34.“魔剣士”ジルバのこと
「ジルバの出自は剣闘奴隷ダ」
おっと、初っ端から重いのがぶっ込まれた。
現在日本の倫理感覚で生きる私は引いたが、魔界人はこともなげに、
「奴は先代騎士団長の子でナ。生まれタ時より奴隷剣士の養成所で育チ、長じて実力で父親の地位を奪っタ。剣士とシテは出世頭と言えるだろウ」
苛烈な魔剣士の半生を、あっさりダイジェストで片付けた。
Drは椅子を立ち、私の食事の後片付けも始める。
「ジルバだけが特別というワケではナイ。魔界の戦士は、似たリ寄ったリ“そのような境遇”の者ダ」
「そう、なの?」
「うム。魔界の慣例でナ、“そのような境遇の者”が騎士の任に就くのダと言うのが正しイ」
Drはそう言いながら流し台で雑巾を絞り、ふと手を止めた。
「オイ。こういウのは、従僕であル貴様が率先しテすべきではないカ?」
「申し訳ありません、ご主人様。立てないし、手も出ませんので」
そう返すと、創造主サマは黙って掃除を続けた。片付けを始めてから文句を言い出した辺り、基本マメな性格なんだろう。
それを言えばDr、彼の世界を指して、私に“魔界”という言葉を使う。異世界人と会話する方便なのだろうが、そういうとこ、やはり切れ者なんだ。
「コチラの世界の“剣士”というのはだナ」
Drは雑談調で話に戻った。
「例外を除いて剣闘士養成所出身ダ。物心つく頃より戦闘訓練に明け暮レ、大人になるまで生きられヌ者も少なくはナイ」
淡々と語られる内容は、しかし悲惨なもので、
「正式の剣士となるマデは、闘技場で貴人へ娯楽を供すル。兄弟同然に育った者同士、時に互いに命を落とシ落とさレ合うのダから、ふム、吾輩も幾度か観戦しタことはあるガ、考えテみれば痛ましクも思えるカ」
軽い。Drの言葉も命の価値も、私の感覚からすればあまりにも。
コロセオで力を示した剣闘士は、『魔王』の騎士に召し上げられる。奴隷身分からの解放だ。相応の地位と誉れが与えられ、こと騎士団長となれば、最高位の爵位さえ用意されおり、誰もが元奴隷剣士に跪くのだと云う。
私は肩に重心を預け、首を傾げた。
「その敬意は本物なのかな?」
Drが片付けの手を止め、振り向いた。
「生まレのコトを言っておるのカ? 騎士は奴隷出自がデフォルト故、逆に平等。彼らを生まレでどうこう言うコト自体ナンセンスであル」
戦士は力によってのみ身を立て、人々はその力のみを称賛する。騎士に敬意を払うことは、貴族階級の者であっても例外はない。
Drは皮肉っぽく笑った。
「家名は剣を防げナイ、魔界の格言ダ。振り下ろされル剣の前でモ、人は平等で在らざルを得ンのだヨ」
そう聞いて、私は何となく安心をした。私もまたどこかで、異世界の騎士達への敬意を持ったのかもしれない。が、そんな私の気持ちに、
「とは言エ、騎士の地位は子に継承されはしナイ」
Drはまた不穏の影を落とす。
「騎士は名誉階級ゆえ、妻を取るも側室を持つも望むがままダ。だガ、彼らの地位は一代限りのモノ……」
魔界騎士には『血を返す』という慣例がある。
彼らの成した子は、『魔王』の所有物だとDrは言う。
騎士の子らは再び剣闘士の養成所に集められる。騎士は王に“御恩”を賜り、その血で王に“奉公”する。研鑽に高められた血は、研鑽を繰り返して、より強き戦士を生む――……それが魔界騎士の定め。
騎士の子は、生まれながらの騎士ではない。
騎士の座は、自らの手でつかみ取るもの。ジルバの騎士団長の地位も、先代である父親から受け継いだのではなく、実力でもぎ獲ったもの。『魔王』御前試合で前騎士団長……
「ソノ実の父からナ」
ここに来て、Drの口調ががぜん芝居っけを帯びてきた。
「宿命的なカード、鮮烈な交代劇、コロセオは熱狂に包まれタ! 総立ちの観客は椅子を忘レ、乙女が舞い降らせル花びらは尽きズ、『魔王』陛下が直々の言葉を賜れタとて異例のコト。ジルバはこの勝利で既に、新団長の確固たル足場を固めタと言って良いだろウ」
ここでDr、語るトーンをやや落とし、
「結局、前団長はこの時利き手に受けタ傷を元に、騎士団長を辞しタ。ジルバは何ら感情を見せることはなかったガ」
「我が子の剣に敗北した父に、ドコか満足そうな顔を見タ、と申せバ、吾輩、少々感傷に過ぎルだろうカ……なんてナ」
いやいや、創造主サマ。アナタなかなかの語り手にございます。しかし……キレイに話を落としたが、イイ話だ、と思うには世界観がハード過ぎない?
Drは机を拭いた布巾を流しに投げ捨て、私の目を見た。
「コレが、貴様が相対しタ“魔剣士”ジルバという男ダ」
……人物が、ハード過ぎない? 脳裏に奴から受けた暴力がよみがえり、胴に容れた食物の収まりが悪くなる。違い過ぎる、生い立ちも、生き様も、現代日本でのほほんと生きてた私とは。
「我が工房の商品も、厄介なお客に見込まれタものダ」
それな。語彙を消失して、そうとしか言えない。
あ、そうだ。
私はDrに訊きたかった質問を思い出した。
「Drも『魔王』軍三将とやらの、一人なの?」
Drは私のクエスチョンをジロッと見下ろし、
「フン。この吾輩がそのようナ肉体労働なぞするカ」
露骨に尊大なアンサーを返した。
「吾輩は言うなれバ、お抱え学者、といっタ待遇で陛下に仕えておル。戦場に出ルような現場仕事は、インテリジェンスの低い連中の雑役ダ」
相変わらずお言葉が過ぎる。
と、Drは少し考えるような表情を見せて、
「マ、現場に出る頭脳労働者もいルにはいル。『魔王』軍三将の一人は、魔法士団を率いル“魔女”の二つ名を持つ女ダ」
おお、魔導士タイプの女幹部とはベタだな。たぶん、ちょっとエロいカッコしてる美女か、ババアだな。
「どんな奴?」
一応訊いてみると、
「性格が悪イ」
ん、わかりみ。
てか、本日の「おま言う」頂きました。
話はひと区切りして、
「さテ」
Drが横たわる私を見下ろした。
「魔剣士殿カ……吾輩の工房の客層ではナイが、コチラも商売、疵物を商っテは信用に関わル」
両手を擦り合わせ、ニヤリと笑う。
「修理に取り掛かろうかネ、人形姫?」
私は……自らの意思とは無関係に、あれよあれよとレールに乗せられ今この場所まで運ばれてきた。『魔王』の呪い、魔剣士の強襲。どこが始点で分岐点か、もう私には定かではない。
自身が、これからどんな選択をしようとしているのかも、今は。
だけど、手も足も動かせない、身動きのできない、何も選べない今。今の私には逃げ出すことさえ叶わない。
「頼めるか?」
何も選べず、また運ばれる。そんなのはイヤだ。
Drは私の懇願を、真意の読みかねる微笑みで受け止める。
「無論ダ。吾輩の可愛イ、翼をもがれタ天使ヨ」
「コノ魔法使いが、お前に新たな魔法を掛けてやろウ」




