1 出発ですわ
暗く、暖かく、穏やかな場所で、私は満ち足りていた。
ダイが横にいるのが気配でわかる。お茶を用意してくれているみたいだ。
ミルクを入れてほしい気分ね、いつもダイは、こちらの気分を察して、飲みたいお茶を用意してくれる。そういう侍従スキルがあるのかしら。
ダイはお茶のカップを私の頬に押し当てた。冷たい。びっくりしていると、なぜかダイが私の顔をぺろぺろなめ始めた。
「ちょっと、どうしたの!」
私が聞くと、少しご機嫌斜めの声が聞こえた。
「ライラ、僕と一緒に光の通路に行くって約束したでしょ?」
目を開けると、早朝、まだ暗い時間で、スビートが私の布団の上に載り、手で顔を押しながら顔をなめていた。
「ごめん、すぐ支度するわ」
私は、急いで学園指定の体操服に着替え、昨日、マリに頼んで用意してもらったパンをかじると、スビートをリュックに入れ、王宮ダンジョンがある学園の中庭に向かった。
どうして中世ヨーロッパの学園で体操着にジャージを指定しているのかしら。もう少しかわいい服でもいいのに。アル戦のゲーム開発者の想像力に文句を言いたいわ。
中庭にピョートル殿下がいらっしゃった。いや、今日の格好は、レオニード先生のものだ。
「おはよう。今日は早いですね」
「先生、おはようございます。先生こそ、どうなさいましたか」
「今から、王宮の地下ダンジョンに行く予定がありまして。よろしかったらご一緒しませんか」
え、どういうことかしら。こちらの行動が読まれるようなことあったかしら。
レオニード先生はこちらの戸惑いに気が付いたようで、説明してくださった。
「王宮の地下ダンジョンについて調べていたでしょう。
ですから、私は、あなたが試練に挑戦するつもりだろうということは知っています。
あと、出かける用意をしていると小耳にはさんだので、今朝、チャレンジするつもりだろうと思ったのです」
確かに、生徒会長に質問したわ。そこから話が伝わったのかしら。
しかし、試練、って何かしらね?
「試練、でございますか?」
「ええ、とぼけるのがお上手ですね。王位承継の準備をされるのでしょう?」
「すいませんが、よくわかりません。急いでいますので」
「私もご一緒させていただいてよろしいですか?なお、これがダンジョンの前の扉の鍵です」
レオニード先生はにこやかにほほえみながら、古めかしい真鍮の鍵を見せてくださった。
それ、「いいえ」を選択すると、鍵を渡してもらえなくて、「はい」と答えるまで何回も質問を繰り返されるやつですよね。
まあいいわ。
ゲーム通りなら、レオニード先生ことピョートル殿下は物理攻撃系のスキル持ちだったはず。支援系の私たちだけでは心細かったのだ。
「ちょっと待ってくださいね」
私は、リュックのポケットから出した時計を確認するふりをしながら、日本語でスビートに《いいわね?》と言った。
微かにごろごろとのどを鳴らす声が聞こえたので、スビートも了解だろう。
「時間がありません。ご一緒していただけますか」
「ありがとう、そうおっしゃっていただけると思っていました」
レオニード先生は、腹黒さを全く感じさせないさわやかな笑顔で言うと、さっさとダンジョンの入り口前にある小屋の扉を開いた。
おそらく、生徒が間違って入り込まないように学園が小屋を作って管理しているのだろう。
ダンジョンに入り、まっすぐ中央にある部屋目指して進む。
先生は笑顔を崩さずに後をついてくる。
「目くらましの指輪をとってもいいですか」
「ええ、別にかまいません。殿下のお心のままに」
「ふふ、こちらのほうが、あなたを誘惑できるかなと思ったのですが、そうでもないようですね」
レオニード先生は、指輪を外し、キラキラオーラをまとったピョートル殿下になった。
「プロポーズが政略目的なことは十分理解しておりますわ。馬鹿なことおっしゃらないでくださいな。
そういえば、第二方面兵団は結局オルロー領に向かいましたか」と私は話を変えた。
ピョートル殿下は、少し驚いた顔をしたが、すぐおっしゃった。
「いえ、ご連絡いただいた第三報の内容がありましたので、一応先遣隊だけ送りました。
あと、近衛隊長のサハロフ伯爵と夫人が、本人確認のために向かいました。
お二人は、明日、オルロー城に到着予定と聞いています」
「まあ、ご不安でしょうね」
昨日の王妃様の様子を思い出し、やはり子供が死んだと聞くのは辛いだろうと思って言う。
「そうですね。ただ、ドラゴンのなわばりに自分から入ったのであれば、死んでも文句は言えませんし、むしろドラゴンを刺激してしまい、周りに迷惑をかけていたらと考えると、あまりに軽率な行動です」
「サハロフ伯爵は、ご存じないご様子でしたか?」
「ええ、とても驚いていました。
誤解の内容に申し上げますが、少なくとも、私が知る範囲では、王家にはオルロー家を害しようという気持ちは欠片もありません。そこは、私を信じてほしい」
ピョートル殿下は、キラキラオーラを全開にして、私の手を取ると、目を見つめてきた。
不覚にも、少しどきどきする。
「あ、あの、着きましたわよ」
目をそらしながら、ちょうど、ダンジョン中央の部屋に着いたので、手を払って進む。
部屋に入ると、まぶしい光に包まれた。
ライラがどこかにお出かけしようとしていることを王宮に報告したのは、マリです。
珍しく、影の仕事をばっちりこなしました。




