第391話 本題1
「それで、ノキアちゃん。今回みんなを集めたのは、一体どんな要件?」
目的をまだ誰も知らない中、余裕綽々と問いかけるのは司。それはどこか、楽しんでいるような声音だ。
「ノキア“ちゃん”じゃなくて、ノキア“さん”!! もしくは司令官!! ……それと、司。態度が悪い!!」
ノキアさんは声を大きくして、即座に飛ぶ的確な訂正。激怒という感じではないが、言葉の端々に揺るがぬ威圧が宿っている。
「あいーす」
司は肘をつく姿勢だけは改めるも、しかし反省の色はほとんど見えない。
舐めているわけではない。ただ、そういう性格なのだ。ひねくれた余裕と自信が常に先に立つ。
「わかっている人もいると思うけれど。社長就任十年の記念パーティが、二週間後に控えているわ」
ノキアさんは小さく息を整え、視線を会議卓全体へと巡らせた。
「当日は世界各国から、政界の大物、大口投資家や資産家。文化人や著名人。そして次世代を担う各分野の有力者まで集まる予定なの」
ノキアさんの発言に、空気がわずかに引き締まる。
単なる祝賀会ではない。それは国と企業、金と権力が交錯する巨大な社交の場。
「――これは好機よ」
ノキアさんのそれは、断言だった。
「これまでは特定の個人に会うため、こちらからアポイントを取り、相手に合わせる必要があったけど。今回は向こうから一堂に会してくれるわ」
ヘッドハンティングの観点から見れば、ノキアさんの言う通りこれ以上ない状況。
通常、引き抜きは水面下で行うものだ。現職への配慮が最優先。接触は極秘裏に進め、最後の最後まで表に出さない。
「でも今回はパーティ。通常とは、ちょーっと違うわ」
ノキアさんの瞳が、静かに光を帯びた。
「ってことは」
ここまできちんと前置きをされては、今回の招集と目的につき察しがつく。
「そうよ。パーティに参加するのは、矢面に立つ人たちの仕事。私たちは、私たちの仕事をしましょう」
ノキアさんはパーティに合わせて、ヘッドハンティングを行うつもりだった。
これは単なる祝宴ではない。今回は接触の機会が、選び放題の舞台が、最初から用意されている。
「それならまずは、必要な人材のリストアップ。とはいえ、アポイントは必要になるよね」
凛が即座に口を開く。可憐な外見とは裏腹に、思考の切り替えは早い。すでに実務の段取りへと頭が動いている。
誰を狙うのか。優先順位は。接触方法は水面下か、それとも偶発を装うか。柔らかな声でありながら、内容は具体的だった。
「パーティに合わせて現地視察。早めに来日する人物もいるはずよ」
卓上のタブレット端末に視線を落とし、ノキアさんは続ける。
「その点を考慮するなら、一週間前。そのあたりから、勝負どき」
パーティ前日までが、最大の山場とノキアさん。
パーティ当日は公の祝宴。監視の目も多く、各国要人の警護も厳重だ。あからさまな接触は避けるべき。
つまり本番は、その前。公式行事が始まる前。警戒がまだ完全に固まりきらない隙間。そこで水面下の接触を重ね、布石を打つ。祝賀会は舞台装置にすぎず、本当の仕事はその裏で進む。
「パーティの参加者名簿を取得。リストアップを開始」
ティナの指が迷いなく、キーボードを叩く。画面には名前や肩書きが羅列され、優先順位の振り分けが開始されているはずだ。
「パーティか。どんな人が来るんだろうな」
仕事とされる中でも、思わず本音が漏れた。
政財界の大物に、著名人。普段ならテレビ越しでしか見られない顔ぶれだと思えば、胸が少し高鳴る。
「きっと蓮夜さんが好きな、あのアクション俳優も来ると思いますよ」
正面から静かな声で、メリルがさらりと言う。驚きも冗談めかしもなく、ただ事実のように。
「なんで知っているんだよ? 俺があの俳優が好きだって」
特に好き嫌いを公言した記憶はなく、故になぜかと不思議な部分があった。
「前に言っていたじゃないですか。シーズン二が始まるって。シーズン一の話もしていましたし、蓮夜さんの態度を見ていたらわかりますよ」
メリルは淡々と補足をして、観測者らしい答えだった。
「ヘッドハンティングがメインか。それならオレ様には、できる仕事はねぇな」
天井を仰ぎながら、ガイがぼやく。
力こそ至高。正面から叩き潰すことなら任せろ、という男だ。
だが今回の任務は、交渉と根回しが主軸。言葉と信用で距離を詰める戦い。ガイはその口調と素行の荒さから、スカウトやヘッドハンティングへの直接参加を制限されている。




