第二話 手を差し伸べてくれたのは
金目のモノを奪うためにゴロツキ少女は王城に一人で乗り込んだ。近衛兵と誰かの私兵らしい全身真っ黒な格好をした連中が激突しているのを尻目に邪魔してくる者は喰い殺しながら王城内を進んでいた彼女は男たちの話し声を耳にした。
お飾り王女、と。
その単語を聞き、思考を回す。
(こんなに広い建物の中から金目のモノを探すのは大変そう。やっぱり道案内は必要かな。だったら、うん。王女様ならここのことは詳しいわよね)
即座にゴロツキ少女は動いた。
つまりは部屋に飛び込んだ勢いのまま王女らしき女を踏みつけとする男の顔面に拳を叩き込んだのだ。
そのまま王女の腰と膝裏に手を回して抱えた彼女は男たちから逃げるようにその場を走り去る。
「あの、その、貴女は!?」
「通りすがりのゴロツキよ。そんなことより、貴女王女様よね?」
腕の中で銀髪碧眼の美しい少女が頷く。
「なら自分の身柄がリアバルザへの手土産として回収されそうになっているってのも理解しているわね?」
「……、ええ」
「助けてあげるわ」
淡々としたその言葉に、王女が目を見開く。信じられないと顔全体で表現する彼女をゴロツキ少女はじっと無表情と見返すだけだった。
やがて、誰にも手を差し伸べてもらえなかった王女が口を開いた。
「どう、して……ですか?」
「もちろん私のためよ。王女様を助ける代わりに金目のモノのある場所まで案内してくれるのが条件。どう? 自分の命と引き換えにしてはお買い得だとは思わない?」
「今この場では王城を空にはできないからと残された近衛兵陣営と、宰相が私的に持ち込んだ傭兵とが激突しているんですよ!? いくらお金のためだからといってこんな激戦区をわたくしを守りながら生き抜けるとでも思っているんですか!?」
「大丈夫、居残り連中程度に負けるほど弱くはないわ」
軽かった。
わざわざこんな言葉に想いを乗せる必要はないとでも言いたげに、どこまでも。
「だから王女様はただ差し出せばいいのよ。己の命を守るために王城に貯め込まれた金目のモノをね」
ーーー☆ーーー
金髪赤目の少女に殴り飛ばされた近衛兵は顔を真っ赤にして部屋を飛び出していた。
彼を追いかけるように部屋を出た近衛兵たちが口々に吐き捨てる。
「クソ、油断しすぎだ!!」
「ちくしょう、宰相の私兵かっ」
「お飾り王女は俺たちの起死回生の一手なんだ。何が何でも取り返してやる!!」
「待て、待てよ。あの女、いやでもそんなはずは……」
「王女なんて知るか」
ギラギラとした殺意が四人の男たちの声を断ち切る。鼻から噴き出した血を拭った近衛兵は憎悪のままに腰の剣を引き抜き、そしてようやく視認できるまで追いついた二人を睨みつける。
「この俺を殴りやがったこと、地獄の底で後悔しやがれえ!!」
言下に振り下ろされた剣の軌跡に沿うように空気が集い、斬撃の形をした暴風へと変じる。
魔法。
後天的な努力によって獲得可能な、四つの属性に分かれた超常の一撃である。
いかに腐り切った小国の中でとはいえ近衛兵へと上りつめるだけの実力はあるのか、放たれた暴風の刃は王城の床を深々と斬り裂きながら前方の二人──お飾り王女と金髪赤目の少女へと襲いかかった。
「馬鹿、王女まで殺す気か!?」
後ろの四人の男が目を剥くが、遅い。
暴風の刃は少女たちを真っ二つに斬り裂いた──はずが、空気に溶けるように霧散した。
「ッ!?」
いいや、正確には残像である。
暴風の刃に道を譲るように、近衛兵の動体視力でも追いきれないほどの速度で暴風の刃を回避したということだ。
しかも単に避けただけでなく、斬撃の範囲外ギリギリでだった。あの一瞬で攻撃範囲を見切った上で必要最低限の動きで近衛兵の攻撃を回避したということだ。
王女を抱いた少女が振り返る。
表情を変えず、淡々と言葉を放つ。
「時間と命の無駄だと思うけど?」
「ほざくなよ、クソアマっ! 誰に手ぇ出したか思い知らせてくれるう!!」
叫び、鼻から盛大に血を噴き出す近衛兵が加速する。自身を風で操り、普通の人間では不可能な高速移動を可能としているのだ。
その分身体への負荷も大きく、長時間続けられるものでもないが、憤怒に頭が焼き切れた近衛兵は後先など考えていない。
とにかく殺す。
何が何でも殺してやる。
たかが女ごときに軽くあしらわれたなどという恥はすぐにでも拭い去らなければ気が済まなかった。
対して。
やけにどす黒い金の長髪に赤き瞳の少女は王女を下ろし、背に庇う形でゆったりとした動きで一歩前に。
王女が何やら『わたくしを連れて逃げてください!!』と叫んでいたが、少女はといえば表情を一切変えることなく一言囁くだけだった。
「なんで?」
「ッッッ!!!!」
その余裕が、心底腹立たしかった。
突き抜けた憤怒のままに魔力を剣に凝縮、竜巻と見間違うほどの暴風を纏う。
それほどの風の暴虐を、たった一人の少女を殺すために放つというのだ。肉も骨も断ち切れ、吹き飛び、元の姿など判別不能なまでに壊れるのは確実だろう。
これは実体験に基づいたもの。
これまでも、何度だって、気に食わない相手はこの魔法でもって壊してきたのだから。
「終わりだ、クソアマァああああ!!!!」
「あ、避けたら道案内が死んじゃいますね」
ゴッドォォォンッッッ!!!! と。
上から下に真っ直ぐに振り下ろされたその一撃は王城を縦に貫いた。
床も天井も関係なく斬り裂き、ついには王城を超えて地面にまで到達したほどだ。言動こそ荒くれ者であっても、実力だけなら近衛兵として選ばれるだけのものはあるのだ。そんな彼が怒りのままに力を振るえば、それだけの被害を出してもそう不思議なことではない。
だから。
しかし。
「こんなものかしら」
「……ッ!?」
逸れていた。
暴風の一撃。床も天井も関係なく斬り裂く必殺が少女や王女から逸れて、その横に振り下ろされていたのだ。
金髪赤目の少女の手には腰から引き抜いたボロボロの長剣が握られていた。刃こぼれが一目でわかるほどにボロボロの刃には、しかし蝿の群れのように蠢くどす黒い粒子がまとわりついていた。
「それは、もしや、スキルか!?」
「だったら? これから死ぬ奴が知って何になるのかしら???」
ずるり、と近衛兵の上半身がぶれる。
いいや、腰を横に斬り裂かれ、乗っかっていた上半身が滑り落ちるところだった。
いつ斬られたのか、さえも近衛兵は理解できなかった。おそらくはそれほどの剣速でもって暴風の刃もまた横に払われていたのだろう。
近衛兵が最期に見たのは彼を殺したことに何の感情も動かすことはない少女の能面のような顔だった。
ーーー☆ーーー
別にどうでもよかった。
ゴロツキ少女の目的は王城にある金目のモノの回収。それ以外のことは本当にどうでもよかったからこそ時間を優先して近衛兵たちは見逃していた。
だが、追いかけてくるなら話は別。
邪魔になるならば迅速に排除したほうが結果的に時間の節約となるのだから。
ゆえにゴロツキ少女は床を蹴った。
たったそれだけで数十メートルもの間合いを詰めて、残った近衛兵の一人の懐へと飛び込んだのだ。
「な、ん!?」
ようやく腰の剣に手を伸ばした彼を待つ義理はないのでどす黒い粒子を纏う長剣を跳ね上げて股から頭の先まで軽々と斬り裂く。
ぱっかりと開き、左右に崩れ落ちる肉片の片方を蹴り、掌を向けて炎の魔法を放とうとしていた近衛兵の視界を潰す。構わず肉片ごと炎で呑み込み、ゴロツキ少女を焼こうとしたのだろうが、その時には彼女は真上に飛び上がっていた。
どす黒い粒子を纏った長剣が投げ放たれる。
炎を放った近衛兵の額の中心へと綺麗に突き刺さる。
武器を失い、さらに空中で身動きの取れないゴロツキ少女を見て残った二人のうちの一人が動く。
ゴッ!! と彼が放った水魔法の奔流がゴロツキ少女を襲う。彼女もまた迎え撃つために蹴りを放っていたが、水の塊は蹴りを避けるように全方位に展開、そのまま押し潰すようにゴロツキ少女を呑み込んだのだ。
水の塊による封殺。
直径三メートルはある水の球体は自然では発生しない膨大な水圧でもって圧殺、あるいは標的を拘束して窒息による死を与える。
「は、はっはっはぁっ! どうだ、クソがっ!! 近衛兵を舐めるなよクソガキ!!」
「まさか、そんな、違う……。そんなわけがない」
勝敗は決したと水魔法使いの男は笑っていた。
だが、最後の一人は身体を震わせ、湧き上がる何かを否定するように首を横に振っていた。
「金の長髪に赤き瞳の少女。それに何よりこの異常な強さ……。そんなはずはない!! だって『奴』は路地裏に潜んでいるはずで……っ!!」
「おい、何を騒いでいるんだ? 確かに仲間をやられたのは予想外だったが、俺の水撃封殺はB級魔獣であるオーガさえも手も足も出ないんだぜ? 一度捕まれば、いかにスキル使いといえども抗えるものじゃないっての」
「馬鹿野郎!! その女がもしも俺が予想している通りなら、そいつは──」
怯えに怯えた近衛兵の声が途切れる。
ぶじゅっ、と。彼の目の前で水魔法使いの近衛兵の顔が削り消えたからだ。
ぶっ、ぶぶっ、ブゥゥンッ、と蝿が舞うような音が響く。
気がつけば水魔法使いの近衛兵の顔がどす黒い粒子で覆われており、その粒子がずるずるずるう!! と全身にまで及んでいったのだ。
「あ、ああ、ああああ……」
ものの二秒もあれば十分だった。
屈強に鍛えているはずの最後の一人が尻餅をついた間にもどす黒い粒子は水魔法使いの男を丸々と覆い、そして霧散する。
肉片どころか血痕さえも残らずに消えていた。
そこに水魔法使いを得意とする男がいたという痕跡さえも綺麗に消失していたのだ。
スキル。
先天的な才能でもって極々少数にのみ授けられる奇跡の力、その一角。
すなわち暴食の理でもって現世を蝕む罪の象徴。
「ゴロツキ、少女……っ!?」
「うん、そうよ。それではさようなら」
ばしゃん、と術者が死亡したことで解除された水の球体から飛び出すゴロツキ少女。
どす黒い粒子を纏った彼女の掌が涙を浮かべて逃げ出そうとした最後の近衛兵の顔を掴み取り、ぐぢゅべぢゅゴギバギッ!! と喰らい尽くしたのだ。
ーーー☆ーーー
返り血で真っ赤に染まった少女が歩み寄る。
一分も満たずに五人の近衛兵を殺してみせた彼女は表情を変えることなく口を開く。
「さあ王女様。金目のモノがある場所まで案内してよ」
「は、はは……」
悪魔のように残酷で。
だけど誰にも手を差し伸べてもらえなかった王女が頼れるのは彼女しかいない。
「貴女のお名前は何ですか?」
「ん? 名前??? ベルゼだけど」
「ベルゼさんはお強いのですね」
「そう? そんなことより金目のモノがある場所まで早く案内してよ」
「ええ。今すぐに」
最後の最後、孤独な王女に手を差し伸べてくれたのは残虐にして苛烈な悪魔だった。
だけど残酷なまでに悲惨な現実においてこれほどまでに頼りになる人間もいないだろう。
だから、王女はその手を掴む。
例えその先が鮮血と死に満ちていると分かっていても。