改革派(レジスタンス)に波紋/1
十二月の冷たい風はどこかへ消え去り、焼けるような陽射しを感じた――
潮の香りは乾いた土のものへと変わり、ヒカリは目をそっと開けると、深い青――瑠璃色の夏空が広がっていた。
水平線は地平線となり、見渡す限りは荒野。その真ん中で、遊線が螺旋を描く声が埃っぽい風に乗る。
「ここはどこだ?」
丸く小枝が絡まったダンブルウィードがコロコロと転がってゆく。どこまでも続いてゆく青と茶色ばかりの中に、鮮やかなピンク――マゼンダ色の細い線が藁が飛ぶように混じってきた。
「この髪……?」
背中を振動させて伝わってくる、おどけた凛とした澄んだ女性的な青年の声が。
「おや〜? 脱出は成功したみたいです〜」
足元に濡れたような跡が残っていたが、ジリジリと太陽に照らされ薄れてゆく。髪も服も嘘のように乾いていて、物理的に説明はできなかったが、海の青とルナスの髪が同調せず、今もそばにあって、ヒカリは安堵のため息をもらした。
「兄さんも無事でよかった」
「しかし、どこへ行くかを考えていませんでした〜」
ルナスは困った顔で、こめかみに人差し指を突き立てた。今ごろそんなことを言う。というか、完全に兄の罠だったと気づいて、ヒカリは珍しく怒ろうとした。
「兄さん、いい加減に――」
その時だった、スポーツ観戦でもしているような、大勢の声が地鳴りのように一斉に上がったのは。
「ウォォォォォッッッッ!!!!」
人影など見えないと言うのに、ヒカリの冷静な水色の瞳は警戒心マックスであたりを見渡す。
「何の声だ?」
「鬨の声でしょうか〜?」
ルナスの邪悪なヴァイオレットの瞳は未だニコニコのまぶたに隠されたままで、弟とは違って動揺することもなく、全身白の服は荒野を吹いてくる風にはためいている。
やがて、逃げ水――蜃気楼のゆらゆらと揺れる遠くの地面に、黒く小さな影が浮かび上がった。
「何かがこっちへ向かってくる……」
「何でしょうか〜?」
ジリジリと照りつける太陽のまぶしさから、ルナスは避けるために、手のひらをまぶたの上にかざした。
どんどん近づいてくる影は地平線を黒く染めて、まるで砂糖菓子に群がるアリのようだった。
「人? そうだ。武器を持っているたくさんの人だ」
「おや〜? 奇遇ですね〜。僕の正面からも、鎧兜みたいなものを着たたくさんの人たちがきます〜」
兄と弟は背中合わせで、荒野に立っている。さっきの声。ヒカリは何が起きているのか理解して、汗ばむひたいに手のひらを当てた。
「はぁ〜。もう口にもしたくない……」
「ヒカリ、どのような状況でも現実は現実です〜。受け止めてください〜」
誘発しておいて、兄の手厳しい性格がよくわかる。解けてしまった紺の髪を大きくかき上げ、ヒカリは事実と向き合った。
「僕たちはどうやら、戦場の真ん中に移動してきたみたいだ――」
「おや〜? 戦争に巻き込まれてしまったということでしょうか?」
横に逃げるという手はもうない。最前列が騎馬隊なのだ。地平線が軍勢で埋め尽くされているほど戦場は広く、もう間に合わない。
「どうするんだい? 兄さん」
「もう一度ヒカリがメシアを使えば、別の場所へ移動できるんではないんですか〜?」
他力本願な兄だった。水色をした瞳の中で人影がどんどん大きくなってゆく。
「さっき、どうやって使ったかもわからないのに、この切迫した状況で使うのかい?」
未だニコニコの笑みのまま、ルナスはしれっとこんなことを口にする。
「僕は月のメシアしか持っていません。基本的に回復系です〜」
初耳である。というか、重大事件である。ヒカリは思わず、群衆から視線を外して、首だけで振り返った。
「兄さんも持っていたのか。どうりで、みんな必死に追いかけてくるはずだ」
ルナスは背を向けたまま、なぜかあたりをうかがっている。
「ですから、水のメシアを使えば、今度は安全な場所に行けるかもしれませんよ〜」
「可能性の問題だ。違うかもしれないじゃないか!」
ヒカリの珍しく怒り色を含んだ声が荒野の上に降り注ぐと、少し遠くまで迫ってきていた兵たちから驚きがどよめいた。
「な、何だ!?」
「ど、どういうことだ!?」
馬を操っていた手綱は強く引かれ、先頭にいた隊長の命令が戦場を駆け抜ける。
「全軍、止まれ!」
「進軍停止!」




