余 Aのゲーム攻略
ツチャビッチ・ミトロヒナはあせっていた。
いや、ツチャビッチ・ミトロヒナの中にいる何者かはあせっていた。
彼を仮にAと呼ぼう。
Aは、ゲーム攻略ブログの作者で、アル戦のいわゆる逆ハーレムルートを最初にブログに書いた人物として、知っている人には知られているゲーマーだった。
アル戦では、学園パートでキャラクターを攻略することでパーティに誘えるようになるが、時間的制約があるため、攻略できる人数が限られている。
しかも、卒業式でエンディングを迎えることができるキャラクターは恋愛エンドなら1体だけだ。友情エンドならこの制約はないけれど、イワン王子、ボリス・サハロフ、トノリ・タハロフは恋愛エンドしかない。
なら、卒業式手前で学園パートを進めるのを止め、複数のSSRキャラクターの恋愛フラグが立った状態でミッションをサクサク進めればいい、というのがAの攻略法だった。
ゲーム配信の初期段階では、有効な方法として有名になった。
だが、スタジアム機能実装後、逆ハーレムルートで育成したキャラクターが弱いとわかった。逆ハーレムルートは人気がなくなった。
Aは、逆ハーレムルートを否定するプレイヤーを見つけるたび、誹謗中傷だ、発信者情報開示請求をするぞとブログに書いてからむようになった。
Aが特にライバル視していたプレイヤーは、『ダイ007』だ。
10年ほど前、Aはアル戦のゲームの世界に転移し、自分が使っていたアバターそっくりな幼女の体になった。
Aは、こちらの世界の文字を学び、10か月前にアルテリア王立学園に編入してからは、恋愛エンドしかないSSRキャラクター3体の好感度を上げ、逆ハーレムルートでミッションを攻略できることを証明してみせると意気込んでいた。
最初はうまくいった。
各キャラクターの好感度を上げる課金装備に似た衣装を用意し、各キャラクターのストーリーに沿って攻略を進めていく。
Aは、イワン王子、ボリス・サハロフ、トノリ・タハロフの3人からそれぞれ告白された。
Aは、自分を男だと思っていたし、自分が男と付き合うなんて考えるだけでもぞっとしたが、ゲーム攻略の一環としてかわいい女の子を演じ続けた。
周りの女子からの評判は最悪だったし、自分の養母が娼婦だと噂されたし、攻略のためには授業を受けている暇はなかったから成績も悪かったし、ついでにミッションをこなす暇もなくあまりレベルも上がらなかったけれど、どれも気にしなかった。
実は、Aは聖なるスキルを取得しておらず、そのかわり【魅了】スキルを取得していた。
【魅了】スキルは、闇属性、支援タイプの精神攻撃系のスキルで、自分が指定した者(最大5名)に対して自分に魅力があると感じさせる効果がある。
だから、ライラ・オルロヴァ公爵令嬢がいじめてこなくても、魅了スキルの効果でどんどん好感度は上がっていった。
何かうまくいかないなと思い始めたのは、7月ごろだ。
攻略対象の3名はそれぞれ強い攻撃スキルを持っていたが連携ができる性格ではない上、全員レベルが低いため、もともとのステータスは高いが、パーティの戦闘能力が低かったのだ。
Aは、自分は戦闘向きのスキルではないため、剣の練習時間を増やすとともに、とりあえず誰かの告白を断って攻略を止め、聖獣ザラトーリェーフをパーティに入れようと、聖獣ザラトーリェーフがいるはずの中庭を探し回った。
だが、聖獣は見つからなかった。
10月1日のイベントでは、カボチャの魔物討伐にパーティで挑んだが、大失敗をしてしまった。
それまでは、王族とその取り巻きだから、強い人たちだからとなんとなく許されていたAの行動に対して、あからさまに嫌な顔をする人たちも現れ、イワン王子が気にし始めた。
ボリスは自信を無くし、トノリは精神的に不安定になってたびたび闇魔法を暴走させた。
Aは思い出していた。
最初の失敗は、10年前、転移の時だ。あの時、聖なるスキルを授からなかったのが問題だったのだ。
10年前の夜、運転中に眠気に襲われ、脇道にそれて眠り、目が覚めると森の中にポツンと苔むして動かない自動車があるだけで、道路の前後は草や木が生い茂っていた。
しかも、幼女の体になっている。
文字通り、前にも後ろにも行けない状態で立ち尽くしていた時、遠くに白いドラゴンが見えた。
Aは、その白いドラゴンに見覚えがあった。
アル戦のチュートリアルの最後に登場する最強な敵で、かかっていっても必ず負ける、いわゆる負けゲーの相手だ。
ゲームのストーリーでは、自分の後ろにある道に沿って逃げることを選択するとムービーが始まり、主人公は村にたどり着いてドラゴンの接近を告げ、騎士団や自営団が戦う。
チュートリアルで仲良くなった子供に危害が及んだことで、主人公が聖なるスキルに目覚めてドラゴンを倒すことに成功する。
だから、Aは、自分の後ろにけもの道があることを確認すると、わざと大きな音を立てて走り始めた。ねらいどおり、ドラゴンはAの後をついてきた。
村にたどり着くと、自警団とドラゴンの激しい戦いが始まる。
Aは、近くにいた幼女に『パパの様子を見に行こう』と誘って連れ出し、ドラゴンに幼女を攻撃させた。そこで聖なるスキルを取得するはずだったのだ。
しかし、ドラゴンが幼女を攻撃しようとした時、幼女の母親が飛び出してきてかばった。
ゲームのストーリーどおりなら、聖なるスキル持ちのAは、領主の養女になるはずだった。
だが、当然そんな話は出ず、Aは娘をなくしたという女に養ってもらうことになった。
養母はAを連れてダウリポリに行き、酒場のウェイトレスになった。
客の夜の相手もしているようだったが、Aは知らないふりをした。
だって、減るもんじゃないし、第一、今の俺の体は、清純な少女だからそんなことに気が付くはずがない、とAは思っていた。
あと、Aは言語チートのおかげで言葉はなんなく喋れたけれど、文字を学ぶのは苦労した。
こちらの文字は、表音文字で、自動翻訳されてすべて日本語に聞こえると、発音が分からないため、文字習得の難易度が上がる。
Aは、この問題をゲームツールを使って解決した。
プレイヤー画面を呼び出し、ワールドチャットを開き、音声入力すると、こちらの世界の文字で表示される。その後、読み上げ機能を使えば、こちらの言葉の発音がわかる。
そんな感じで文字を学ぶうち、ゲームの強制力がいい仕事をし、養母はミトロフ男爵の後妻になり、Aは9年生からアルテリア王立学園に編入できることになった。
だが、本当はあの時、聖なるスキルを取得するべきだった、というのが、Aの結論だった。
だから、Aは、幼馴染の男を魅了してエンシェントドラゴンを探させ、そのなわばりに連れて行ってもらった。
ボディガードのボリスも一緒だ。ボリスには、『剣聖になれなかったのは残念だけど、ドラゴンスレイヤーになればいい、あなたならきっとなれる』と言えば黙ってついてきた。
その後、エンシェントドラゴンを探すうち、暇なのか、ボリスはツチャビッチ・ミトロヒナの体に触ってくるので気持ち悪いけれど、減るもんじゃないし、しょうがないとあきらめた。
幼馴染には、イワン王子とトノリの対応を依頼している。
今度こそ、聖なるスキルを入手して、無事にこのゲームを攻略したい。
Aはあせっていた。




