3 受け継がれる覚悟
おじいさまは、被害者たちの派閥の長と会うため、お帰りになった。
さすが、仕事が早くていらっしゃる。
「ああ、疲れたわ」
ダイはお茶を用意しながら言った。
「おや、お嬢様でも公爵様のお相手は緊張されるのですか」
「おじいさま、今日は怒っていらしたから。でも、私が失敗したのだから、しょうがないわ」
おじいさまがお怒りになったのはもっともだと思う。
強い癒しを行うアイテムがあると知られてしまえば、多くの人から救ってほしいと求められるだろう。
だが、水星の杖を使える人は限られている。
そして、アンドレ先生の魔力は無限ではない。
確実に自分の命を守るために、水星の杖を奪い、アンドレ先生を囲い込もうとする人もいるだろう。
あと、スビートはもう【聖なる癒し】のスキルを取得していたそうだから、お願いすれば手伝ってくれるかもしれない。
でも、あの猫は、知らない人が苦手な上、面倒なことが嫌いでとにかくだらだらしたいようなので毎日知らない人相手に癒しの力を使わせるのはかわいそうだ。
なにより、スビートが誘拐され、監禁されたら、と思うと、とても嫌だ。ぞっとする。
生意気なところもあるけれど、とてもかわいい、大切な家族なのだ。
だから、強い癒しの力を使うことができることを知られてはいけなかった。
なのに、私は、大した考えもなく、目の前で人が死にかけていることに驚いて、自分の行動にどのような影響があるかを考えずに突き進んでしまった。
とても愚かだったと思う。
幸い、おじいさまがフォローに入ってくださった。
これから、いろいろと対処しなくてはならないだろうが、どうにかなりそうだ。
本当にありがたいことだと思う。
あと、オルロー家が受け継ぐ覚悟についての話は、とても重く受け止めた。
アルテリア王家が何らかの理由で滅んだ時には、オルロー家がアルテリア王国を存続させよという初代王の遺言に従い、オルロー家は王位承継権を与えられている。
だが、おじいさまのおっしゃったことからすれば、おそらく初代王の遺言の意味するところはそれだけではない。
辺境の公爵家が王位承継権を有していれば、王家を簒奪する企みをすることはたやすい。
特に、オルロー家には、国境警備や魔獣討伐のために私兵団を持つことが許されているのだから、簡単に兵を挙げることができるだろう。
初代王が、心から弟を信頼していたとしても、将来のことを考えれば、そのような強い力を残すべきではなかった。早めにオルロー家の力をそぐような仕組みを作るべきだった。
だが、初代王はそうしなかった。
歴代の王も初代王の遺言を守り、オルロー家を存続させている。
一見すると謎だ。
だが、むしろ、あえて、そういった危険な要素を残しているのだとは考えられないか。
《ねえ、ダイ、ハードモードのミッションでは、主人公のパーティは何を倒すことになるのかしら》
ダイは、鼻を鳴らして言った。
《そんなの、アルテリア王国が戦場になるのだからわかりきったことでしょう。
アルテリア王国の守旧派ですよ。
ノーマルモードで心強かったお助けキャラが中ボスになったりすることもあって、難易度爆上がりでした》
《そう、そうね。ありがとう》
《どうなさいましたか、いきなり》
《たいしたことではないわ》
やはり、そうなのではないか。
URキャラクターのいずれかが覚醒すれば、オルロー家は没落せず、かつミッションの難易度はハードモードになる。
ダイはストーリーをスキップしていたため、URキャラクターの覚醒条件はよくわからないことも多いが、主人公が、不敬罪に問われたり、第三王子に断罪されている悪役令嬢(つまり私)を助けたりと、王家の在り方に疑問が生じているようだ。
ハードモードでは、王家に問題があり、オルロー家がそれを正すために、現在の王家に何らかの介入をするのではないか。
そして、王家への介入こそ、初代王が遺言でオルロー家に託した権限であり、オルロー家が受け継いでいる覚悟なのではないか。
アルテリア王国は聖獣ザラトーリェーフの加護により国を創り、守っている。
ならば、聖獣の加護を失うような事態になれば、国が亡びるかもしれない。
王家の専横がまかりとおり、聖獣の加護を失うことがないよう、予防するための装置、それがオルロー家なのかもしれない。
単なる推測なので、本当かどうかはわからない。
ただ、このことは、軽々しく口にできる内容ではないし、例えダイが相手でも、オルロー家の者以外に話すべきではない。考えすぎかもしれないしね。
私は、とりあえず考えるのをやめた。
いつか、私がおじいさまに認めてもらえることができれば、教えてもらえるかもしれない。
「今回の失敗を次に活かすわ」
「そうですね、ぜひ、これをいい機会として温泉を整備していただきたいです」
え、そっち?
ダイは温泉にこだわるわね。でも、温泉に入りたいという気持ちはわかる。
「失敗しても、ただでは起きないって訳ね。
根性は認めるけど、ダイのプレゼンテーションはいまいちだったのではなくて?」
「そうでしたか?」
「ええ、ダイが温泉を愛しているのはわかるけれど、あれでは自分が温泉に入りたいだけだと思われてしまうわ。
もっと、温泉のメリットの説明が必要なのではないかしら」
自分の企画を通したい時は、「自分の愛を語るだけではダメ、相手にどういうメリットがあるかを伝えましょう」って、「職場の人間関係に疲れたら読む本」に書いてあったわ。
異世界転生の小説では、内政チートで観光業をやって成功したという話がよくあった。前世の私はそういう小説を楽しんでいた。
だが、自分が異世界転生してみると、お湯につかるどころか、水浴びすら一般的ではない文化で生活している人たちに、温泉のすばらしさを伝えることの難しさがよくわかる。
暖かいお湯に裸で身をゆだねるのは最高だが、その素晴らしさを味わうためには、まず裸になってもらわなくてはならない。
でも、今の生活に不自由を感じていない人に気持ちいいからと裸になるよう言っても、恥ずかしいと断る人がほとんどだと思う。
それを思うと、私が安易に人助けをして目立ってしまったことは大失敗だったが、温泉のすばらしさを広めるという意味ではいい機会だったかもしれない。
「温泉に入れば、奇跡の力で病気が治るかもしれない、と言われれば、恥ずかしいけれど温泉につかろうと思う人がいるかもしれないわね。
だから、またおじいさまにお話しできる機会があれば、今度は、温泉が体にいいとか、衛生を保つことが治療を助けるとか、そういう観点から説明してみましょう」
「わかりました」
「あと、気になるのは、温泉の質ね。
竜のおしっこって、におわないの?」
「めちゃくちゃ臭いです。
アンモニアだけじゃなく硫黄もたくさん入っていますからね」
「……却下!」
オルロー領で、温泉を掘り当てるところから始めなくてはいけないみたいね。




