12.『人形』とお仕事
私、安治川大治郎はとある商社の営業課長、どこにでもいる中年の平凡なサラリーマンだ……ったんだ、つい半日前までは。
人形に姿を変えられた衝撃は、その後に受けた幾つかの衝撃に希釈されて良くも悪くも落ち着いた。今の私は不惑を越えたこの齢で、人生始まって以来の困惑状態である。
病院に行って、何だか行く前より具合を悪くして帰宅した私を、愛妻手製ハンバーグ(おろしポン酢)の食卓が待っていてくれた。
いつもと変わらぬ夕食、家族の風景。日常を破壊する異物、それが私だ。使い慣れた箸を遣う、使い慣れない指に家族の視線が集まる。
「あ、食べた」
「おー、食った」
食べづれえわ。アレか、私は拾ってきた仔猫か。
「どう? お口に合う、ドロシーちゃん」
唯一人間扱いしてくれるのは妻だが、それも長年連れ添った配偶者に対する態度ではないな。
言うなれば、久しぶりに遊びに来た親戚の子の扱いだよね。
この夜を、私同様魔物化された人達と、その周りの人達は、どう過ごしているのだろう? こうして家族に受け入れられた私は幸せだ。
誰もがそうではない。家族に拒まれた人、家族の元に戻ることを諦めた人。私より不幸を舐める人達を思い、作り物の胸が痛む。
人々を魔物に変え、『魔王』は黙した。人間社会は押しつけられた形で、対応を余儀なくされた。
私個人にとって、当面最重要で切実な問題は――……
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「仕事行きたくないよぉ……」
リビングのフローリングにうつ伏せになり、完全に人形状態で活動停止してる私を、家族が囲んで見下ろしている。
「てか、会社行く気だったんだ、ベア子」
「大人には責任ってもんがあってな」
「姫は人形だし、いいんじゃん? 仕事辞めて、ずっとオレと一緒にいよーぜ」
慎太郎の軽々しい物言いに、うつ伏せのまま首を回し……回し……お、回る。まだ回る。どこまで可動域なんだ、コレ?
「しかし現実問題、収入が途絶えては」
「怖っ! ちょ、その体勢でフツーにしゃべらないでよ!」
カラダと完全に180度になった頭部で、床から見上げる私に、さすがの絵里香も顔をひきつらせる。
そのまま、足首を軸に直立姿勢で立ち上がる。うむ、我ながらなかなか人形っぽいムーブ。
「と言って、この姿で営業の仕事が続けられるともな。内勤に回してもらうにしても、タチマチにというワケには」
手で頭をつかみ、ぐるりと正位置に戻す。
「やってることと言ってることの乖離」
「そりゃこう見えて私、妻子のある身ですもの」
「んー……じゃあ、転職とか?」
慎太郎の言葉に、私は窓に映る己の姿の目を向けた。
小学3年生くらいの背丈体形の、少女人形。この見てくれで考えられる再就職先なんて……
「遊園地のお化け屋敷か、いいとこ子供服のマネキンか」
「姫がいる店なら、オレ毎日でも通うぜ」
いや、別に会いに来なくてもお前とは同居してるから。
絵里香が少し考えて、
「……オ○エント工業とか?」
「私がそこに就職するの、風俗嬢と同義だろ」
職業に貴賤はない、ないけども。そもそもお前がその企業名知ってることな。
「姫がいる店なら、オレ毎日でも通うぜ」
「やかましいわ。未成年お断りだ」
それとこの文脈で“姫”言うな。意味理解って爆笑すんな、絵里香。
いずれにしても、会社には一報を入れておかねば。「報・連・相」は社会人の基本の基本だ。
と、陶器の顔が色は変わらないながらに青褪める。
「スマホ……」
人形に変えられた際に、私の所持品は服とカラダもろとも、この黒装束に置き換わり失われた。え、待って。現代人にとってスマホ消失は割と一大事。
慌てていると、
「はい、ドロシーちゃんの携帯」
妻の智香がマイスマホを差し出した。
「え、これどこに?」
「下駄箱の上ですよー」
ああ。普段から、若者ほど四六時中スマホを弄らないから気がつかなかったけど、靴履くのに一度置いてそのまま忘れて出掛けたのか。
怪我の功名に苦笑しつつ、部内連絡用のグループラインに、ともあれ状況の一報を……一報、を……
「スマホが反応しない」
えーと。タッチパネルには静電容量方式と抵抗膜式の2種類がある。違いは手元のスマホで調べたまえ。私と違って反応するんだろう?
要は私のスマホは前者らしく、静電気を帯電しない陶製の指には反応しない。
はい、本日の業務連絡、終~了~。
悲しげにスマホをつつく人形を見かね、慎太郎がタッチペンを持ってきてくれた。ロックを解除しながら思う。Dr.ボンダンスには何をさておいて、指先の改良を頼もう。
やっと開けた画面に、ラインの新着通知。
[智香:スマホ忘れてますよ]
妻を見るとニコッと笑って、
「置き忘れてるのに気づいて、連絡したんです」
ん。君が特に疑問を感じないのなら、それでいい。
タッチペンでポチポチと文面を作る。
[各位。お疲れ様です。安治川です。
『魔王』の報道はお聞き及びのことと思いますが、私も被害に合い、姿が魔物に変わってしまいました。
部長。幸いながら現状精神的な変調はありませんが、明日は出社しても宜しいでしょうか。出社可であれば通勤時間帯を避け、10時出とさせて頂きます。取り急ぎご連絡まで]
……固いか。私は何度かメッセージを読み返したが、もうどうでもいいや、どーにでもなれー。送信した。
ペコリ。お辞儀スタンプも追加しておいた。
待つこと数分。
[深山:社的には出勤してもらって問題ありません。しかし安治川君、大変なことになったな。大丈夫なのか?]
営業部長のメッセージを皮切りに、
[安治川さん、被害に遭ったの?]
[お体大丈夫ですか、課長]
同僚や部下から、ピコンピコン通知が入る。そりゃあ社内の人間がモンスターになって、明日来るってんだから、驚きもすれば不安にもなるだろう。
そんな怒涛のラインの流れは……
[安治川課長、何のモンスターになったんですか?]
この発言にピタッと堰き止められた。
そら止まるわ。
返信したのは、若い女子社員。彼女らしいなと思う。普段からやや空気の読めないきらいのある子だ。沈黙したラインから、
(え、それ訊く?)
(けどGJ)
無言のメッセが読み取れる。
まあ、興味あるよね。でもフツウ訊けないよね。
女史はいつも、みんなが言いたいけど言えないことを、口に出してのける。そういう役回りをある意味期待されている。誰もそこにシビレないし憧れない。
[人型ではあるので、出歩くのにそれほど支障はありません。どんな姿かは、お会いした時のお楽しみに]
私はそう打ち込むと、左手をソファの上に“空間転移”し、ぽふんとスマホを投げ捨てた。
そして再びおもむろに、床うつ伏せの体勢に戻る。
「はは、拗ねた」
「可愛いわね」
この見た目では、誰もオッサンの苦悩を真剣に受け取ってくれない。
慎太郎がソファに腰を下ろし、私のスマホを取り上げる。
「やっぱ姫、今の仕事続けんの厳しい?」
「と言って、オ○エント工業に再就職もイヤだ」
「ドクターにでも雇ってもらうとかは?」
そう言われ、私は魔界の人形師、Dr.ボンダンスの尊大かつエキセントリックな為人を思い返す。
申し出れば使ってくれそうな気はするが、
「フーハッハッハーア! 実験ダ、助手!」
「助手ってゆーな!」
何かのアニメのような未来しか想像できない。
絵里香が弟の顔をじろっと睨んだ。
「……メイド服」
「……ナース服」
姉弟の視線が絡み合い……からの取っ組み合い。待て、何のケンカだ?
「わかってなーな、ねーちゃん!」
「わかってないのはお前だ、慎!」
そこへ母が割って入り、引き離し、子ども達に向かって言う。
「メ〇ソレータムのリトルナース!」
「「それだ!」」
え? あ、うん……ええ?
よくわかんないけど、姉弟は何らかの協定を結んだらしく、母を間に固く手を握り合った。仲良きことは素晴らしきかな。私はそれを横目に床と仲良くしている。
再就職先の心当たり、あるにはあるのだ、頭の片隅に最有力なのが。“そこ”なら文句なく私を雇ってくれるはずだから。
……――『魔王』軍。『魔王』の尖兵となれば、全人類を裏切ることと引き換えに、私の家族だけは助けられるかもしれない。この選択肢は、心の奥底に押し込め家族にからさえ秘めながら、私の中から消えることはないだろう。最後まで。
未来は、闇の先だ。時とともに移る状況が、少しずつ光を差し、それまで見えなかったものを私の目に映すだろう。これが最後という決断を下す時、私はどれだけの未来が見えていられるのだろう?
今はただ、たった三つだけ灯る光。騒々しくも愛おしい、私の家族の存在。もう一人、毒々しく光るネオンサインのような知己も得たがこの際置いといて。
今はその光を頼りに、進もうか、手探りだとしても。




