密談
約束の日、ガルアは刻限丁度に現れた。
室内で対談相手の到着を待っていたグロザーは、ヨアンに案内され扉をくぐってきたガルアの姿を見て、上質な革のソファーから立ち上がり彼らの前に移動する。
グロザーはよく通る声でガルアに告げた。
「ようこそ、リマ・ガルア殿。アルトネア八代皇帝として、貴公のご来訪を歓迎しよう」
グロザーとガルア、二人の権力者がこれから対談に臨む応接間の窓の向こうでは、北国の身を切る冷風に煽られ雪が吹き荒れていた。一方、豪勢な暖炉が快適な室温を保つ室内には、鹿のトロフィー、磨き上げられた金製の鎧、華やかな武具一式、歴代の王たちが使役したサバーカたちの毛皮など、王家の所有する別荘らしく絢爛豪華な装飾がなされていた。
ガルアはそれらが気になるのか、やや視線を泳がせながらグロザーに会釈した。
「有り難きお言葉、痛み入ります、グロザー陛下。そして、お初にお目にかかります、帝国軍参謀副長……いや、今は連合軍参謀役、リマ・ガルアでございます」
「ああ。よく来てくれた」
グロザーは短く答えると、冷めた表情でヨアンを見やった。ヨアンはガルアをソファーの前まで案内し、彼が腰を降ろすのを見届けてから向かいに座った父親の背後に控える。
ヨアンはガルアを注視し、ついで部屋の中に素早く目を光らせた。見たところガルアは丸腰だが、そこらにある物を使ってグロザーに襲いかかる可能性が零というわけではないので、凶器になりそうな装飾品や置物の位置などを一応確認する。が、ヨアンから見て危険だと思える物はガルアからは離れたところにあるし、そもそもガルアが何か行動を起こしてもヨアンが阻止できることは明らかだ。
ヨアンが周辺確認を終えたところで、グロザーが口を開く。
「急に呼びつけて申し訳ない。事態はなかなか切迫しているのでな」
グロザーが抑揚のない声で話し始めた。ガルアはそれに軽く笑って応えると、ヨアンに目を向け柔和な調子で言う。
「いえ、お構いなく。陛下とこうしてお話できるのは、至極光栄なことですから。それはそうと、彼が急に鏡から出てきたときには驚きました」
ガルアの面白がるような表情を見て、ヨアンは彼を迎えに行ったときのことを思い起こした。ガルアは指定した待ち合わせ場所──といっても連合軍内のある物置用のテント──に、ヨアンが予め準備しておいた鏡を通って現れたとき、特に驚く様子もなく「やっぱりゼルカロか」と言っただけだった。
確かにこの前もあんなにわかりやすく鏡を残していったので、ゼルカロの能力を持っていると気づかれても不思議ではない。しかし、この鏡を使って僕をどこに連れて行ってくれるんだと聞かれたときはさすがにうんざりし、彼の悠長な態度に苛立った。
息子の苦労と不快感などまるで知らないグロザーが、淡白に返答する。
「ゼルカロという能力だ。もちろん貴公ならご存知のはずだろう。とにかく、先ほども言ったように」
グロザーは気怠そうに上体をソファーに預け、感情のこもらない漆黒の瞳でガルアを見据えた。
「今は時間がない。できるだけ迅速に、有意義な交渉を進めようではないか」
つまり、無駄話はやめろということだ。そもそも、何事にも合理的なグロザーは無駄な作業を最も嫌う。
ヨアンは無言でガルアに圧力をかけるグロザーから、ガルアに視線を移した。ガルアは相変わらず薄ら笑いを浮かべていたが、大人しく頷き事務的な口調で話し始めた。
「ならば、単刀直入に尋ねましょう。ご要望はなんでしょうか、グロザー陛下? 私リマ・ガルアは、貴方のご期待に添えるよう最善を尽くす所存です」
ガルアは、彼の部下や枢機卿が聞けば耳を疑いそうな台詞を述べた。
──いきなりそうくるとは思っていなかった。
ヨアンは素直なガルアの反応を少し意外に思ったが、無表情のままガルアを観察する。
グロザーはしばし沈黙したのち、微かに笑みを浮かべた。
「随分と下手だな。その卑屈さは嫌いじゃない」
「卑屈もなにも、今の私は貴方に従うしかありませんから。それに、貴方が私の──いえ、帝国参謀部の目論見を見抜いたという事実に、私はただ感嘆の念を禁じ得ない」
ガルアはそこまで言い、グロザーの言葉を待つように黙り込む。
グロザーが、おもむろに口を開いた。
「……世辞は好きではない。それに、私が貴国の謀を知ることができたのは、極めて幸運なことでもあった。故に、私はこれを利用しない手はないと考えている」
そう言い切ると、グロザーは立ち上がり窓際へと移動した。
──グロザーが帝国参謀部とガルアの繋がりを知ったのは、数ヶ月前のこと。密偵兼偵察として連合軍の動きを見張っていたアルトネアの人間が、ガルアと参謀部の情報伝達を担う使者を偶然捕らえたのだ。
捕虜となった使者は、拷問の末参謀部の目論見を暴露した。内容は、ガルアの離反は枢機卿を騙し入れる計画の内であり、連合軍をガルアが上手く誘導し枢機卿もろとも壊滅させようとしている──というもの。使い走りだった男は詳しいことまでは知らなかったようだが、参謀部からガルアに宛てた機密文書を所持していた。その文書こそが、アルトネアの切り札になりえるとグロザーは踏んだのだ。
ガルアは窓辺に佇むグロザーを見つめた。グロザーは少しも顔色を変えずに言い切った。
「帝国の真の目的が枢機卿の抹殺ならば、それはまさしく我がアルトネアの本望。……これが意味することはわかるな?」
ガルアの眉間に皺が寄る。ヨアンは参謀副長が多少なりとも動揺しているのを嗅ぎ取った。グロザーはさらに続けた。
「私と手を組め、ガルア。そうすれば、例の文書の存在は黙認する」
「……私と貴方で、皇国を共に打ち倒そうと? それが貴方の要望ですか?」
「いかにも。だが、理由は他にもある」
グロザーは窓際を離れ、ガルアの前まで歩を進めた。そして、ガルアに向かって優雅に手を差し出す。
彼は、王族特有の鷹揚さと皇帝としての威光を滲ませた声音で告げた。その声には、氷結した刃にも似た冷淡な響きが混じる。
「稀代の天才と名高きリマ・ガルア殿。貴公の才を、この国のために……そして、私の悲願のために使ってくれまいか」




