第四話 逆境を覆すのは
一万に及ぶシャルディーン軍は国境付近、隣国側に広がる草原で同数のリアバルザ軍と激突、敗走し、半ば崩壊寸前だった。
隣国と国境が接しているシャルディーン西部のスカーレット領中心部にある居城まで逃走できたのは千人程度であり、残りは戦死、あるいは散り散りに逃走、戦線を離脱している。
ちなみに現状のシャルディーンの戦力は国王や王子、六人の将軍のうち五人が討ち取られたがために半ば全滅寸前といったところだった。
第三席軍。
それが隣国との国境線に近い領地を治める領主にして紅の戦女神との呼び声高い女将軍グリュンメルト=スカーレットが所有する軍勢であり、現在唯一機能しているシャルディーン防衛戦力でもあった。
「…………、」
スカーレット領の中心地、領主の居城でのことだ。
獅子のごときボサボサの紅の髪をしたフルアーマー姿の二十代前半の女が内側から湧き上がる感情を抑えるように背負った大剣の柄を握りしめていた。
グリュンメルト=スカーレット。
彼女は深々と椅子に座り込み、石造の無骨な天井を見上げる。
「戦力差は絶望的。このままでは忌々しい侵略者どもに民が蹂躙されるのは時間の問題ですわね」
歴代でも珍しい女将軍、そして他の貴族贔屓に後押しされて実力不足ながら将軍を名乗っていた(実戦は部下に丸投げして後方に下がるのが当然の)将軍たちと違って常に前線で暴れるだけの『力』ある女が弱々しく表情を歪めるのは生まれて初めてのことだった。
だが、弱音が見えたのも一瞬のこと。
「いや、いいや!!」
どんっ!! と力の限り拳を振り下ろし、硬質な木製の机を粉砕して、彼女は獅子のようにボサボサに荒れた赤髪を乱しながら叫ぶ。
「正義は我らにあるんですわよっ。例えどのような逆境だろうとも正々堂々真っ向からの突撃でもって乗り越え、必ずや民を守り抜いてみせるんですわよ!!」
ーーー☆ーーー
「さて、どうやって運び出そうかな」
王城地下の宝物庫でのことだ。
宰相を軽く葬ったゴロツキ少女は一目で値打ち物だとわかる金銀財宝が瓦礫の山に埋もれてしまったのを前にしてそう呟いた。
一つ一つが彼女の数倍はある瓦礫が無数に積み重なって山と化しているのだ。持ち上げることはできるかもしれないが、一つ一つをどかしていては時間がかかる。どす黒い粒子で瓦礫を喰い尽くそうとも考えたが、あの力は加減が難しく、勢い余って金銀財宝も消し飛ばすのは目に見えていた。
と、その時だ。
「ご主人さまぁーっ!」
上の方から小柄な女の子の声がした。視線を向けると瓦礫の山のさらに上部、宰相がぶち抜いた天井の穴から顔を覗かせたポニーテールの女の子が元気に手を振っていた。
「マイ、ちょうどよかった。今呼ぼうとしていたところだったのよ。とりあえずここにあるの全部お願い」
「了解っす!!」
一つ頷き、ゴロツキ少女は瓦礫の山から背を向ける。天井が崩落して宰相が現れてすぐに逃げていたのだろう、ちゃっかり物陰に隠れている王女へと声をかける。
「めぼしい敵勢力は排除しているから殺しが嫌いなマイが狙われる心配はないし、この場はマイに任せて私たちは外に出ておこうか」
「えっと、宝物庫の中のものは運び出さなくていいんですか? 確かに瓦礫の山をどかすのは大変でしょうけど……」
「それはマイに任せたから大丈夫」
「任せたからって、あんな小さな女の子が瓦礫の山をどうにかできるとは思えないのですけど」
「マイなら瓦礫ごとだって運び出せるから心配いらないわ」
「え、え???」
意味がわからないと首を傾げる王女。
だがゴロツキ少女はわざわざ詳しい説明をする気はないようだ。何か言いたそうな王女を持ち上げ、それこそ単なる荷物を運ぶように肩に担いでから、近道になると跳躍。宰相がぶち抜いたことで瓦礫が降り注ぐこととなった天井の穴を通り、上階へと着地する。
「きゃっ! あ、あの……っ!!」
「約束は果たすわ。金目のモノと引き換えにきちんと王女様は助けてあげる」
そのまま両手を前に突き出して『ふんぬーっす!』などと唸っているポニーテールの女の子の頭を軽く撫でてから、王城を後にしたのだった。
ーーー☆ーーー
シャルディーンの隣国、つまりは一週間前にリアバルザ軍によって攻め滅ぼされたメディの首都にある主城でのことだ。
本来はメディ国王が座っているはずの玉座に腰掛けた東部侵攻軍総司令官ドラガーナ=サーチフォールドは酒瓶片手に極太の葉巻をくゆらせていた。
二メートルを超える偉丈夫は異常に発達した筋肉で膨らんだ足を組み、部下からの報告に耳を傾ける。
「『半人前』の『訓練』の結果は上々であります。ほとんど損耗なしにシャルディーン国王をはじめとして主要な者は討ち取り済み。逃走した第三席軍も早々に処理できることでしょう」
「当然だ。そもそも一部を逃がしたことに対して恥ずかしいと考えるべきだな」
シャルディーンの相手をしていたのは比較的練度の低いリアバルザ兵だった。
当然のように総司令官であるドラガーナ=サーチフォールドは一万の手勢と共にシャルディーン侵攻に同行していなかった。征服直後のメディを空にしておけないというのもあるが、侵攻兵数をシャルディーン軍と同数程度に抑えるというのが主な理由である。しかもシャルディーン侵攻のために派遣した軍勢の三分の一は『半人前』であり、侵攻を『訓練』扱いしているほどだった。
とはいえリアバルザ軍にとっての『半人前』はシャルディーン軍にとっては強敵だったらしく、ほとんど三分の一の『半人前』だけを相手にしてシャルディーン軍は壊滅したのだが。
「もしやと思うが、逃げたシャルディーン軍への追撃に『半人前』を全投入などしていないよな? 数くらいは合わせておけ。まあ残党相手にまともな『訓練』になるとは思えんがな」
「はっ!」
一礼して部下は部屋から出ていく。
ドラガーナ=サーチフォールドはといえば天にのぼる葉巻の煙を目で追いながら、
「メディとシャルディーン。東側の国家は弱敵だとわかっていたとはいえ、こんなにも難なく征服できるとは呆気ないにもほどがある。やはりリアバルザに対抗できるのは北の蛮族か南の聖国くらいか」
さっさとシャルディーンを征服して本命に備えるとしよう、と呟き、酒瓶に口をつけて一気に呷る。
彼は東側の国家にリアバルザ軍が脅かされるなどと考えもしていなかった。




