2 ピョートル殿下の覚悟
今回、いつもより長めです。
余は、オルロヴァ嬢の様子を見に保健室へ行った。オルロヴァ嬢はまだ眠っていた。
ぼんやりとベッドサイドの椅子に腰かけながら、彼女を誘惑すべき理由を考えていた。
現在、王家とオルロー家とは、王位承継をめぐり、ねじれた関係にある。すべては、スキルを与える神の気まぐれによるものだ。
スキルは、鍛錬、試練などの人の努力によって獲得されるものと、血によって獲得されるものがある。
後者については、例えば、【正義の女神の法具】スキルを授かったのは、今まで、アローラ公爵家の血を引く者だけだ。
おそらく、昔、アローラ公爵家のだれかにアリステリア神が加護を与え、子孫がその加護を引き継いでいるのだろう。
そして、王になる者は、「王」という言葉が入ったスキルを授かっていなくてはならないという国際社会の不文律がある。王家に王のスキルを授かった者がいない場合、そのスキルを持つ者と結婚するなどして、王の代理、代王となる。王のスキルは、神から努力を認められたか、王家の正統な血を引いている証であり、神に王権をふるうことを許された徴である。
だが、余のスキルには、「王」の文字が入っていない。父も、王妃のスキルも同じだ。だから、父は祖父の代理人だ。そして、試練をクリアした場合は別として、余は、これからも王のスキルを授かる可能性はない。
余が、スキル【光の先導師】を授かったことに気が付いたのは、三歳の時だ。
そのころは、母が弟を出産する直前で、王宮内は幸せな雰囲気に満ち溢れていた。
弟か妹が生まれたら余は兄となる、弟と一緒に遊んでやろう、妹が泣いたらどうしよう、と余は想像にふけり、その話を聞いてもらおうと一人でコテージに行った。余は侍従に気付かれないよう抜け出すのがうまいのだ。
当時、コテージにはヤロスラフ・オルローが住んでいた。
彼は、オルロー公爵の一子で、アルテリア学園の教師だった。オルロヴァ嬢の父上にあたる人だ。彼と歳は離れていたが、彼は幼い余に親しみやすく接してくれたため、余は彼が大好きだった。
コテージに行くと、ヤロスラフはちょうど荷造りを指揮しているところだった。
当時、まだ壮年だったオルロー公爵がお見えで、彼は庭のベンチに座って何事か考え込んでいた。
「スラーヴシュカ、どうしたの?」余が聞くと、ヤロスラフは少し困った顔で答えた。
「ああ、ペトルーシュカ、ちょうど連絡しようと思っていたところだった。僕は、仕事を辞めて領地に戻ることになったよ」
余と彼は愛称で呼び合う仲だった。余は意味がよくわからず聞き返した。
「どういうこと?もう会えないの」
「もう、王都に来ることはないと思う。ごめんね。いい子にしていてね」
「嫌だ」
余が泣き出すと、ヤロスラフは黙ったまま余の頭をなでた。
その手が触れた時、余はひらめいた。
「【王の器】?」
ヤロスラフは、明らかに狼狽しながら手を引っ込めた。
いつの間にか近くに来ていたオルロー公爵が、かがみこんで余の手をとり言った。
「そのことは秘密にしてくれるかい?」
余は、またひらめいた。
「【光の先導師】」
「そう、それが私のスキルだ。そして、君のスキルも同じだ。私たちはおそろいだね」
余はオルロー公爵とつないだ手と反対の手で自分の体を触り、それが真実だと知った。
「おそろい、すごい」
「そうだね、すごい。けれど、このことは誰にも言ってはいけないよ」
「どうして?」
「ああ、説明が難しいな。ピョートル殿下、おじさんの子供になるかい?」
「やだ。ママが好き」
「なら、黙っていないとだめだよ」
「ペトルーシュカ、お願いだ。僕のスキルのことも、君が授かったスキルで何ができるかも秘密だ」
ヤロスラフが真剣な目をしていたので、余はうなずいた。
成長するうちに様々なことがわかるようになった。
【光の導き】というスキルがある。光属性で物理攻撃系、スキル効果は相手の弱点を閃くため、弱点を突いた攻撃ができ、多くのダメージを与えることができるというものだ。また道に迷った時や、敵に囲まれた際に、正しい道を指し示す光を感じることができるし、相手に触れた状態でスキルを使うと、闇攻撃のダメージや後遺症を軽減することができる。光属性の珍しいスキルだ。軍で重用される。
また、同じく光属性のスキルに【星の導師】というものがある。相手に触れるとスキル名とスキル効果を知ることができるスキルだ。神官や教師になった者が追加スキルとして授かることが多い。こちらはもっと珍しい。
余の【光の先導師】スキルは、これらのスキルを合わせた効果を持っている。のみならず、相手が現在有しているスキルだけではなく、将来取得する可能性があるスキルとスキル効果も知ることができる。
このスキルは、オルロー家の始祖から代々受け継がれているスキルであり、オルロー家の始祖が兄である創設王を王のスキルを授かるように導いたと言われている。
創設王は、このことに恩義を感じ、オルロー家は王家と別れて久しいが、王位継承権を有している。
そして、父の代には王のスキル持ちがいなかった。
王のスキル持ちの祖父が、体の調子を崩したこともあり、そのころから父は王の代理人として王権をふるい始めていた。
そのような状況で、王位承継権を持つヤロスラフ・オルローが、【王の器】というスキルを授かったのだから、神は、オルロー家にアルテリア王国の王権を移そうとしたと考えられる。だが、ヤロスラフは、自らが王になることで争いが起きることを恐れたのだろう。王になることを望まなかった。
彼は、オルロー領に戻り、それ以降、王都に来たことはない。公爵位を継がず、結婚してオルロヴァ嬢を授かり、領地全体を治める総代官として働いているようだ。彼の手腕なのか、【王の器】スキルのためなのか、近年のオルロー領は一層栄えている。
一方、弟は、生まれながらにして【賢王】のスキルを授かる可能性があった。
弟の誕生のお披露目で、余が弟にスキルを使い驚いている横で、お祝いに来たオルロー公爵が弟を抱き、この子は素晴らしいとほめそやした。
弟は、レフと名付けられた。獅子を意味する名前だ。この名前が意味することは、わかるものにはわかる。
だからこそ、弟は、王権を狙う者の毒牙にかかり、幼くして亡くなったのだろう。
そして、余は、【聖なる王】のスキルを授かる可能性を求めて試練を受けるためアルテリア学園で教師をする傍ら、試練に失敗した場合に備えてオルロヴァ嬢を誘惑しようとしていた。
彼女のスキル【公爵令嬢のお願い】は、スキル名に地位が入っている。このため、彼女が女王になれば【女王のお願い】に、王妃でも【王妃のお願い】にスキル名が変わる。
余は、彼女の代理人として王権をふるえるというわけだ。
「すべてスキル、スキル、スキルだ。もう、こんなものに振り回されるのはまっぴらだ」
余は毒づいたが、そうなるとオルロヴァ嬢を誘惑する大義名分がなくなるな、と気が付いた。もう、すっかり、彼女に惹かれているというのに。
余は、ベッドでいとけなく眠っている彼女の頬に触れると念のため、ともう一度スキルを使った。
このまま、手を離したくない、いや、もっと触れたい。
余は、愚図愚図と手を彼女の頬に置いたままにしていたが、ようやく決意して、手を横にそらすと、オルロヴァ嬢の髪を一筋掬い、口づけた。
アンドレに一声かけて出ようとすると、机に向かって書類を作成していたアンドレが振り向いて言った。
「あら、もういいの」
「もうとはなんだ、もう、とは」
「お邪魔かと思って」
「邪魔は邪魔だな」
「あら、認めるのね。生徒に手を出すなんて、あなたは一番嫌がるタイプだと思っていたわ」
「もう私は教師じゃないし、彼女もあと1か月もすれば生徒じゃなくなる」
「強弁するのね」
「ああ、……覚悟が決まったんだ」
「もう私とはお別れかしら」
「どこかで会うこともあるだろう。そうしたら、また酒でも飲もう」
そこで、余は、思いついて、懐からピョートルの頭文字と王家の紋章を刺しゅうしたハンカチを取り出した。
「うまい酒を飲みたくなったら、王宮に来て、このハンカチを示してくれ。
レオニードの知り合いだと言えば、連絡がつくようにしておく」
アンドレは少し目をみはった。
「孤児の私なんかが会いに行っていいのかしら」
「楽しみにしている」
「そう、じゃあ、うんといいお酒を飲ませてちょうだい」
アンドレは私と握手をしながら、ついでにスキル【水の癒し】を使ってくれた。
体の穢れが洗い流されるようで心地いい。
私は眠るスビート様入りのリュックをコテージに届けると、王宮へ戻った。
よく晴れた日で、空が青かった。




