第18話 黒幕
「やはり、叔父上……貴方、なのか」
エドゥアルトは項垂れる。
「何て、書いてあるんだよ?」
俺の問いに、最早無言で手紙を差し出してくる。
エドゥアルトは無表情になっちまってる。こりゃ、かなり心にキテるみてぇだ。
「えーと……、『ヴィクトールの遺骨は印章と交換だ。お前のものと併せて2種類を持って、迷宮城砦の第4階層9号区画に来い。期限は……』って、これ、今日……だよな?」
俺がブッ倒れてから丸一日くれぇ寝てたのは、嫌でも分かる。腹も減ってるし、何なら腰も痛ぇしな。
「第4階層9号区画って、幽霊区画じゃないか」
アレフの奴が声を上げる。
俺がエドゥアルトの兄の遺体を回収したのは、第2階層の17号区画。これも幽霊区画だ。
ただの偶然じゃねぇ。明らかに、恣意的なモンを感じるな。
「印章って、俺が返したヤツと……テメェも別に持ってやがるんだな?」
エドゥアルトは力無く頷く。大丈夫か、おい。
「……バウムガルテンの当主継承権を持つ者の証だ。兄上が青玉、私が紅玉、そして叔父上が翠玉のものを持っている。正式に当主となるには、3つともを所持する必要がある」
「どう考えても、家を乗っ取る気満々じゃない……」
ジュリアが完全に引いてやがる。まあ、お家争いってのは、血で血を洗う結果にならねぇことの方が少ないからな。
実際、俺も教会に居た頃、そういうのを何度か目にしたことがある。神官や僧侶ってのは職業上、そういうのを見聞きする機会が多いんだよ。
「で、どうするんだよ」
俺の問いに、エドゥアルトは俯いたままだ。
信じていた希望を絶たれ、おまけに信頼してた奴から野心をギラギラに見せつけられちまった。こんな状況じゃ、落ち込まない奴のが少ねぇよ。
「私は……」
顔を上げたエドゥアルトの表情には、苦悩と困惑が浮かんでいる。
「兄上を取り戻す。例え、当主候補としての証を失ったとしても」
奴の青い瞳には、それでも叔父とやらを信頼したいとでも言いたげな光が宿る。
団長って呼ばれてたな。騎士団長になれるくれぇなんだから、能力は高ぇんだろう。だが、今のエドゥアルトは弱り切っていて、正直、見るに耐えねぇ。
こんなんじゃ、一方的に付け込まれるだけだろうが。
「……私も」
今まで黙っていたミカエラが、おずおずと口を開いた。
「私も行きます」
それを聞いて、エドゥアルトは明らかに挙動不審になる。
「だっ、駄目だミカエラ殿! 貴女にもしもの事があれば、兄上に申し訳が立たない!」
思い切り焦ってやがるが、ミカエラの決意は変わらねぇみてぇだ。
中々肝の据わった姉ちゃんだな。こういうときは大体、男より女の方が強ぇんだよ。それは貴族も平民も、立場も階級も関係なく同じらしい。
「大丈夫です、エドゥアルト様。私も魔術騎士団の一端に名を連ねている以上、自分の身くらいは自分で守れます。エドゥアルト様のお手は煩わせませんよ」
魔術騎士。その名の通り、魔術を使える騎士だ。
噂じゃあ、滅茶苦茶優秀じゃねぇとなれねぇらしい。俺みてぇな奴だけじゃなく、ほとんどの冒険者には接点なんてねぇだろうな。
「それに……ザイオン様は非常に優秀な魔術師と噂に聞きます。剣だけでは、いざという時に対抗することは難しいかと」
ザイオン。ミカエラの口から出てきたその名前に、俺は思わず反応しちまう。あんな夢を見た後だから、尚更だ。
ホークの遺体を探すため、『裏』の連中を締め上げて、顧客名簿を手に入れたことがあった。その中に、特別待遇の上客として記されていた名前。
もしかすりゃ同じ名前の別人かも知れねぇ。だが、さっきミカエラが魔術師って話してた。
……遺体を魔術の研究材料にしたり、遺骨を魔術の触媒にする奴らも居やがるんだ、魔術師の中には。
「……俺も行く」
エドゥアルトとミカエラが、驚いたように俺を見る。
「回収して葬儀まで行った本人としちゃな、墓を暴いた挙げ句、交渉材料にしちまうようなクソ野郎は、放っておく訳にはいかねぇんだよ」
半分は本心だが、半分は建前だ。
教会を追放はされちまったが、神官として死者を冒涜するような奴を許せねぇのは事実だ。それと同時に、ホークの遺体に繋がる情報がほんの少しでも欲しいんだよ。
ザイオンが顧客名簿にあったザイオン本人なら、もしかすりゃあ、何か聞き出せるかも知れねぇ。
まあ、ただの希望的観測だがな。
「あ、あたしも! ゴオトが行くならあたしも行く! 相手は4人か、叔父さんを含めて5人なんでしょ? だったら、人数は多い方が良いじゃない」
ジュリアが口を挟んで来やがった。
「テメェなぁ、子供の遊びじゃねぇんだぞ。下手すりゃ、ケガじゃ済まねぇ場合だってあるんだからな?」
「あたしは、いつだって本気だよ! 遊びの気分で洞窟とか迷宮に潜ったことなんて、一度もないんだから! ねぇ、お願い」
エドゥアルトは一瞬、悩んだような素振りを見せた。が。
「分かった。君の言う通り、確かに人数は多い方が良い。但し、ミカエラの側から離れぬようにしてくれ」
その言葉を聞き、ジュリアは胸を撫で下ろす。ひょっとして、心配してくれてんのか、俺のこと。
「団長、俺も同行します。どうか失態を挽回する機会を、このマルクに……」
また土下座してるが、気持ちは分かる気がする。
自分があの時こうしてりゃ、今のこの状態にはならなかったかもなんて、思っちまうよな。
「マルク。済まぬが、お前を連れて行くことは出来ない」
顔面蒼白になるマルク。エドゥアルトは続ける。
「お前には一度、騎士団に戻って欲しい。万が一、私に何かがあった時の為に」
言いながら、懐から取り出した何かをマルクに手渡す。
ここからじゃよくは見えねぇが、恐らくメダリオンか何かか。騎士団長の証的なヤツかも知れねぇ。
「……分かりました。この、不肖マルク。必ずや団長に与えられた命を果たしてみせます」
そして。
「あ……、俺? 俺は……」
自然と皆の視線がアレフに集まる。
「……っ、わ、分かったよ。俺も同行するよ。前衛が1人しか居ないし、それに、俺より年下の女の子が行くって言ってるんだから、ここで退いたら恥ずかしいじゃないか……」
明らかに乗り気じゃねぇなコイツ。でも、その気持ちも分かる。
今回は多分、危険度は高い。そりゃ、余程じゃなけりゃ二の足踏んじまうだろ。『冒険者として長生きしたいなら、危険は避けろ』なんて格言もあるくれぇだし。
「済まない。本当に感謝する」
全員を見回し、エドゥアルトが軽く頭を下げる。
「改めて皆に問う。私に、力を貸して欲しい」
てんでバラバラだが、確かに全員が、無言で頷いた。




