3 スキルと運命
夕方、ケイトリン様が来てくださって、昨日の新聞を差し入れしてくださった。
「先ぶれもなく、いきなりでごめんくださいませ。
これ、昨日のインタビュー記事です。よかったら、今度感想を聞かせてくださいな」
ケイトリン様はそのまま帰ろうとされたので、慌ててお茶に誘った。
リタの給仕で、紅茶にジャムをたっぷり入れて、ケイトリン様にもお勧めする。
「寒かったからうれしいわ」
「こちらこそ、新聞をありがとうございます。
実は、昨日、リタがこの新聞を持ってきたから、もう拝見しておりますの。
私、恋愛のような華やかなお話は全くございませんとお伝えしたつもりですけど、なんだかこの記事だと、私、素敵な恋愛小説の主人公みたいですわね」
王妃様直伝の嫌味を言ってみる。
確かに、私の言ったことはそのまま書いてあるけれど、記事全体を見ると、なんだか、私がレオニード先生と恋愛関係にあるみたいに見えるわ。ちょっと抗議しておかなくては。
「ごめんなさい!
そんな風に感じちゃった?ほんとごめんなさい。周りの人のコメントがいけなかったのかしら。気にしないでほしいわ。
でもね、そんな早朝に、ライラ様が付き添いもなくお散歩中、たまたま御気分が悪くなって倒れて、そこに偶々レオニード先生がいらっしゃって助けた、っていうことはわかったのだけれど、ライラ様がお散歩をされていた理由や、レオニード先生が近くにいた理由は教えてくださらないのかしら?
もちろん、お立場上、言えないこともあるでしょうから、だめなら無理にとは申しませんわ」
やっぱり、そこ、気になりますわよね。
でも、王家の秘密が関係しているから、何も言えないわ。
「……お転婆で恥ずかしいわ。
私だって、気持ちがいい朝に、運動しようと思って散歩に出ることぐらいありますわよ。
使用人を起こすのはかわいそうでしょう?」
ごまかしてみた。
「ええ、そうね、おっしゃるとおりですわ。
私も、勉強するうちに行き詰って散歩に出ること、ありますもの」
「ケイトリン様でもそんなことがございますのね。
いつもあたりまえのように努力していらっしゃるから、ケイトリン様が行き詰っている様子が想像できないわ」
「ふふ、実は、今日も試験勉強に飽きて、ライラ様に新聞を届けることを口実に散歩中なの。
試験勉強の調子はどうかしら?最優秀を狙っていらっしゃるのでしょう?」
「最近は、リタと一緒に勉強しておりますの。最優秀のハードルが高いことは承知していますし、少し諦めていますわ」
「狙える位置にいるのでしょう、狙ってみたらいいと思います。
ご卒業されたら、領地にお戻りになるのかしら。
公爵位を継がれるにしても、最優秀生徒だったという経歴は、役に立つと思いますわ。
私たち、それぞれ家を継ぐかもしれませんが、まだ女だからと侮る方は多いと思いますの。使える武器は多いほうがいいわ」
ケイトリン様ははっきりとおっしゃった。
同じような立場にある私のことを気遣ってくださっているとわかる。
警戒していたけれど、少し、もやもやしていることを言ってみたくなった。
「ありがとうございます。卒業後どうするか、迷っていますの。
ずっと、王子妃に、そして将来はオルロー家の公爵夫人になるために努力してきましたが、婚約解消しましたでしょ?
実は、進路をレオニード先生に相談したことがありました。実家に戻って領地を治める手伝いをするにしても、王宮でお勤めして勉強したほうがいいのかしら、とか。
先生からは、学園の教師を勧めていただきました。
けれど、私、あまり人に教えるのに向いていないみたいだわ。」
「まあ、教師!ごめんなさいね、ちょっと意外だわ。
ライラ様は、すごく賢くていらっしゃるけど、……失礼でごめんなさい、頭が良すぎて、周りの方がつまずいている理由を理解できないでしょう?
マルガリータ様に勉強を教えていらっしゃるのでしたっけ。
マルガリータ様、ライラ様はどんな感じ?率直に言ってあげなさいな」
いきなり話を求められ、リタは真っ赤になって、おさげ髪をぶんぶん振っていたが、やがて恥ずかしそうに言った。
「確かに、ライラお姉さまのおっしゃることは難しくて、よくわからないことがあります。
でも、お姉さまが、詩を読み上げてくださった時、描かれた光景が目に見えるようで、一回でその詩を覚えてしまいました。
テキストを覚えてしまったので、試験対策はばっちりです!」
「ケイトリン様、リタ、率直にありがとう。確かに私、教師には向いていないみたいね」
「えーー、そんなことないです。
お姉さまが古代語の先生だったら、私、テキスト全部暗記しちゃいます。余裕です!」
「失礼を承知で申し上げますけれど、ライラ様はどちらかというと研究者タイプですわ。
レオニード先生は、ライラ様にスキル理論の研究を続けてほしくて教師の道をお勧めされたのかもしれませんわね。スキル理論の卒業論文が、素晴らしい出来だと噂ですもの。
私も、ちょうど、自分の将来に悩んでいたところでしたの」
「あら」少し驚いた。
ケイトリン様はアローラ公爵家を継いで司法卿になるのだと思っていたからだ。
「ほら、うちは、司法卿という地位に権威を付けるためだけに公爵扱いされているけれど、王家との血縁関係があるわけでもないし、領地もない宮廷貴族でしょう。
だから、子供は、成年になれば、働きに出たり、結婚したりと、さっさと家を出るのが普通ですの。
その中で、【正義の女神の法具】スキルを授かった子供が出れば、その子が後継者に指名されます。
私は、女でしたし、【大地の恵み】というバフ効果のスキルを授かっていたから、武門の家から縁談をいただいておりましたが、婚約解消しましたでしょ?
私、婚約解消後は、家を出て新聞社に勤めたいと思っていましたの。
学園の新聞部で、真実を報道して正義を実現する、大切な仕事を9年間続けて、一生をかけてこの仕事に取り組みたいと密かに考えてしまいました。
でも、我が家の伝統スキルを授かってしまった。
我が家は、公爵と言いつつ、司法卿として中立の立場を保つため、国政には関与できないし、そのくせ重要な法律の制定にあたっては、発言もできない会議にすべて立ち合って議論状況を聞き取り、その議論のファクトチェックをするためにスキルを使わされる。
つまらない立場ですわ」
「まあ、そうでしたの」
「スキル、スキル、スキル、確かに人間の力では実現できないことができてしまう便利な力だけれど、私たち人間は、スキルに振り回されてしまうのよね。
神が与えし運命、だと思うけれど、自分がなりたいようになれない、というのは、とても悔しいわ」
「前、アンドレ先生とスキルの話をしていた時、先生がこういうことをおっしゃっていたの。
人間が、神様からたくさん質問されて、その都度その都度、選択肢を選んだ結果、与えられるのがスキルだって。
だから、どんなスキルを授かるかは選べないけど、授かったスキルはその人が選び取ったものだって」
「……そうね。
私、武術大会で、イヴァン王子とボリス・サハロフが変なアイテムを使っていて、そのため対戦相手のニコラス様達が死にかけたと知った時、不当だと、そんな不正義があるのかと、激しい怒りを感じたの。
自分で言うのもなんだけど、普段は、あまり怒らないのよ。
ボリス・サハロフがこそこそ浮気していることに気が付いた時も、これで婚約を解消して家を出れば、新聞社に勤めることができる!とうれしかったぐらいだもの。
だけど、武術大会の時だけは、こんなことはおかしい、この事態を正すための力が欲しいと心から願ったわ。
反面、アイテムを使った強すぎる力を、平気で、自分たちよりも弱い対戦相手に行使するあのパーティに恐怖も感じていた。
だから、私は、前日、トニア様と徹底的に話し合ったの。
お互い、棄権したほうが賢いことはわかっていたわ。
でも、どうしても、私の中で、何かが、許せない、この不正義を正さなくてはならないと叫んでいた。
トーニャちゃんみたいに小さな子を危険な目にあわせるのはためらいもあったけれど、私は、自分一人だけで出てでも、棄権せずに、全力で戦って、彼らに一矢報いたかった。
彼女も、許せないと思っていたらしくて、一緒に戦いましょうと言ってくれた。
そして、武術大会の本番の朝、目覚めたら、【正義の女神の法具】スキルを授かっていたの。
言われてみれば、そうね。私がこのスキルを選んだのだわ」
「不当な力を倒すことを、願ったから、その力を授かった、ということかしら」
「ええ、アンドレ先生がおっしゃったことを聞いて、ようやく気が付いたわ。
このスキルも、私が選んだものだった」
ケイトリン様は泣いていた。
私は、内心あせりながら、ハンカチを差し出した。
リタが暖かいお茶を入れなおしてくれた。
「そろそろお暇しなくちゃ。ライラ様の試験の邪魔をしてしまうわ。ごめんなさいね。ごきげんよう」
ケイトリン様は帰った。
私は、ピョートル殿下が、自分のことをスキルの関係から、王太子となるべき人のスペアにすぎないとおっしゃっていたことを思い出していた。
私たちは、ゲームの強制力だけじゃなくて、授かったスキルにも、人生を左右されている。
ピョートル殿下がああおっしゃった理由は知らないけれど、彼があのような悲しい目をしているのは嫌だな、と少し思った。




