余1 ピョートル殿下の憂鬱1
最近、トラブル続きで胃が痛い。
今年、アルテリア学園では、月2回のイベントのたびにトラブルが起こった。
余は生徒会担当教員として毎回トラブル対処にあたった。
トラブルの原因は不明であるが、トラブルが起きた際、いつも、ツチャビッチ・ミトロヒナなる男爵令嬢がいた。
生徒会役員に同女をマークさせたところ、毎回、奇妙な行動があり、なぜか三人の男子生徒それぞれの歓心を買ったらしいが、この男爵令嬢自体がトラブルの原因だという確証は得られなかった。
この三人の男子生徒のうちの一人が、我が愚弟、イヴァンである。
ミトロヒナ嬢に愚弟が入れあげて学園内でイチャついたため、生徒や父兄から学園の風紀が乱れているという苦情が相次いだ。
こういったつまらないことが続くと、余の胃はしくしくと痛み、ついに余は胃薬を手放せなくなった。
直近のイベントである武術大会では、ついに愚弟イヴァンが国宝の魔道具を勝手に使い、生徒二人が重傷を負う事態となった。
さすがにイヴァンと、イヴァンとパーティを組んでいたボリスは謹慎処分になったが、二人は謹慎を命じられた日に寮から行方をくらました。取り巻きのトノリと、ミトロヒナ嬢も一緒だ。
イヴァンの生母である王妃殿下はヒステリーを起こし、毎日侍女を怒鳴りつけている。王宮の侍女の辞職が相次いでいる。
胃が痛い。余は胃薬の瓶を次々と空にした。
愚弟が人目をはばからずに女を侍らせているという噂に我慢ならなくなったようで、オルロー家から婚約解消の申し出があった。
とはいえ、オルロー家の事情を考えると、次代の当主として婿入りできるのは愚弟しかいないだろうとたかをくくっていたところ、公爵はあっさりと状況をひっくり返した。ディアス帝国の属国の王子と見合いをさせたのだ。
オルロー領にディアス帝国の影響が濃くなるのは困る。
イヴァンが不祥事を起こしたこともあり、やむを得ず、婚約の解消に合意するとともに、オルロヴァ公爵令嬢を次代オルロー家の当主とすることで国外からの婿入りを防ぐため、女性を当主とすることができるように法を改正せざるを得なかった。
それはまあいい。貴族たち、とくに守旧派への根回しは大変だったが、有能な女子生徒が能力にふさわしい待遇を受けることができるようになると思うとがんばれた。
だが、父がオルロー家対策として、余に「オルロヴァ嬢を誘惑し、王太子になれ」と命じた。彼女を王妃にすれば、ディアスの影響も落ちると思ったのだろう。
やめてほしい。5歳も年下でしかも生徒である。しかも余は仕事ばかりで女性と交際したことはなく、どうやれば誘惑できるのかわからない。
幸い、王子という身分と整った見た目、そしてスキルのおかげで寄ってくる女性はたくさんいるが、自分から行ったことがないのだ。
だが、ある事情から、余は彼女を誘惑することとした。
もちろん、教師という立場をふりかざして口説くわけにはいかないため、ちゃんと単位を与え、彼女の卒業論文は正当に評価することは伝えたし、最優秀生徒にならなくても彼女の道があることを伝えた。
これなら、卒業間近だし、ギリギリセーフなのではないだろうか。
ああ、胃が痛い。特注の胃薬をがぶ飲みしたが、胃の痛みが消えない。
このときは、見かねた同僚のアンドレがスキルで癒してくれた。
ただでさえ、胃が痛いのに、さらに最悪の事態が起こった。
オルロー領でドラゴンのなわばりに侵入し、ドラゴン笛を吹いて挑発している者がいるというのだ。幸い、ドラゴンは相手にしていなかったようだが、気まぐれなドラゴンがいつ侵入者を襲撃し、それだけならまだしも暴れ始めれば、アルテリア王国全体の危機である。
即座に、第二方面軍にオルロー領を支援するよう命じたが、ドラゴン退治など、死にに行くようなものだと抗議された。
軍人が命を賭して国を守らなくてどうすると思うのだが、第二方面軍に仕官していた貴族たちは退職したり、逃亡したりした。
胃が痛い。地獄とはこのようなものか。休職しているため、アンドレもいない。
だが、2日前の深夜、オルロヴァ嬢からオルロー領で起こっていたことを聞いた時、今まで最悪の地獄と思っていたことが、実は地獄の一丁目に過ぎなかったと知った。
ドラゴンのなわばりの侵入者がボリスだというのだ。
ボリス・サハロフは、オルロー領にドラゴンによる災厄を引き起こすつもりだったのだろうか。子供のいたずらにしては悪質すぎる。
そして、侵入者は二人いたという。我が愚弟イヴァンはボリスと一緒に行方不明になった。
王家の失態だ。
オルロー家がアルテリア王国から離反しても文句を言えないだろう。
それもこれも、王たる資格がない余と父とがこのアルテリア王国の王権をふるっているためではないだろうかと思うと、不安が生じた。
正直、胃が痛いなどというレベルではない。国家の存亡の危機である。食事ものどを通らない。
そんな中、余のなぐさめとなったのは、皮肉にもオルロヴァ嬢であった。
彼女にオルロー家の動向を聞きに行った時の印象は、手ごわい女だな、おもしろいなというものであった。
故郷がなくなるかもしれないという非常事態にありながら、常に冷静沈着である。
だが、彼女とたわいもない話をしていると、落ち着く。
そして、余の体を気遣ってくれたようで、胃に優しい軽食を用意してくれ、ちゃんと食べてくださいねと、ささやかな願いを述べた。余が願いをかなえると、少し恥ずかしそうに微笑む姿は、可憐である。
そういえば、これまでも、彼女は、イベントで問題が起きた際、時々、自分の侍従を派遣してトラブルを解決してくれたし、愚弟の素行で苦情が来た時も婚約者だった彼女があまり騒がなかったため、なんとなく治まっていたのだ。
しかも、どういった手段かは不明だが、王家の秘密についても知っているようだ。
ならば、私が彼女を求めている事情も含め、私との結婚を検討してくれているということだろう。
もしかすると、余は、非常な幸運をつかむチャンスを目の前にしているのかもしれない。
余は王家の影に彼女の動向を報告させていたところ、彼女が2、3日部屋にこもると言って食料をリュックに詰め込んでいるという情報を得た。
オルロヴァ嬢は、申請なしに王宮外に出ることはできない。
生徒会長が言っていた王宮ダンジョンに彼女が興味を持っているという話とつながった。
王妃となるために王家の試練を受けるということだろうか。
どこまで知っているのか。思いは乱れた。
早朝、王宮ダンジョンの前で待っていると、正解だった。
余はほくそ笑み、鍵を見せながら、同行を求めた。教師権限の濫用かもしれないが、このぐらいは許されるだろう、多分。
ダンジョンの中に入ると、彼女は、既にダンジョンの深層部に進むための第一の試練を終えていたようだった。
いきなり、最深部に到達し、聖獣ザラトーリェーフに会った。
余は、試練の問いにすらたどり着けていなかったというのに、すばらしい。
それから、闇の結界に対応する際のお願いの態をとった指示も的確だった。
余は、彼女の指示に従い、安心して対応することができた。
だが、余は彼女を強い女と思いすぎていたようだ。
闇の結界への対処を続けて約1日、彼女は倒れた。




