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35.Re:Make

挿絵(By みてみん)

 新たな魔法を掛けてやろう、そう言うや、私のカラダはまたヒョイとDrの腕の中に抱えられる。成すすべなし、抵抗できず、否応もなし。

 ……いいや、もう。私はおとなしくDrの胸に頭を預ける。幾つかの手痛い教訓を経て、私は納得した。


 主導権は、力を持つ者が持つ。


 人の社会では、建前、そうは言わない。けど、それは厳然たる実際。より強い世界観をぶつけられれば、脆弱な取り繕いは沈黙する。

 手も足もなければ、手も足も出ないのだ。だったら、手と足を取り戻すところから始めよう。そこからもう一度、歩き始められるのなら。



 人形姫を姫抱っこにしたDrが、

開け(திறந்த)

私の知らない言語で命じると、診療室奥の扉が触れずにひとりでに開いた。その先は……明らかに総合病院と内装が異なる。

「ここは?」

「ようこソ、吾輩の工房(ラボ)へ」

私の驚きを、Drは楽しんでいる。


 そこは言葉通り“工房”だった。絵本、童話の挿絵を思わせる西洋骨董風。Drが診療室に持ち込んでいた机と、同じエイジングの調度。人形工房。

「えー? 勝手にイジり過ぎだよ、病院の部屋を」

「そうではナイ。貴様の世界と吾輩の世界の工房(ラボ)の、時空を魔術的につなげてあるのダ」

へー、すごい……待って。てことは、ここ“魔界”? 私さらっと、“異世界転移”の実績(トロフィー)取っちゃった?

 部屋は完成品の人形達、未完成の素体、そして大量のパーツで満たされている。しかし整然と棚に収められいるので、洗練した調度と相まってギリ不気味な印象にはなっていない。ピノキオのゼペット爺さんの作業場、人形職人の朝は早い、温もりとこだわりを感じる空間だ。



 Drはこの部屋を素通りし、そのまた奥のドアを開いた。




 **********


「おおう……」


 次の部屋も、テイストは前の部屋同様の、人形工房だった。調度も、人形や素材が所狭しと置かれているのも変わりない。

 ただ、置かれている人形のサイズがデカい。ここは魔法人形(オートマタ)専用の工房なのだろう。

 棚に並ぶ首、箱から飛び出る四肢は、原寸大だと絵本的で童話的な西洋骨董風(アンティーク)も押し負ける。エグい、グロい。



 私の()が、そっと作業台に下ろされた。紳士のDr、すぐにクッションを首の後ろに当てがってくれる。

「お帰り、人形姫。この工房(ラボ)が貴様の生まれタ場所ダ。どうだネ、懐かしイ気がしないカ?」

しない。てかコワイ。

「ココでなら、そのカラダを元通りに修復シテやれよウ」

それはありがたい。

 Drが手のひらを上に向ける。魔法陣が開く。『人形姫』の壊れた手足が召喚されて、床に落ちて硬質な音を立てた。

「だガ、新しいパーツを作ルには少し時間掛かル。どうせなら改良もしたいしナ。差し当たっテは規格の合う汎用品(スペア)を付けてやろウ」

「助かる」

このままでは鼻も掻けない。代品でも手足が付くのはありがたいことだ。

 しかし……スペアを付ければ直ってしまうカラダなんだな。便利なんだけど、自分は人間ではないんだと、改めて思い知らされもする。


 Drが棚や箱の手足(パーツ)を吟味して回る。首と目を動かし、その姿を追うことは今の私にもできた。

「そのままでハ、シンタローが来た時が煩イ」

手に取っては棚に戻すのを繰り返しながら、Drが苦笑する。

「貴様のその有り様に、奴メ、取り乱しおったゾ」

壊れた姿を見せた慎太郎、壊される様を見せた絵里香。子ども達には可哀そうなことをした、と思う一方で……

 慎太郎。穴とかリョナとか言ってたけど、私の壊れた姿を見て取り乱すのなら、ひと安心する別の思い。



 やがてDrが、

「ふム。コレとコレで良いカ」

ひと揃いの腕と脚を選び出した。私には壊されたモノと同じに見えるが、曰く、

「僅かだガ寸法と重心が異なル。距離感やバランスは狂うゾ。しばらくは転ばンよう気をつけルことダ」

そういうものか。手足がすげ代わるなんて、未体験だからな。

 総取っ換えは、一度経験済みだけど。

 Drはここでプッと吹き出し、

「だガ、慣れタ頃にはマタ付け替えダ……ククク……フハハ……フーハッハッハーア!」

いや、笑いのツボよ。



 ぎしっ、Drが作業台に手をつき、覆い被さってきた。

「でハ、作業を始めル」

私の服に手を掛けようとして、その裾をピラッとつまむ。

「ズタズタだナ。元はエリカのドレスと似た意匠だったカ」

ずいぶん前のことに思える。お出掛けして娘が選んでくれたクラロリ(お金を出したのは私の財布)。折角のよそいき(・・・・)もジルバのお蔭でボロ雑巾だ。

「風変わりだガ良いデザインだ。だガ、愛らしク着飾るのは人形の本分とは言エ、貴様は魔導兵器(オートマタ)、不用心だゾ」


「吾輩仕立ての防具(ふく)であれバ、もう少シはジルバの攻撃にも耐えられタであろウに……」


 Drの呟きに、私は目を見開いた。

「やっぱりあの黒装束(ふく)、そういう防具的な性能が?」

「ハ?」

私の問いに、Drの方が唖然と固まった。

「オマ……あの服の性能もわからンで着ておったのカ……?」

お人形がニコッとスマイルを返すと、創造主サマは絶句し、そして怒涛の勢いで復旧した。


「吾輩の製作しタ人形服は、魔界蜘蛛(アラクネ)糸を織り重ねた独自の耐衝撃構造で下手な全身甲冑(フルプレート)を凌グ剛性を備エ、防御系の呪符を何種類も編み込んで攻撃魔法からドラゴンのブレスまで対策しテあるのだゾ!

 しかモ! ベースは伝統的デザイン(トラディショナル)を押さえつつ、シルエットには大胆に流行を取り入レ、新旧の女性らしさ(フェミニン)をひとつ上の次元で融合させたボンダンス・モードは、“着せる着せ替えから着られる着せ替えへ”、人形服を原寸大に仕立てたラインで魔界女子のトレンドに新風を巻き起こしておルというのニ!」


 ゴメン。前半はともかく、後半はわかんねえわ。



 私のモノの価値のわからなさに、深いため息、Drはクラシックロリータの残骸をめくった。

「まあ良いワ。脱がせるゾ」

そうして、幼児が母親に着替えさせられるように、スポッと服が抜かれる。腕があったら「バンザーイ」とやるところだ。

 胴と首だけのカラダが露出すると、損壊具合もまた剥き出しになる。特に右の手足は半ばで切断されているから、より一層生々しい。


 思わず目を背けた私の西洋下履き(ドロワーズ)に手が掛かる。と、そこでDrの動きが止まった。

「……むウ」

「どうかしたのか?」

首を起こすと、おまた側の、Drの少し困った顔と正面から向き合う。

「イヤ……コレは人形の修復作業工程なのだガ、中に人が入っておルかと思うトちょっと変な感じになるよナ///」

「言うな、思っても口にするな」

そうだよ、わかってるよ。私も薄々そう思ってるよ。

 人形修理の作業風景だよ。職人の朝は早いよ。けど見方を変えると、欠損幼女のパンツを脱がせる青年の図だよ。絵面犯罪だよ。


 互いに無言になり、お人形スッポンポン。



 が、魔界の芸術家(アルテイスト)の自称は伊達じゃなかった。


 作業に入ったDrが机に几帳面に並べた工具を扱う様は、変な喩えかもしれないけど、まるでピアノを弾いているみたいだった。『人形姫』の破損したパーツが取り除かれ、交換され、細かな疵や汚れも補修され、磨かれ、傷んだ箇所の髪まで植え直されて……

 ゴスロリショップの紙袋に入れたままだった、黒装束を着せられれば、

「良シ。それでは魔導回路、『操り糸』をつなぐゾ」

そうすれば、魔法人形(わたし)は――……


 とん。仮付け(じぶん)の手で作業台の上で身を起こし、一度座ってから、滑り落ちるように床に降りる。

「あ、っと」

少しよろめくと、Drが抱き留めてくれた。

 何か、床がぐらぐらする気がする。いや、ぐらぐらしているのは私の方か。

「さっきも言ったガ、元の手足とは若干寸法が違ウ。慣れるマデ多少時間が掛かるだろウ」

確かに。重心が僅かに変わるだけで、バランス感覚は相当に狂う。真っ直ぐ立つだけでも大変だ。


 けど。


 私はまた、自分の足で立てている。

「……ふうっ」

真っ直ぐに手を伸ばし、そうあれ(・・・・)と望むと、私の手は数メートル先の虚空に出現した。“空間転移”も機能している。

 立てているなら、ここから歩き出すこともできるはずだ。伸ばした手に、まだ何かをつかむことだって、きっと。




挿絵(By みてみん)

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