33.壊れた『人形』
簡素な医療用ベッドに横たえられている。
「まったく……我が“最高傑作”、粗末にするナと言っタであろウ」
視界の端に、苦虫を噛み潰したようなDr.ボンダンス。私の球体関節からもぎ取られた腕を、曲げたり伸ばしたりして調べている。
痛みはない、が、気持ちのいい絵ではない。
Drはしばらくして、私の腕を台に置きこちらに向き直った。
「で……『人形姫』をここまで破壊しタのは、黒イ鎧の騎士で、ジルバと名乗っタ。間違イないナ?」
手も足もなく、頭と胴だけでベッドに寝かされている魔法人形は、かなりの労力を費やして首を頷かせた。
「魔剣士、ジルバ……ああ、確かにそう名乗った……」
「アヤツか……」
例の黒騎士の名は、
「奴ならバ、まア、致し方あるまイ」
希代の自信家をしてこう言わしめた。
ここは我が家から最寄りの総合病院だ。
私が“修理”を受けているのは、病院の診療室のひとつで、Drが勝手に占拠して“異世界”でのホテル兼研究室にしてしまっている部屋だ。
魔剣士ジルバに破壊され機能停止した魔法人形を、絵里香はDrのところへ担ぎ込んだ。報せを受けた慎太郎も駆けつけて、まあまあな騒ぎになったそうだが……
人形姫ならぬ眠り姫になっていた身には、与り知らぬこと。ここからの話は、意識を取り戻してから創造主サマから聞かされたことだ――……
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あの不良三人組。
絵里香に助けを求められるや、すぐさまドラム型の大きなスポーツバッグを二つばかり調達してきて、私と私の残骸を詰めて病院まで運び届けてくれたと聞くから、何だかんだで根は悪い連中じゃない。
めちゃくちゃに壊された“人形たん”が人目に触れるマズさに、思い至るくらいの頭も回った。
結果的に、かなり絵面が悪いというか、犯罪的な運び屋をさせてしまったが……
「ン、エリカではないカ? ……おお、どうしタ?」
病院に到着、顔を見るなり泣きついてくる絵里香、更にすっ飛んできた慎太郎が変わり果てた私の姿に、
「姫……姫えええぇぇぇっ!」
半狂乱になり姉弟揃って、
「ドクター! 姫を……父さんを助けてくれ!」
「お願いします、ボンダンスさん!」
「わ、わかっタ」
「センセー、お人形サンを助けてください!」
「俺らからもオナシャス!」
「わかっておル、と言うカ、誰ダ貴様ら?」
混沌。三人組からも懇願され、Dr、大いに困惑したという。
それもしまいには、静まらぬ騒ぎに何とかの緒が切れて、
「エエイ、落ち着けと言っておル! 魔法人形は死にはせン! 壊レても修理すれば直ル、跡形なく木っ端微塵にでもならン限りハ! 半分潰れた頭だけになろウと、吾輩のトコに持っテくれば元通りにシテやるワ!」
人事不省の私の頭部をカコンと外し、振り回す一幕もあり、
「うわー! 姫えー!」
「邪魔だ帰レ!」
結局、診療室に居座るのにも利用している得意の“暗示術”の、MAX出力でようやく絵里香と慎太郎を沈静化、追い散らせたのだそうな。
「貴様の血縁にハ、妙に効きが悪イ」
ゲンナリと当時の模様を語るDr、本当にお世話様。
ちな、子ども達を帰らせた後、Drは妻の智香に電話を入れ、状況報告、私を数日預かること、完璧に直すゆえ安心されたしとの旨を伝えてくれている。驚くほどちゃんとしてないのに、驚くほどこうゆうとこちゃんとしてるんだ、この人。
重ね重ねお世話様でした、創造主サマ。
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さて。私自身の記憶は、閉じることのない硝子の瞳に、穴あき石膏ボードの診療室の天井が映るところから再開する。
ベッドに置かれているらしいカラダはぴくりとも動かず、手足の感覚はない。くっついていないのだから当然だ。舌の上に、甘ったるさとほんのり苦みがあった。
「目を覚ましたカ、人形姫」
辛うじて動かせる硝子玉を声の方へやると、Drがベッドサイドに立っていた。私が口をもごもごしているのを見て、
「魔力回復の秘薬を流し込んでやっタのだガ、動クには至らぬカ。それにシテもハデにやられたナ」
「す……まな、い……」
それだけの声を絞り出すのも、今の私にはやっとだった。
どうやら絵里香は私をDrのところへ運び込めたらしい。そしてDrは何やら貴重そうな薬を使ってくれたらしい。力を振り絞って謝意を伝えると、
「気にするナ。ちょうど消費期限の切れタのがあってナ、捨てるのもモッタイナイと思っていたところだっタのダ」
……うん。人形はお腹とか壊さないけど、うん。
ちょっと腑に落ちない思いのする私は、
「え、うわ?!」
だしぬけにDrに姫抱っこに持ち上げられた。
「動けンのは単純にガス欠ダ。ともあレ、まずは不足したエネルギーを補給するとしよウ」
「あ、ちょ、待っ……」
そうやって運ばれるのは、人だった時からカラダが縮み、手足がないのもあって、ひどく無防備に感じられる。
そのまま、私物をこっちの世界に持ち込んだのだろう骨董風のデスクの前にDrが座ると、膝抱っこの体勢になりますます気恥ずかしい。
そのデスクの上には、ハムにソーセージにチーズ、牛乳の紙パック、生卵といった食料品が所狭しと並んでいる。
「あー……Dr、これって……」
「うム」
「コチラの世界に滞在するト、張り切って少々買い込み過ぎてナ。冷蔵庫を整理したラ、折良くいろいろ出てきタ」
「おま……それ、生ゴミの処分だろ……」
「食べ物を捨てルのは好まン。モッタイナイモッタイナイ、目が潰れル」
そりゃお腹は壊さないけどお。気持ち的にヤだあ。
「クンカクンカ、大丈夫ダ、たぶんイケる」
「イヤだ……特に卵がイヤだ……」
加えて両手がないから、Drに「あーん」してもらうしかないのもイヤだ。
「コラ抵抗するナ。ちゃんと食べナイと元気になりませんヨ?」
「幼女の口に……無理矢理フランクフルトねじ込むな……おま、この絵面の悪さ理解ってるのか……?」
それは食事というにはあまりに凄惨な。
そして……
私の人生で、二番目に最悪の数分間が始まった。
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ともあれ食料を腹に収めると、魔法人形のカラダはまともに喋れ、首と胴だけでも身動ぎできるまでに回復した。けど、こういう食事は二度としたくない。若干硫黄臭のする生卵とか、特訓中のロッキーでも口にしねえわ。
無言になった私をベッドに戻し、Drは人形姫のパーツの損傷具合を調べる作業に入った。右腕と脚の切断面を拡大鏡でチェックしつつ、
「我が“最高傑作”、粗末に扱うナと申したであろウ」
苦言を呈しておいて、
「と、言いたイところだが、さすがに相手が悪いワ」
この自信過剰家が、深くため息をついた。
「何者だ、あのジルバというのは」
私の問い掛けに、Drはしばし手を止め、そして作業台に人形のパーツを置く。
Drは丸椅子を引き寄せ、ベッドの傍らに腰を下ろした。
「『魔王』軍三将、騎士団長を任ジ、“魔剣士”の二つ名を持つ、陳腐な言い方をすれば“魔界最強の戦士”ダ」
その男を語る時、尊大なる天才で芝居掛かった大仰を好むDrが、いつになく神妙になる。
しかしそこはDr、口振りとは裏腹、言外に含みがたっぷりだ。
創造主の深紫の目を、薄紫の目でじっと見つめてやる。分、60秒を待たず、
「良かろウ」
不承不承、仕方なしという態の予定調和でDrは口を開いた。
「少し、奴のコトを話してやろウ」




