第五話 約束
「そういえば王女様これからどうするの?」
「え?」
王城を出てすぐのことだった。
ゴロツキ少女は肩に担いだ王女へとこう問いかけた。
「王女様はリアバルザ軍への手土産として狙われている。国王や王子が戦死したから王位は貴女のものだけど、この状況で王位を主張したって周囲は貴女をリアバルザ軍に差し出すだけだと思うわよ。少なくとも王都に味方はいないようだしね」
「うっ。ベルゼさんはどうすればいいと思いますか?」
「そうね……」
しばらく考えて。
ゴロツキ少女は無表情のままこう答えた。
「道案内と引き換えに王女様を助けると約束したことだし、ゴロツキのやり方で良ければ何とかしてあげられるかもしれないわ」
もちろん邪魔なのは全殺しだけど、と付け足すゴロツキ少女。
「それこそリアバルザ軍よりもこちらが殺す人数の方が増えるかも──」
「本当ですか!? 何をやっても、いくら殺しても構いません! こんな国どうなっても良いです!! ですから、どうか、わたくしのことだけは助けてください!!!!」
「……、うん。いいわね。そういうの嫌いじゃないわ」
それじゃあとりあえず殺すためにも移動手段を用意しないとね、とゴロツキ少女が呟いた時だった。
いつの間に追いついたのか、ちんまりとしたポニーテールの女の子がはいはいっと元気よく手を挙げる。
「ご主人さま、わたしがいるっすよ!」
「何か速度の出る移動手段、『奪って』いたかしら?」
「ふふんっす! こんなこともあろうかと『奪って』おいたとっておきがあるんすよ!!」
ぺったんこな胸を張って答えたポニーテールの女の子が『ふっむむうーっす!!』と唸りながら両手を突き出す。そうしてしばらく経った頃だった。
ぐにゃり、と空間が歪み、そして巨大な魔獣が姿を現した。
首から上には雄の鶏のようであり、胴と翼はドラゴンに似通っていて、尾は蛇として蠢き、もふもふな羽毛に覆われた人工的な合成魔獣コカトリス。
おそらくはどこぞのスキル使いによって生み出されたものが野性化した魔獣なのだろう。自然には生まれようのないその魔獣は強力な膂力で砦さえも砕くオーガさえも軽く蹴散らすだけの力を持つA級魔獣──つまりは殿堂指定を除けば最上位に分類される怪物である。
そんな怪物がいきなり王都のど真ん中に出現したのだ。悲鳴をあげた王女が暴れるが、彼女を肩に担ぐゴロツキ少女はみじろぎすらしない。
「べ、べべっ、ベルゼさん!? これ、これってえ!!」
「うん。これなら速度は出るわね。ありがとうね、マイ」
「いいっすよ。あ、もちろん貸すだけっすからねっ。わたしのモノなんだからっす!!」
「わかっているわ」
「何でそんな呑気に会話できるんですかぁっ!!」
答えは以下の通り。
ゴロツキ少女は真っ向からコカトリスを見つめ、その唇を開き、一声。
「お座り」
効果はてきめんだった。
上位の傭兵や近衛兵であっても数十人のパーティーでもって対応しなければならないほどに強大な怪物が蛇のごとき尻尾を足の間に挟んで訓練された獣のように平伏したのだ。
ぱちぱちを目を瞬く王女。
その間にも王女を肩に担ぐゴロツキ少女とポニーテールの女の子は平伏したコカトリスの背中に乗っていた。
「え、あれ? どうしてコカトリスがこんなに素直に言うこと聞いているんですか!? まさか何かしらの魔道具やスキルを使っているとか!?」
「まさか。ただ声をかけただけよ。単純に獣は人間と違って力の差に敏感ってだけ」
何でもなさそうに返し、ゴロツキ少女は言う。
「コカトリス、飛んで」
うぎゃぎゃっ、と寒気のする鳴き声と共にぶわっと言語を理解できるだけの知能を備えたコカトリスの巨躯が飛び上がる。そのまま三人を乗せたコカトリスはゴロツキ少女の指示で西部へと向かっていった。
ーーー☆ーーー
スカーレット領の片隅にある小さな村でのことだ。
主要な街道や街、軍事施設から離れている分整備が進んでおらず、田んぼやこじんまりとした自営業の店が点々としているだけの寂れた村だった。
大国リアバルザが侵攻してきているのは知っていたが、村人の顔にそこまで不安や恐怖が広がってはいない。
徹底的な情報の隠蔽によりリアバルザ軍が侵攻の際に一般人への略奪や殺人を行っていることは一部の情報通のみしか知らないので、辺鄙な村にまでリアバルザ軍の所業は伝わっていないことが大きい。
貴族贔屓の政策、平民に課せられる過度な重税など現在のシャルディーンへの不満は有り余っており、侵略によって生活が良くなるのではと希望を抱いている者も少なくないほどだ。
侵攻に際して森の近くにぽつんとある辺鄙な村にまで攻め込むほどリアバルザ軍も暇ではないはず。どちらが勝つにしろ、小さな村の『外』で全ては決すると村人たちはどこか他人事としか捉えていなかった。
「今日こそ魔法を使えるようになってやるんだから!」
「おー頑張れー」
百人程度の住人が暮らす小さな村の端。
開けた場所で女の子が先端に白にも黒にも見える不思議な色をした魔石をはめ込んだねじくれた木の棒──魔法補助具の杖を構えて意気込んでいた。
十にも満たない黒髪の女の子のそばでは兄であるグレンが欠伸を噛み殺しながら気のない声援を送っている。
腰に安物の剣を差している彼は村の近くに迷い込んできたり、田んぼを荒らす小型の魔獣を討伐する狩人である。とはいっても傭兵や冒険者ほどに強いわけではない。あくまで護身術程度であり、手に負えるのも最低ランクの弱い魔獣が限界だ。
そんな彼や村に住む大人の男たちだけでも安全を確保できるくらい、ここら一帯は良くも悪くも何もないと言える。
「しっかしお前も飽きないよな。魔法を使えるのなんて一部の連中だけだぜ? そりゃあ相応に魔法を極められれば都会に出てそれなりの職につけるかもだけどさ」
「あたし、村を出ていく気ないよ? 村のみんなのこと大好きだし!」
「あん? だったら何で魔法なんて使えるようになりたいんだよ???」
兄の問いに黒髪の女の子は当然のようにこう答えた。
「お兄ちゃんの役に立ちたいもん!」
「……っ!」
「いつまでもお兄ちゃんに守られてばかりじゃないんだからねっ。魔法を使えるようになって、今度はあたしがお兄ちゃんを守ってあげるから!」
兄はしばらく何も言えなかった。
やがて戯けるように──そう、本音なんて恥ずかしくて妹に見せられそうになかったからあくまで戯けるようにこう答えたのだ。
「そっかそっか。それは楽しみだな」
「あっ、お兄ちゃんその顔無理だって思っているよね!? もう、あたしだってやればできるってところを見せてあげるんだから!!」
彼らの母親は妹を産んだと共に亡くなった。
父親もまた若くして病死してしまった。
今日この日まで妹の兄にして親代わりとして頑張ってきたが、正直うまくやれているか自信はなかった。
だが。
だからこそ。
(ちえ。嬉しいこと言ってくれるじゃないか)
ドッゴォン!!!! と感傷を吹き飛ばすように爆音が炸裂した。村の正反対からだというのに、ここからでも炎が噴き上がっているのが確認できるほどだった。
「わっ!? お、お兄ちゃん、何が……っ!?」
「嘘だろ……。いや、だが、くそ!!」
兄の頭の中には最悪の予想が巡っていた。
ゆえにここが運命の分岐点だとも理解していた。
迷いはあったが、迷っているだけの時間はない。
「いいか、よく聞け」
「お兄ちゃん?」
「聞くんだ!!」
びくっと妹が肩を震わせる。
気の抜けたような顔をしていることが多い兄からは想像もつかない険しい顔で叫んでいたからだ。
「今から俺は様子を見てくるから、お前は森の中に入っているんだ」
「え? でも一人で森に入ったらダメってお兄ちゃん言ってたよね?」
「最近森で魔獣は確認されていないし、問題はないはずだ。それに今危険なのは森よりも……とにかく、言う通りにするんだ。いいな?」
「でも、お兄ちゃんっ!」
妹だって何か良からぬことが起きているのはわかっていただろう。それでも、だからこそ、兄はくしゃっと彼女の頭を撫でてこう言ったのだ。
「心配するな。お前のこと、ちゃんと迎えにいくから」
「本当……?」
「ああ約束だ。俺が嘘をついたことあるか?」
ぶんぶん、と首を横に振る妹。
そんな妹に兄は笑顔を向ける。
「よし、なら俺のお願い聞いてくれるなっ?」
「約束だからね。ちゃんと、絶対に! 迎えに来てよ!!」
「そんな必死になって、何だ。ちょろっと兄と離れ離れになるだけで寂しいってか? おいおい、まさかわんわん泣いちゃったりするんじゃないだろうなー?」
「おっお兄ちゃん!!」
「はっはっはっ! 悪い悪い。お前は強い子だもんな。ちょろっと俺がそばにいなくたって大丈夫だよなっ」
最後にぎゅっと妹を抱きしめて、兄は燃え盛る炎に向けて走り出した。ある種の確信を胸に抱きながら。