3 使者が来ました
夕食後、タウンハウスから連絡があった。
オルロー領から使者が来た、一休みさせた後にコテージに連れて行くという。
タウンハウスの執事がこのような采配をしたのだから、それなりに重要な用事だが、急ぐわけではないようだ。
報告を聞くべく用意させていると、突然、お客様が来られた。目立たない格好をしたピョートル殿下だ。
「夜分に先触れなく来訪してしまい、申し訳ありません。
あなたがお好きだというダウリポリのアップルパイが手に入ったので、どうしても召し上がっていただきたく、ようやく仕事を終えたこの時間にお邪魔した次第です」
「申し訳ありませんが、少し身内のことで立て込んでおりまして。
後日、ご連絡しますわ」
「ああ、それはそれは、ちょうどよかったです。私も、身内のことで立て込んでおりまして。
よろしかったら、一緒に伝言を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」殿下はにこやかにおっしゃった。
なるほど、こちらの状況はご存じということですわね。
伝言の中身がわからない状態でピョートル殿下に伝言を聞かれるのは危険だけれど、断ればオルローが王家に対してよからぬたくらみがあると思われかねない。
了承して、殿下のエスコートを受けながら客間に入る。
豆を炒ったお茶と軽食でおもてなしする。オルローから来た使者をねぎらうために用意させていたもので、体が温まり、疲れが取れるのだ。
「お茶をありがとうございます。今日一日の疲れがとれるようです。
そして、オルロヴァ嬢、お元気そうで何よりです。
あなたが倒れてしまったのは、私のミスです。ちゃんと休憩してもらうべきでした。
念のため、私のスキルを使ってもよろしいでしょうか」
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「あなたに何かあってはと思うと、私が心配なのです。
私のスキルは、闇の精神攻撃の影響が残っていれば癒す効果があり、一方、残っていないならば何の効果もありません。安全です。
おいしいお茶のお礼だと思って、受け取ってください」
これも結局、それ、「いいえ」を選択すると、話をはぐらかされて、「はい」と答えるまで何回も質問を繰り返されるやつですよね。
やむをえず了承すると、殿下は、ソファの私の右隣に座り、私の目を覗き込みながら、右手で頬に触れた。体の中を眩しい光が通り抜けたような感じがして、私が目をつぶり、また開くと殿下は微笑んだ。
殿下は、ぱっちりとした目が少し垂れていて、優しそうに見える。目の色は空のようにきれいな色だと思う。殿下のキラキラオーラが強くなったみたい。
私がぼうっと殿下に見とれていると、リタが、相談があると言って食堂に連れ出してくれた。
「お姉さま、瞳孔が開いていました。
昔、洗脳のスキルを使われた人を見たことがありましたが、さっきのお姉さまと同じ状態になっていました。やつは、洗脳スキルを使うのですか?」
なるほど、殿下のスキルについては、光・光属性の攻撃スキルで、闇のエネルギーを浄化する効果があるといったことはわかっていたが、なにか、精神攻撃的な効果も伴っているのだろうか。
こわ、私、殿下に惚れさせられそうだったわ。柄にもなく、ドキドキしてしまったもの。
気を取り直し、料理人に、タウンハウスから人が来たら、王家の人と一緒に客間で話を聞くよう伝言を依頼し、リタに付き添ってもらって客間に戻る。
イヴァン殿下とトノリ・タハロフの様子を尋ねると、ピョートル殿下は苦笑して言った。
「彼らも、私の仕事を増やしています。
二人が帰還したことは王にのみ伝え、秘密の場所で信頼できる者だけに世話をさせています。
イヴァンは、精神攻撃の影響か、まだ眠ったままです。
トノリ・タハロフからは話を聞くことができました。
イヴァンが武術大会で無断使用したアーティファクトについて、王宮の地下ダンジョンでドロップするという情報を得て、イヴァンとトノリ、あと雇われ冒険者1名でアーティファクトを獲りに行ったが、3階層で雇われ冒険者が突然行方不明になり、残された二人の実力ではどうにもならなくなって、トノリが暴走したようです。
イヴァンが王宮の宝物庫からアーティファクトを盗み出して、武術大会で使ってしまったことは御存じですね。そのアーティファクトのうち、「スキル効果絶対無効の腕輪」は使用回数が定まっていました。
エネルギー充填タイプのアーティファクトであれば、魔術師がエネルギーを充填する間に紛争がなければまだどうにかなりますが、使い切りタイプは使ってしまえばそれまでです。
このため、イヴァンは厳しい処分を受ける必要がありました。
ただ、イヴァンは貴族派の家から出た王妃の子であり、イヴァンを次期王として担ぎたいと思っている勢力がありました。
その勢力が子どものいたずらじゃないかとイヴァンの処分に反対しており、王はその勢力を抑え込めていません。このため、イヴァンへの処分を決めるために、一時謹慎させていたのです。
イヴァンは、アーティファクトさえ取り返せば叱られずに済むと考えていたようです。
ですが、厳しい処分をしなくてはならない理由は、アーティファクトが使えなくなったからではありません。
アーティファクトは、紛争のようないざという時のために保管されており、それをつまらないいざこざに使ってしまえば、いざという時に使えない可能性があります。口でどのように言いつくろおうとも、国を守るという危機感がないと判断せざるを得ません。
後日、同じアーティファクトを入手しても、その瑕疵が治癒されるものではありません。
新しいアーティファクトを入手するまでに、どうしても、アーティファクトを使えない期間がある以上、国を危険にさらしたことに変わりはないからです」
「おっしゃる通りですわね。
でも、私、ピョートル殿下が立太子されるものだとばかり思っていましたわ」
「王は、『来年、立太子の儀式を行う』としか言っていません。誰を指名するとも言っていない。そもそも、現在の王には、誰かを指名する権限がありません。彼は、私に儀式の準備をしなさいと言っただけです。
私は、スキルの関係から、王太子となるべき人のスペアにすぎません」
「ピョートル殿下のご尽力でアルテリア王国は采配されていると伺っておりますわ。
しかも、学園で後進の育成まで心を配っていたのでしょう?
スキルなんて関係ありません、殿下ほど、王太子にふさわしい人はいませんわ」
私は、驚いて少し早口で言った。
「……あなたが、それをおっしゃってくださるとは」
殿下は、そう小声で言うと私を見つめた。
私は何か言わなくてはいけないような気がしたが、その時、客間の扉がノックされた。
入室を許すと、タウンハウスの執事オルキサンドルとオルローから来た使者が入ってきた。伝言を聞く。
「25日、サハロフ伯爵が遺体を確認し、侵入者がボリス・サハロフであったことが判明しました。サハロフ伯爵は、今後、遺体とともに王都に戻るそうです。
オルロー公爵は、急な御旅程のお疲れもあり、28日に王都に出発されるご予定です。
私がオルロー領を立った26日現在、ドラゴン2匹はいずこかへ飛び立ったままで、目撃情報はありません。
ただ、ドラゴンの襲来に対し、警戒態勢はつづけています」
「ありがとう、とても急いできてくれたのね。
食堂に軽食を用意しているわ。コテージの空き部屋に宿泊の用意をさせたわ。ゆっくり休みなさい」
私が使者をねぎらい、使者は退出した。
殿下は、オルキサンドルと業務的なやり取りをすると、お帰りになった。
私が寝室に行くと、リタがマッサージをしてくれた。使者は今日リタの部屋で寝るため、
リタは自分の部屋を片づけ、今日は、私と一緒に寝るのだ。
「お姉さま、お疲れさまでした」
「リタも、お勤めに出た初日からバタバタしちゃったわね。ありがとう。もう寝ましょう」
スビートは、もう、なんで人間はこんなに頑張っちゃうのかな、みんな馬鹿なのとぷんぷん怒りながら、癒しの力を使ってくれた。
ピョートル殿下の発言の意味が気になるけれど、もう夜遅いし、難しいことは明日考えましょう。
憂鬱な気持ちがなくなった瞬間に目の前にいた人のことは、素敵に思いますよね(;^_^A
一種のつり橋効果です。
ただ、ピョートル殿下は自分のスキルにそのような効果があることに気がついていません。
単に、アンドレ先生の「相手に惚れさせるには、まず、目を見つめることからよ♡」というアドバイスを実行しているだけです。
2022.11.06 リンゴタルト→アップルパイに変更しました。あとがきを変更しました。




