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SCHEMER〈スキーマー〉  作者: 霧雨ウルフ
第二部 アルトネア制圧戦
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皇室第二連隊


 ヴァルカモニカの招集を受け連合軍に合流したアベラルド・ルイージ・ファルツォーネ将軍は、紳士然とした長身の男だった。

 上品に巻いた口髭と自信に満ち溢れた顔つき。絢爛で威厳ある白と群青の軍服がよく似合う堂々たる風貌。華々しい功績を修めてきたファルツォーネの存在感と、彼が引き連れてきた皇国随一の精鋭たちは、遠巻きに新参者を窺う連合軍の下士官たちを圧倒していた。訓練された軍馬たちが兵士と共に凛と整列している様は、まるで皇国を守る神の使徒であるかの如く壮麗な眺めだ。

 もったいぶった手つきで髭を整えていたファルツォーネは、こちらに向かってくるヴァルカモニカの姿に気づき目を見開く。温暖な皇都パルテノンよりはるかに寒いにも関わらず、脇で行儀よく待機していた白い愛馬アミルカレに飛び乗り、彼は気合いの入った掛け声と共にその場を駆け出した。

 勢いよく近づいてくる装飾過多な軍人を見て、ヴァルカモニカは一言だけこぼした。

「毎度のことだが、突撃されるんじゃないかとひやりとするよ」

 パラディオは笑いを噛み殺した。

「アベラルド・ルイージ・ファルツォーネ、ただいま馳せ参じました。我が主にして皇国の権威、親愛なる枢機卿猊下のお呼びとあらば、このアベラルド、どんなに苛酷な戦地にも喜び勇んで参りましょう!」

 朗々と響くバリトンの声には、ヴァルカモニカに対する敬愛の念が滲み出している。大袈裟で演劇がかった文句を淀みなく口にしたファルツォーネは、アミルカレを飛び降りるや否や膝をつき頭を垂れた。

「顔を上げてくれ、将軍。国境はすぐそこだ、地を見ていては戦えないだろう?」

 枢機卿は慣れた顔で対応した。ファルツォーネは愛嬌たっぷりに破顔した。

「ご心配には及びませぬぞ。このアベラルド、出陣の準備は万端整えておりますゆえ」

 ヴァルカモニカの冗談をファルツォーネは真に受けたようだ。パラディオは噛み合わない会話を切なく思った。

 ファルツォーネとヴァルカモニカがいくつかのやり取りをしている間に、亜麻色の髪の青年が彼らに近づいてきた。彼は生真面目な表情でファルツォーネたちを注視しながら、将軍の後方に控える。同じく亜麻色の髪を持つファルツォーネと見比べ、パラディオは青年の正体に気づく。

 話に夢中になっていたファルツォーネは、ようやっと青年が登場したことに気づき誇らしげに言った。

「長男のエルメーテであります。まだまだ至らぬ点はございますが、肝は座っておりますゆえ私の連隊に配属いたしました」

「ほう、これがあのエルメーテ君かい? 見違えたよ」

 ヴァルカモニカは柔らかな驚きをたたえた声音で返した。青年エルメーテは、完璧なお辞儀でそれに応える。

「若輩者ではありますが、枢機卿猊下のお力となれるよう尽力致します」

 青年は歳の割には落ち着いた印象を受けた。生真面目な表情を崩さず常にあたりを警戒している様子は、新米軍人というよりは忠勤な近衛兵に近い。エルメーテは、若者特有の軽率さを感じさせない清廉な男だった。

 (今回の戦では、件の精鋭部隊、皇室第二連隊を率いるのか。さすが、皇国軍の顔と称される名門軍人だけはあるな)

 パラディオはファルツォーネと息子を眺め、皇国軍の中核を担うファルツォーネ家について思い返した。かの一族は古くからアクロポリス王家に仕え、永きに亘り政治と軍事に携わってきた皇国の屋台骨だ。アベラルドは一族の中でも一際勇猛果敢な軍人として知られ、枢機卿との親交も深いため軍部や皇家の信頼が厚い。

 ヴァルカモニカは、

「さっそく仕事の話で悪いが、貴公らの到着を心待にしていたよ。というのも、できる限り迅速に作戦に移行したいというのが私の本心でね」

 と切り出した。ファルツォーネもその言葉を待っていたようで、早口に応答した。

「心しております、親愛なる枢機卿猊下。お望みとあらば、今すぐにでも我が連隊を国境へ向かわせましょうぞ」

「今すぐにとは言わないさ、アベラルド。とりあえず、一旦休息をとって落ち着いてくれ。君が良くとも、他の兵士たちが疲れきって戦えなくてはどうしようもない」

 枢機卿は意気揚々とする男を優しく諭した。いつものことなので、慣れたものだった。

 それから、枢機卿は一つ大事なことを注意するのを忘れなかった。

「ちゃんと馬たちの防寒対策はしてきたかな? 馬着の不備などないように、点検を忘れないでくれたまえ。アルトネアはここよりもはるかに寒い極寒の地だ。君の愛馬が体調を崩してしまうことのないようにね」

 ファルツォーネは隣で白い息をこぼす相棒アミルカレを見つめ、よしよしと鬣を撫でると、枢機卿に余裕たっぷりの笑顔を向けた。

 パラディオは少しいい加減にも思えるファルツォーネを心許なくも感じたが、枢機卿が信頼する男なら能力はあるはずだ。それに、馬たちも頑丈そうなのできちんと管理してやれば峠越えに伴えるだろう。そう信じてヴァルカモニカを見遣り、おもむろに告げた。

「さて、これで役者は揃いましたね。アル・シラの方も、ピトン伍長たちへの説明を終えた頃だと思います」

「ああ、そうだろうな。役者は揃い、舞台も整った、か……」

 枢機卿は黙り込み、眼前に聳える険峻なコルチャーク山脈を見つめた。あの山を越えれば、そこは敵地アルトネア領だ。迫る開戦を前に、皇国の指導者は何を思うのか。惨たらしい戦場の光景か、それともその先にある皇国の未来か──。

「進もうではないか」

 ヴァルカモニカの静かな宣告は、ともすれば自分に言い聞かせてるようだ。

「あの山の向こうに、我が祖国の栄光があると信じて。民の安寧があると願って。この世界の未来をかけて、我々は戦おう。来るべき安泰の世のために」

 枢機卿の言葉に、パラディオは普段は滅多にしない皇国式の敬礼を返す。それは、覚悟と枢機卿への信頼が込められた、彼なりの最大限の敬意の現れだった。



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