第19話 第4階層9号区画①
迷宮城砦第4階層。この場所は、魔物の巣になっちまってる迷宮城砦にも関わらず、ほとんど魔物が出ねぇっていう珍しい階層だ。
魔物が出ねぇってことは、その分探索がしやすいってことだ。つまり、とうの昔に探索され尽くして、普通の冒険者連中にとっちゃ、全く旨味ってモンがねぇ階層ってことになる。
俺もこの場所で、それなりに遺体回収の依頼ってモンをやっちゃあいるが、依頼のためだけに第4階層に来たことはねぇな。
そりゃそうだ。魔物は出ねぇ、探索済みで地図は完璧、罠だって除去済みだ。よほど準備不足じゃねぇ限りは、この階層で死ぬことはほぼねぇだろうし。
そんな事情があるせいか、ほとんどの冒険者連中は第4階層を素通りしちまうか、第5階層に向けて準備をするだけの『休憩所』扱いにしちまってる。
だが、逆に言やあ、本筋から外れちまえば誰も寄り付かねぇ場所だらけってことになる。他人に見つからねぇようにコトを進めるには、うってつけの場所なんだろうな。
今回みてぇによ。
壁に埋め込まれている光水晶が、てんでバラバラの明るさになってやがる。
9号区画に入ってから、ずっとこんな状態だ。たまたまなのか意図的なのかは判らねぇが、妙な不安を掻き立てれられちまうな。
即席パーティ──俺と、エドゥアルト、ミカエラ、ジュリア、アレフの5人は誰一人として喋らない。
喋れねぇっつった方が正しいのかもな。とにかく、空気が重苦し過ぎるんだ。
広いとは言えねぇ通路に響く靴音。一瞬、視界が靄に包まれたみてぇに薄くなったような気がしたが……たぶん気のせいだろ。
通路の少し先に見えてきたのは、指定されていた部屋への入口。扉はねぇし中にも光水晶が設置されてるはずなのに、ここからじゃ入口から先は真っ暗で、中は見えねぇ。
「……魔力を感じます。どうやら『暗闇』と『魔術障壁』を併用して、目隠し代わりに使っているみたいですね」
緊張感のあるミカエラの声。てことは、中にザイオンが居るってのは確定っぽいな。魔術師だって言ってたし。
先頭を歩いていたエドゥアルトが、立ち止まる。
「皆、何が待っているかは分からない。何時でも戦闘態勢に入れるようにしてくれ」
頷く代わりに、それぞれが武器を構える音。
そして、慎重に部屋へと足を踏み入れる。
部屋の中は拍子抜けするくれぇに静かだった。奇襲の一つや二つは来るかもなって思ってたんだが。
冒険者ギルドに併設されてる酒場よりは狭い部屋。俺達が入ってきた入口と、向こう側にはもう一つの入口。
そして、その前には。
「……5分の遅刻だ。騎士団長ともあろう者がこの調子では、お前の騎士団も程度が知れるというもの」
懐中時計に目を落としていた、壮年の男。
白髪交じりの黒髪に灰色の髭。ギラギラした金色の瞳。俺よりも少し上背のある細い体格に、やたらと高価そうな、いかにも貴族って感じのローブを纏ってやがる。左手には持ってるのは、恐らく魔術書か?
コイツが、ザイオン・バウムガルテンか。
「全く、当主殿はお前に、如何程の教育を施しておったのだろうな?」
明らかに挑発してやがる煽り口調だが、エドゥアルトは何とか踏み止まっている。乗ってしまえば相手の思うツボってことは、ちゃんと理解しているらしい。
「……叔父上」
呻くみてぇに絞り出した言葉には、どう考えても怒りが乗っている。
「兄上の遺骨は?」
震えているエドゥアルトの声。
ザイオンはあからさまに面白くなさそうな表情をしてやがる。何を期待してたんだよコイツ、性格悪過ぎんだろ。
「出してやれ」
命令すりゃ、ザイオンの両側に控えていた4人の男の内の代表っぽい奴が、少し大きな布袋を持ってくる。
その中に遺骨が入っているらしい。俺から見りゃ、あまりにも雑すぎる扱い方だ。それとも、『人質』じゃなく『物』だから、その程度の扱いでいいとか思ってやがるんだろうか。
「……返して、頂けるのですよね?」
「勿論。お前が約束を守れば、だが」
印章2つと交換って書いてあったな。実質、家の継承権を放棄するようなモンだが……コイツが決めたんなら、部外者は何も言えねぇよ。
ツカツカと鉄靴の音を鳴らしながら、エドゥアルトが前に出ていく。
袋を持った奴も前に出て、エドゥアルトから何かを受け取った後、袋をそのまま押し付けた。
拍子抜けするくれぇに、一瞬で終わった。何かして来やがると思って、全員警戒してたんだがな。
「ククク……これで、バウムガルテンの家は私の物だ……」
受け取った印章を、早速左手の指にはめてやがる。一々、イヤな笑い方する奴だな。
「……早く、我が先祖代々の墓に入れて差し上げねば」
持つというよりは抱えるといった様子で、エドゥアルトはこちらに戻って来る。
「ヴィクトール様……」
エドゥアルトに駆け寄ったミカエラが、袋の中を確かめようとしたとき。
「そうそう、返すという約束はしたが、『何もせん』とは言っておらんな」
見下すようなザイオンの言葉が部屋に響く。それと同時に、奴が指を鳴らした途端。
遺骨の入った布袋が、凄まじい勢いの青い炎で焼き尽くされていく。
驚き、思わず手を離すエドゥアルト。炎を消そうとしたんだろう、ミカエラが魔術を発動させるよりも前に。
布袋は、完全に灰と化した。
「あ…………ッ、ああぁ……!」
エドゥアルトは思わず、その場に膝から崩れ落ちちまう。悲痛な、聞いてるこっちの胸を抉るような声を上げながら。
「お、おい、大丈夫か……?」
茫然自失な状態のエドゥアルト。俺だけじゃない。ジュリアもアレフもミカエラも、流石に心配になって近付いて声を掛ける。
「……ぇ」
俺の声に反応した訳じゃねぇ。エドゥアルトは、小さく何かを呟く。
詳しく聞こうと、顔を寄せようとした瞬間、奴が勢い良く立ち上がった。俺は反射的に体を引く。
「ああああああああッ! 叔父上ェェェェェェ!!!」
絶叫し、剣を抜きながら、見たことねぇ速度で間合いを詰めていくエドゥアルト。完全に不意を突いた、少なくとも俺は、そう思った。
だが、これもあっちの予想通りだったんだろうな。ザイオンとその取り巻きの周囲に、いつの間にか見えない壁みてぇなモンが出来てやがった。
エドゥアルトの攻撃はそれに遮られ、金属を叩くような音だけは響きやがるが、剣先はザイオンには届かねぇ。
ミカエラが魔術で炎の矢を放ち、ジュリアも短剣を投げつけてみるが、やっぱり見えねぇ壁に遮られちまう。
何度も何度も狂ったように、剣を振り下ろしては弾かれるエドゥアルトを見て、ザイオンは笑ってやがった。
「滑稽なものだ。所詮お前は、魔術壁一つ破ることすら出来ん半端者なのだ。お前の兄と違ってな」
「ザイオン!! 貴様ぁぁぁぁぁッ!!」
完全に、怒りで我を忘れてやがる。
「呼び捨て、か。仮にもお前の叔父、お前より目上の者を敬うことすら出来んとは。やはりお前は、バウムガルテンの当主の器ではない」
完全に勝ち誇った表情で言い放つザイオン。これはエドゥアルトを止めるべきなんだろうが、どうやって止めりゃいいんだよ。コイツは流石に、アレフの奴でも無理だろ。
「次期当主の座が確かなものとなった以上、お前のような出来損ないと関わっている無駄な時間などないのだよ。分かるな?」
見えねぇ壁に遮られていた剣が、急に完全に振り下ろすことが出来るようになった。魔術壁を解除したのか?
「はあっ、はあっ、はあっ、ザイオン、貴様ッッ!!」
肩で息をしながら、エドゥアルトが踏み込みつつ斬りかかろうとした、その時。
「『暴風』」
ザイオンの魔術が発動した。
広くはねぇ部屋に渦巻きながら吹き荒れる、凄まじい風。手近に居たジュリアとミカエラの肩に手を回し、無理矢理伏せさせる。
喋ることすら出来ねぇような風圧。体を伏せていても、下から持ち上げられるような風。横目でアレフの方を見りゃ、屈んで何とか持ち堪えてやがる。
俺達の頭の上を、何かが通り過ぎた。
青い鎧。エドゥアルトは風をまともに受けて、吹き飛ばされたらしい。
幸いだったのは、相手連中も、どうやら風の中じゃ動けねぇらしいことだった。身動きが取れねぇ状況で襲われるのなんざ、最悪だからな。
だが、今の状況だって良いとは言えねぇんだ。むしろ風の勢いが増して悪化……。
「んおッ!?」
不意に、俺の体が浮いた。踏ん張ろうとしても、爪先がギリギリで床に届かねぇ! まずい!!
「があッッ!」
風に煽られるがままに吹き飛ばされ、そのまま壁に背中を強く打ち付けた。
痛え。背中を打った衝撃で、肺の中の空気が一気に出て行っちまった感覚がある。
腰に着けている鞄が開いて、中に入っていた革袋やら傷薬やらをぶちまけちまった。
「きゃああっ!」
「ひあっ、んんッ!!」
ミカエラとジュリアの悲鳴。何とか持ちこたえているアレフも、いつの間にか壁際に追いやられていた。
そんな俺達の様子を、ザイオンは笑みを浮かべながら見下してやがる。
「出来損ないは大人しく、下賤の者共と仲良くしていろ」
ようやく風は止んだ。だが、こっちは満身創痍な状態だ。
エドゥアルトは伸びてやがるし、俺やジュリアやミカエラも、壁に体を打っちまって万全とは言えねぇ。唯一無事なのはアレフだけだ。
「……うぅ…………兄上……」
気が付いたらしい。エドゥアルトは……泣いてやがる。
そりゃそうだ。一方的に奪われた挙げ句、手に入れたものすら灰になっちまったんだから。
抗議するようにザイオンを睨みつけてみりゃ、奴と目が合った。
「……そちらの冒険者、見覚えがあるな。確か──『裏』に手を出そうとして追放された痴れ者の神官か」
コイツやっぱり……!
「テメェは……死者を冒涜するような真似をして、何がしてぇんだ。買ってやがったんだろ、遺体をよ」
俺の言葉に、奴の表情が露骨に変わる。それも、明らかに悪い方に。
「価値の無い者共に、魔術の材料となることで価値を与えてやったのだ。貴様に何かを言われる筋合いは無い」
急に、不機嫌になりやがった。
「やはり気が変わった。バウムガルテンの当主となる以上、不都合なものは消しておかねばな」
言いながら、魔術書から白紙の頁を1枚破る。
何か、唱えている……?
「!! おいお前ら、今すぐ息止めろ!!」
「──我らを護りし魔力の衣よ」
気付いたようにアレフが叫んだ。
ミカエラが、対抗するように呪文を唱えた。
「『毒雲』」
ザイオンの詠唱が終わった瞬間、何かが湧き出るような音と共に、部屋全体が緑色の霧に覆われた。




