、ジルバが閉じていた暗赤色の目を開いた。
「死霊使い」
「シー……ルフィード」
「“イ”ではないのか?」
魔女がちょっとズルをする。順番の獣王が空を見上げ……
「あ、ドラゴン」
ジルバとパソドブレが振り返った。
「獣王」
「ンがついたわ」
二人のツッコミに、しかしパチャンガは首を振る。
「違う。あれ」
魔剣士と魔女は、獣王の指差す方へ目を向けた。
それはまだ小さな、青空の点でしかなかった。しかし真っ直ぐにこちらへ、ぐんぐんと近づいてくる。
『ご、ご覧になれますでしょう! 東の上空に!』
対空砲のようにレンズを構えるカメラマン、マイクを握るリポーター。
『こちらへと飛来する、あの物体は……え、そんな、あれは……!』
カメラと我が目に映るものが信じられず、リポーターは絶句した、が。
確かにそれは、獣王の言葉通り、紛れもなく“ドラゴン”であった。




