第4章〈地下道工作〉
外は晴れているだろうか、それとも曇っているだろうか。ここ最近の天気からするとたぶん快晴だろうが、薄暗くじめじめした地下道にいてはそれもあまり関係ない。まったく、早く地上の新鮮な空気を吸いたいものだ──。第六部隊付き時魔導師、セーファス・エルチェは見えるはずもない天を仰いだ。
と、それを横で見ていたアルガンが問う。
「なんだ? なんかあったか?」
「いいえ、特に何も」
エルチェは温良な笑みを浮かべ答えた。
「エルチェは早く仕事を終わらせたいんですよ、兵長。俺もこんな陰気臭い場所はいい加減うんざりだ」
アルガンの更に向こうからベズレーが言った。エルチェはその言葉に困ったように笑い、穏やかな紳士に有りがちな女性的とも言える優しい口調で返す。
「すみません、私が足を引っ張っているものですから。『時粉』を撒きながらだと、どうしても歩みが緩慢になってしまうので……」
『時粉』とは、時界石を砕いて粉末状にしたものだ。ちなみに時魔導師が魔法陣を描く時に用いるチョークやインクには、大体これが混ぜられている。要するに時粉は時魔導師たちにはかかせない必需品ということだ。
不思議な話だが、この非常に便利な時粉──時界石は帝国の北部、アルトネアとの自然的国境となるハルゲニー山脈付近でしか採掘できない。なので大変貴重で一般市民はお目にかかることもないような代物だが、軍部では意外とよく見かけるし、実際戦場においては大量の時界石と時粉が消費されている。
尤も、今エルチェたちも盛大に時粉を消費しているわけだが。
アルガンが来た道を振り返り、エルチェが作った煌めく時粉の白線を眺めた。時粉は綺麗に一本の薄く細い線を形成しており、今のところ首尾は上々だと言える。アルガンはそれに満足したように頷き、慎重に小瓶から時粉を零していくエルチェを見た。
「あんた、えらく器用なんだな。もし時魔導師としてやっていけなくなっても、工兵に転職できるぞ」
「工兵が器用だなんて初めて知りましたよ。そもそも貴方の口からそんなことを言われても、納得するほうが難しいですね」
ベズレーがアルガンを眺め回しながらなんとなく腹が立つことを言ったので、単純な大男は案の定喰ってかかった。
「器用に見えなくて悪かったな。ったく……人が気にしてることをちくちく言いやがって」
ベズレーは愉快そうに口角を吊り上げた。
「それも初めて知りました」
アルガンがむっとした表情になったのを見て、エルチェは呆れながらも仲裁に入ろうとした。単純で仕事熱心なアルガンと嫌味で怠惰なベズレー、性格的にまったく合わない二人が衝突するのは目に見えていたので驚きはしなかったが、こんな大事な時に諍いなど起こさないでほしいものだ。
が、エルチェが仲裁に入る必要はなかった。その前に地鳴りを伴う轟音がアルガンの言葉を遮ったからだ。
三人は予期していなかった振動に身を縮め、揺れが収まるとベズレーがぶっきらぼうに言った。
「もっと上手くやれよ。皇国軍に気づかれるぞ」
エルチェは揺れにともないローブに降りかかった土くれや埃を払った。
「大丈夫ですよ。地下道から地上までは結構な距離がありますし、大規模な工場の多いファンブリーナはよく揺れますから」
エルチェはそう言うとアルガンに向き直った。アルガンが憮然とした顔をしていたので何事かと思えば、下手くそだなとぼやいていた。たぶん、アルガンたちの前方で破壊工作をする部下に対して言ったのだろう。
「ともかく、これであと二箇所壊せば時空間隔離は解除されます。もう少しですよ」
エルチェがいう箇所とは、時空間隔離の効力を維持させる魔法陣が画かれた場所のことだ。高度な時魔導である時空間隔離には、範囲内に複数の魔法陣が必要である。今工作兵たちが破壊しているものとは、その魔法陣が画かれた床に他ならない。
尤も、魔法陣はすぐに発見されないように煉瓦の床下に上手く隠されているらしいが。それで工作兵たちはあのような荒技──火薬で地面を吹き飛ばすというような暴挙に出たのだろう。
エルチェの言葉にベズレーが鼻を鳴らした。
「それ以前に、本当に時空間隔離を解除する必要があるのかよ? 他にいい方法はなかったのか?」
エルチェは考え込むように顎に手を当て、難しい顔で口を開いた。
「時空間隔離を解除しない限りは、ファンブリーナに時魔導をかけることは不可能ですね。もともとこの地下道はクーデター対策に作られたものですので、敵や反乱者に気づかれないようにファンブリーナに潜入できることが前提なんです。そのため、内部にいる間は外から感知されない──言い変えるなら、内部からも外部には干渉できない。要するに、時空間隔離は我々を敵の目から欺く鎧であると同時に、ファンブリーナと我々を隔てる障害でもあるんです」
アルガンが口をぽかんと開けエルチェを見ていた。まったく理解できていないと見てよさそうだ。一方、それなりに理解力のあるベズレーはそんなアルガンを嘲るような目で見ている。
「まあ、兵長にはわからなくても仕方ないですよ。難しい話ですから」
「……馬鹿にしやがって。“地図”は黙ってろ」
アルガンに地図呼ばわりされたベズレーは急に声を荒げた。
「人を物みたいに言わないでください。俺にはキュール・ベズレーという歴とした人間の名前があるんですよ」
「だが、役割は地図だろうが! 戦士としてはまるで役に立たないんだから、今くらいはちゃんと地図として仕事しろ!」
なんだか子どもの喧嘩のようだ。げんなりしつつもエルチェは軽く咳払いし、睨み合う二人の注意をこちらに向ける。
「落ち着いてください、二人とも……。確かにベズレーさんの言い方は悪かったかもしれませんが、優れた記憶力を持つ彼がいなければ、我々は魔法陣の場所を見つけられないばかりか、この地下道から二度と抜け出せない可能性もあるんですよ」
そう弁護されて調子に乗ったのか、ベズレーがアルガンに勝ち誇った笑みを見せた。
「だそうですよ、兵長。俺の存在を軽く見ないでいただきたい」
アルガンは口を真一文字に結び心底悔しそうに黙り込んだ。そんな二人を見ながらエルチェは小さく嘆息をもらす。二人とも大人気なさすぎるが、特にベズレーはどうしようもない。ガルアも皮肉屋ではあるが、ベズレーはガルアと違ってすぐに攻撃的になるのが更に難点だ。ついでに言うなら、すぐに調子に乗るところも。
「兵長、魔法陣の破壊を確認しました。瓦礫も撤去しましたので、通行可能です」
前方からやってきた工兵の言葉に、アルガンはわかったと答え大股で歩き出した。エルチェとベズレーもそれに習い無言で歩き出す。エルチェは兵長と毒舌家の間に漂う殺伐とした空気を肌で感じながら、疲労感漂う造作の良い顔をしかめた。




