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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

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第406話 凛とヘッドハンティング6

 ラウンジの空気が、わずかに張りつめた。窓の外では昼の光が強まり、遠くの街並みが白く滲むように輝いている。

 その明るさとは対照的に、テーブルの上には静かな緊張が沈んでいた。


『君たちの覚悟を見せてほしい』


 言葉が落ちたあと、鷹宮はカップに手を伸ばし、コーヒーをひと口。その動作はゆったりとしていて、焦りも急かす気配も一切ない。

 だが――だからこそ、わかる。この場の主導権が、どこにあるのか。誰が“待つ側”で、誰が“応じる側”なのかを。


「覚悟、ですか」


 先に口を開く凛の声は、とても落ち着いている。だが――その奥にある意識は、研ぎ澄まされているようだった。


「そうです。君たちの会社が掲げている構想は壮大だ」


 鷹宮の声は変わらず穏やかで、だが確かな重みを帯びている。

 評価の言葉は、賛辞ではない。むしろ――その“規模”を理由に、次に来る言葉の重さを引き上げるための前置き。静かにしかし確実に、場は次の段階へと進みつつあった。


「太平洋上に浮かぶ人工島。夢としては立派だ。しかし夢だけでは、研究者は動かない」


 一つひとつ確かめるように、鷹宮はゆっくりと言葉を紡ぐ。穏やかな声音のまま――だがその奥にあるものは、明確に“線を引く意志”だった。

 視線が、わずかに鋭くなる。先ほどまでの観察ではなく、今は――見極めている。


「私は技術者であり、理想ではなく、現実を相手にしている」


 言い切る鷹宮には、そこに揺らぎはない。長年――現場の泥に足を取られながらも、積み上げてきた者だけが持つ確信。

 鷹宮は一瞬だけ、窓の外へと視線を向ける。白く光る街並みに、整えられた景色。だがすぐに視線は戻り、あそこに現実はないとでも言うように。


「政治。資金。利害関係。そういう泥の中で、研究は進む。そこまで理解した上で、君たちは私を誘っているのか?」


 鷹宮は静かな声だが、しかしその言葉は重く沈む。理想論では越えられない領域――その存在を、容赦なく突きつけてくる。

 沈黙が落ちた。ラウンジのざわめきが、遠くに感じられる。空気が張り詰め、逃げ場のない問いだけが、その場に残る感覚だ。

 それでも隣を見れば、凛は変わらない。表情は穏やかで呼吸も乱れはなく、むしろその問いが来ることを、最初から織り込んでいたかのようだった。


「はい」


 凛は言葉を重ねることなく、短く迷いのない返事。それだけで十分だとわかっているのか、引かず崩れず――わずかに微笑む。


「これが当社の資金計画です」


 凛はタブレットを操作し、資料を表示させる。次に無駄のない動きで、テーブルの中央へと滑らせた。

 二人にとって、最も見やすい位置。鷹宮の変化は小さくとも、わずかに眉が動く。視線が資料へと落ち、左右へと静かに動き始める。一行一行を、確かめるように。粗を探すのではなく、“成立するか”を測る目。

 再び、場に沈黙が満ちる。今この場で問われているのは、覚悟ではない。現実に耐えうるかどうか、その一点だ。



 ***



「十年間の投資枠。政府系ファンドと民間資本。総額、八千億」


 凛は指先で数字を示すと、その瞬間に空気がわずかに揺れた。

 隣で、小さく息を呑む。初期費用、運用費どの観点から見ても、十分すぎる資金。


「それから研究拠点。完全独立型の研究区画を用意します」


 凛はタブレットを指でなぞり、表示されたのは巨大施設の設計図。

 ただ図面を見つめる鷹宮は、何も言わない。内部構造、運用導線、拡張性すべてを、同時に読み解くような目だった。


「研究内容も、最低限。基本的には、口出しをしません」


 凛の声は変わらないが、その言葉の意味は重い。

 制限を設けないということは、同時に責任も委ねるということ。自由と引き換えに、結果を求める覚悟の提示でもある。


「チームも、そのまま連れてきてください!!」


 間を置かず、言葉を重ねる。

 感情が乗るだが、それは衝動ではない。凛の提示した“環境”に対して、さらに踏み込む一手。人ごと引き抜く――それは、覚悟の具体化だった。


「必要な人材も設備も、全部揃えます!!」


 視線を逸らさず、真正面からぶつける。

 用意できるものは、すべて差し出すという意思表示。逃げ道は残さず、言葉にも逃げはない。


「その代わり——本気で世界を変えに来てください!!」


 一拍を置いて本気の発言は、言葉の重さをさらに沈めた。

 ラウンジの音楽が、遠くで静かに流れている。だがその旋律さえ、この場には届いていないかのようだった。


「……フフ。なるほど」


 鷹宮は小さく笑い、だがそれは軽さではない。提示されたすべてを受け止めた上で、なお姿勢を崩さない者のものだった。

 コーヒーカップを持ち上げ、一口。ゆっくりと味わうように含み、静かにカップを戻す。その一連の動作に、無駄はない。


「資金。研究環境。人材。条件は、確かに整っている」


 鷹宮は順に視線を向け、言葉は淡々としている。だが、それが“評価”であることは明らかだった。

 否定ではなく、確かに届いている。そして鷹宮の口元が、わずかに上がった。


「だが、一つ確認したい」


 鷹宮の発言で、空気がわずかに引き締まる。

 それまでの流れが、そこで一度区切られたように感じられた。ここから先は、別の領域だと告げるように。


「何ですか?」


 声は抑えつつも、身構えながら問い返す。

 予感があった。技術でも、資金でもない――別の何かが来ると。


「その計画を、本当に背負えるのか?」


 鷹宮はゆっくりとした声で、静かに言った。強さを誇示するでもなく、圧をかけるでもない。

 問いの本質は、単純。この場で求められているのは、理屈でも条件でもない。――“覚悟そのもの”だった。


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