22.『人形』とウェイトレスさん
テーブルには縦長脚付きのチューリップ型グラス、白と褐色の層になっていて、丸く茶色の塊に雪のようなふわふわ、黄色い果実や焼き菓子が縁を越えて積み重なっている。
視線を上げると、慎太郎が緊張気味に頷いて返す。
柄の長いスプーンでドテっ腹を槍で突くが如く、チョコアイスをすくい、口に入れる。甘い……いや違う。初めて食べたなら、言及すべきは味よりむしろ、
「……“冷たい”」
そっちだ。目の見開きは、控えめに調整。これが“無知”、続いて、
「それに、“甘い”……」
“驚き”だ、流れはいいぞ。さあ大詰め、表情は微か、だが確かで。バランスの妙が勝敗を分かつ。
「……“美味しい”……」
そして“肯定”、だが息子よ、ここから即興行くぞ?
私が思うに、魔法人形の“肯定”はチョコパの味に止めてはいけない。それを教えてくれたお前、今この瞬間その全てを、
「……ありがとう」
魔法人形は初体験として“肯定”すべきなのだ。
「ありがとう。こんなに“嬉しい”の、あたし、初めて」
「OK! 完璧だよ、姫~」
「お前が満足なら何よりだ」
慎太郎が右手を上げる。パン!と打ち鳴らそうとするも、思い直し、スンとした顔を作ってそっと手を合わせる。
「お兄ちゃんが嬉しいと、あたしも嬉しい」
残心――……我ながら隙がない。
……パチパチパチ。
店員さんから、そしてお客さん達からも拍手が起こった。
「えっと、その……おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「おめでとう、お嬢ちゃん」
私は戸惑って、慎太郎を見る。
「……おめでとう、姫」
優しく私の視線を受け止め、にこっと笑った慎太郎に、みんなに、私は……
「……ありがとう」
控えめに作っていた偽りではなく、心からの微笑みを返した。温かな祝福の中で、私はマモノビトだけど、オッサンにはお洒落過ぎる店だけど……
私は、ここにいていいんだ。
店内を包む空気にカウンターの中のマスターが、
「うん。何だこれ」
ただ一人常識を代表して呟いた。
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よくわからない熱気が去った。
私はひとすくいアイスを口に入れ、ふうと冷たい息を吹く。
「ん、ノルマ達成だな。少し早いが昼に何か頼むか?」
「いや、達成じゃなくて外にいる間はキャラキープだよ」
「えー」
空惚けながらメニューを開く。
サンドイッチやパスタといったカフェ系軽食に混じり、“オススメ! おかーさんの唐揚げランチ”がネーミングセンスとともにぷかりと浮いている。
「唐揚げ、オススメかー」
男子高校生はやはりお洒落より食い気。
「姫はどうする?」
「私はまだパフェあるから」
メニューを押し返し、店員さんに手で合図する。
実は……
人形になってから、空腹と食欲の感覚が薄い。
創造主サマであるところのDr.ボンダンスから聞いたことには、魔法人形が動くにはカロリーさえ摂っていればいいのだそうだ。曰く、栄養バランスなぞ気にする必要はナイ、とのことで、
「要は有機物であれば何でもいイ。その辺の草や虫からでモ、活動エネルギーは生成されル。小動物でも獲れバ、かなりの間動けるだろウ」
お人形さんが公園で草とか虫取って食ってたら可哀そうだろ。
まして鳩や野良猫を捕食し始めたら怪異だよ。カフェでパフェ食ってるよりインスタ映えする。マモノビトのイメージ地に堕ちるわ。
そんなわけで、今のカラダにはエネルギーの補給欲求的な感覚はある。ただし、食欲とは似て少し非なるものなのだ。
こちらの会釈に気づき、店員さんが軽やかに来た。慎太郎が開いているメニューを見るや、
「お! むふふ、お客様お目が高いですね。この“おかーさんの唐揚げ”は当店自慢の逸品で、なんとマスターではなくあたしが揚げるんですよ」
このドヤ顔である。
「Ω高えー!」
何か言ってる。どうも年齢より子どもっぽい人のようだ。
と、店員さんは注文を取ったがそこに立ったままで、
「お二人はご兄妹? 仲がよろしいですねー」
「あ、いえ親子です」
「恋人同士です」
「ふえ?」
考えなくそう答えて……慎太郎、口を挟むなややこしい。店員さんをダブルでキョトンとさせてしまった。
「お、お若いお父様ですのね……?」
「なワケあるか」
それはそれで無理がある。そうか、フードのせいで私がマモノビトだと気づいていないんだ。
少し躊躇ったが、そっとフードを下ろす。
「……あ……」
店員さん、お客さん達からも小さな声が漏れた。
白磁の頬、淡銀の髪、硝子玉の目。ぱっと見では人間の子どもでも、間近にすれば明らかに人ではない。私はマモノビトなんです、皆さん。
「この子の方が、息子なんです」
微笑んでみせたが、やはり困惑させてしまった。悪いことをしたかな。
「……お若いお母様でしたのね」
うん、訂正しなくていいかな。
ウェイトレスさんは言葉に詰まりつつも、
「その、こんなことを申し上げては失礼かもですが」
私のドール顔から目を逸らさずに、
「可愛いマモノで良かったですね!」
そう言ってのけた。
私の笑みが本心からのものになる。はは、いいねお嬢さん。それ、なかなか言えることじゃないぞ。慎太郎も得意げにニッと笑って、
「でしょ、おねーさん。今日デートなんすよ」
「えー、いいですねー。可愛いお母様とデート♪」
「見た目は幼女、中身は親。高校生の息子が喜んでるの、全方位的にいいですねくはない」
私が呟くと、店員さん、急にぐいっと身を乗り出した。
「そんなことない!」
いや、プイキュアが悪役に、愛や希望を否定された勢いで言われても。
「家族の仲がいいのって、とっても素敵なことです! あたしだって、この店をおにい……」
「あ」
気づけばいつの間にか、店員さんの背後にマスター。天井照明へと掲げられた銀トレイが、
「いい加減にしろ」
弧の軌跡を描いて振り下ろされる。
ぱぁん! 「ひゃあんっ?!」
店内に響く、いい音と悲鳴。
店員さんがお尻を押さえて振り返る。
「にゃ、にゃにするの!」
「お客様にご迷惑だ。さっさと唐揚げ揚げてくる」
うら若き女性のヒップに銀盆叩きつけて、マスター顔色ひとつ変えない。
叩かれた方は顔を赤らめて、なぜかどこか嬉しそうに、
「もうっ、相変わらずのお尻星人だよ///」
「いいから行け」
うん、店員さんもアレだけど、マスターも大概だよな。
店員さん、頬を膨らませつつカウンターへ……と見せかけて、振り向きざまにマスターの横顔にチュッと逆襲のキス。
「隙ありっ」
「いいから」
Oh……master,so cool……
けどこのやり取りを見るに、やっぱり二人は夫婦か恋人なんだろうなあ。




