第三話 宰相ゾルマ=ゾーンデッド
片眼鏡の中年男、宰相ゾルマ=ゾーンデッドは代々宰相を輩出してきたゾーンデッド公爵家の当主である。
国王に次ぐ権力者にして小国シャルディーンを影で支配してきた最重要人物の一人は個人的に雇った私兵で王城に残った近衛兵を排除しながら王女を捜索していた。
血の気が多い国王たちを傀儡として操り、甘い汁をすすってきた宰相はいかにうまく降伏するかしか考えていない。
だからこそ、同数であれば我が軍が負けるわけないと国王たちを唆し、リアバルザ軍へとぶつけて排除。王女を手土産としてリアバルザ軍に降伏し、被害を最小に済ませようとしているのだ。
と、その時だ。
王城を縦に貫くがごとき轟音が炸裂した。
眉を潜めた宰相は背後に控えていた長髪の腹心の男へと問う。
「どこの馬鹿だ?」
「この魔力の波動、王城に残った近衛兵の中でも一、二位を争う実力者であるバジル=ソーサラーかと」
「ふん。血気盛んな馬鹿が騒々しいことだ。近衛兵どもも王女を狙っていることだし、障害になりそうな奴は早々に排除しておくか。おい、適当に私兵を見繕って始末しにいけ」
「ははっ!」
そうして腹心の男が動いたのが十分前。腹心も彼が連れていった三十の私兵も帰ってくることはなかった。
「……、どうなっている?」
それだけではない。
先程まで様々な箇所で炸裂していた轟音が収まっており、つまりは近衛兵と私兵との戦闘が終息した……のだろうが、いつまで経っても誰も帰って来なかった。
王城に残った近衛兵と宰相の私兵がぶつかれば確実に勝てるよう予め調整しておいたし、万が一王女が連れ去られた場合に備えて王城外周にも見張りの私兵を配置していたというのに報告一つないというのは流石に異常事態だった。
「どうなっている?」
返事はない。
これまで小国シャルディーンの全てを掌の上で転がしていた宰相が何者からの返事もない不気味な沈黙に晒されていた。
ーーー☆ーーー
答えは簡単なものだった。
十分前の出来事だ。
王城の外周に配置されていた私兵はゴロツキ少女が突入前に全員始末していた。
邪魔になりそうだったから、とりあえず。
そんな理由で誰に気づかれるでもなく見張りとして展開されていた数十人の私兵は殺されていて、そして──
「王女だぞ!!」
「あのお飾り王女さえ捕まえればリアバルザ軍に狙われずに済むんだっ!」
「何だこの女? リアバルザ軍への手土産を寄越せやあ!!」
総数百人以上。
王女という両陣営の標的を抱えた上に走り回るゴロツキ少女は格好の獲物だったのだろう。近衛兵も私兵も関係なく次から次に屈強な男が襲いかかり、一人の例外もなく刈り取られた。
魔法で視界を封じた上で槍を突き出した私兵が魔法ごとどす黒い粒子に喰い尽くされた。
王宮剣術皆伝の近衛兵が放つ斬撃が軽々と避けられ、返す刃で胴体を輪切りにされた。
拳で長髪の誰かの顔面を砕き、蹴りで肋骨ごと私兵の腹部を抉り、頭突きで近衛兵の頭を粉砕し、足を掴んだ私兵をモーニングスターのように振り回して近くにいた複数の私兵を壁のシミに変え、近衛兵が炎魔法を発動する寸前に出力口である手を弾いて他の近衛兵たちを焼き尽くした。
殺し、殺して、殺しに殺して、とにかく殺した。気がつけば王城で勃発していた近衛兵と私兵との戦闘は終息していた。なぜなら争っていた両陣営が全滅したのだから当然である。
だから。
果たして王女が限界を迎えたのは何人、何十人目でだったか。
王女の見覚えのある近衛兵の腕だったものが床に転がる。無数の虫に啄まれて男か女かも識別不能になったぐちゃぐちゃの肉片が飛び散る。飛んできたものを反射的に掴んだら、それは誰かの頭だった。
ずるっと王女が滑る。通路の床に壁に天井にと飛び散って滴り落ちる赤黒い液体に足を滑らせたからだ。
「う、ぶっ!?」
立派な純白のドレスが赤と黒に汚れていることさえ気づいてはいなかった。辺りに漂う濃厚な臭いに思わず口を押さえる。
気がつけば涙が溢れていた。何に対する涙なのか理解できず、ただただ意味のないうめき声をあげていた。
つい先程まで暮らしていたお城が、今はもう鮮血と死に塗り潰されていた。人間だったものが肉と骨と血の塊に切り分けられていく。
「ひ、ぃ……ひひ」
こうなるとわかっていて、掴んだ。
己のために。死にたくない、ただそれだけのために大勢の命を踏み躙る道を選んだ。
だからこそ、今更のように一線を超えていたことを悟った王女の中で何かが切れた。涙と鼻水と赤黒い液体に塗れた顔に、新たな感情が迸る。
「は、はは、はぁっははは!あははははっ!! あ、あふっ、ふひひっ、ひゃっ、ハハッ、あははははははははは!! 流石はベルゼさんです!! 本当にお強いですねっ!!」
「そう?」
笑う。
心の底から。
そう、近衛兵も私兵も全てを殺し尽くした果てに王女は心からの笑顔でベルゼを称賛するまでに至っていた。……それが良いことかどうかはともかく。
「それより早く」
「ええ、ええ、金目のモノですよねっ。こちらです!!」
そうして王女が案内したのは王城の地下であった。高度な魔道具で封じられた扉は生体認証式、つまりは王族でなければ開くことができないものらしい。
お飾りとはいえ正式な王族には違いないフィリアーラ=シャルディーンが掌を押しつけるだけで堅牢な扉は低い音を響かせて開いた。
その先に広がっていたのはそれこそ見上げるほどの金銀財宝の山。そう、シャルディーン王家が誇る宝物庫に納められたお宝の数々である。
「へえ。これは中々なものね」
「ベルゼさんであれば好きなだけ運び出してくれて構いません。その代わりと言っては何ですが、最後までわたくしのことを守ってくださいますよね……?」
「ん。そういう約束だしね」
「へ、えへへ。それは何よりです」
「しっかし、こんなに多いのか。マイを呼んだほうが良さそう」
ゴロツキ少女がそう呟いた、次の瞬間だった。
ズッズン……ッッッ!!!! と。
目の前の金銀財宝の山が天井の崩落に呑み込まれたのだ。
降り立つ。
瓦礫の山の上、片眼鏡の中年男が目の前で天井が崩落しても全く動じていないゴロツキ少女を見据えていた。
「貴様が私の私兵を殺し尽くしたのか?」
「さあ? とりあえず立ち塞がるのは殺したけど、殺し尽くしたかどうかは知らないわ。あんたの私兵とやらが誰なのかも、何人いるかも知らないし」
「生意気な小娘だ。私がこの国の宰相にしてシャルディーンでも屈指の魔法使いと知ってもそこまで不遜に振る舞えるか?」
宰相の言葉に、ゴロツキ少女は彼の足元を指差して、
「どうでもいいけど、そこどけてくれない? そこにある金目のモノは私が奪うって決まっているんだから」
「ふっ。本当に生意気だな。その生意気を極めた態度、我が必殺の爆炎を受けても保つことができるか試してやろうぞ!!」
ごろり、と。
おそらくは爆炎とやらを具現化しようと体内の魔力を練っていた宰相の頭が転がり落ちる。
頭を失った首の断面から噴水のように勢いよく鮮血が噴き出す。
敵の目の前で呑気に魔法を展開しようとしていた中年男との間合いを瞬く間に詰めて、彼が視認するよりも早く首を斬り捨てたゴロツキ少女は不思議そうに目を瞬いていた。
「なんであんたが魔法を展開するまで待っていると思ったんだろう?」




