終.私たちの明日
「ヘ―レンっ様!」
私はそう言ってヘレン様に抱き着く。ただでさえ揺れる馬車の中でそんなことをしたものだから、思いっきりゴチン!と頭と頭がぶつかった。
「いたた……もう、急に飛びつくのはやめてくださいませ」
ヘレン様はそういって口をとがらす。でも、その口ぶりとは裏腹に、目は幸せそうに細められている。
「えへへ……やっと二人きりになれたから、つい……」
「もう、本当にしょうがないハンナちゃんですわね」
そう言いながら、ヘレン様は「ふふ」と笑う。その笑顔を見て、私もつられて「あはは」と笑ってしまった。
あの婚約破棄騒動の後、私は学園の退学と国外退去を命じられた。
その理由として、まず、不可抗力だったとはいえ、一国の王子に重大なダメージを負わせてしまったことがある。第1王子は結局、王妃様の回復魔法のおかげで一命をとりとめたらしいが、あれ以来ずっと放心状態で、抜け殻のようになってしまったという。
……まあ、大体自業自得だとは思うのだが。とはいえ、いくら第1王子が裁きを待つ身だといっても、平民が王族を害したという事実には変わりない。このことを放置しては、貴族制度の根幹をなす身分制度の根底が揺らいでしまう、とのことだそうだ。
もう一つは、私から魔力が消えてしまったことだ。あの後私も含めてその場の全員に取り調べが行われたのだが、その一環として行われた魔力の適性検査で、なんと私から魔力反応が消失していたのだという。生来の力である魔力が消えるなんて前代未聞の事態だ。
専門家の見解では、あの時に落とした雷が私の最初で最後の魔法だったようだ。ただ、私が雷魔法の能力者であったのかと思ったのだが、そうではなかったらしい。なんと、私は思いの力が究極にまで高まった時、一度だけどんな願いも叶えられるとかいう壊れ魔法の能力者だったようだ。
「ええっ!?」と、さすがに初めて聞いた時には相当びっくりした。なにせ、「なんでも」である。お金持ちになることも、なんならこの国の新たな支配者になることだってできる。まぁ、そんなものには興味ないし、ヘレン様が無事でいてくれることこそが私の最大の願いであったから、まったく後悔などしていないが。
それはともかく、魔力を失った私は、単なる一平民に戻ったわけだ。そうなると、王立学院に通う名分が失われるわけで、お役御免になったということだ。
一応公爵令嬢を助けたのにさすがにひどすぎるな、と私は思ったのだが、それは国王以下高位の貴族たちも同じ気持ちだったようだ。私は後日、宮殿に召し出され、国王と直々に謁見することになった。
「此度の件、そなたには本当に申し訳なく思う。プレスコット公爵令嬢を救ってくれたにもかかわらず、恩を仇で返すような形になってしまった。本当にすまなかった」
国王はそう言って、隣に立っていたプレスコット公爵、つまりヘレン様のお父様ともども、深々と頭を下げた。
同じ場に控えていた臣下たちに動揺が走る。平民と王族が面会するだけでも異例なのに、王族と公爵が平民に頭を下げて謝罪するなど、それ以上に前代未聞の事態である。動揺する臣下たちを「静かにせい」と一喝して黙らせると、国王はゴホン、と咳払いして場の雰囲気を立て直す。
「そこで、此度のそなたへの無礼の詫びとして、そなたの望みを一つ、なんでも叶えてやろうと思うのだが」
え、また「なんでも」願いを叶えてくれるんですか!? 私と、国王側仕えの臣下たちに、またしても動揺が走る。
とはいえ、なんでも良いのであれば、望むことははなから決まりきっている。私は、すぅっと深呼吸をすると、国王ではなく、ヘレン様のお父様の方を向いて、その目をじっと見据えて、大きな声でこう言った。
「ヘレン様を、娘さんを私にください!」
正直無理かなとは思っていた。一度婚約破棄されて経歴に傷がついたとはいえ、ヘレン様が公爵家の令嬢であることには変わらない。大事な政略結婚の道具を、みすみす一平民の、しかも女に渡すはずがあるまい、と。まぁ、拒否されても、認めてもらえるまであらゆる手段を用いて食いつこうとは思っていたが。
だが、意外なことに、国王が「公爵よ、それで良いか?」と問うと、お父様は「仰せのままに」とあっさり認めてくれた。あんまりにもあっさり過ぎて、思わず拍子抜けしてしまった。
私が「え……いいんですか?」と思わず余計なことを問うと、お父様は、「構わん。ヤツはあんな形ではあるが、一度婚約者から捨てられた身。政略結婚の道具としてはもう使い物にならんよ」と冷たく言い放つ。むっ、自分の娘なのに何それ。私が少しいら立つと、「それに」と、今度は先ほどとは違い、少し寂しそうな声でこう言う。
「普段、何事にも無感動でどこか冷めていたあいつが、お前のことを話す時だけは、幸せそうに笑うんだ。……あいつには長い間、未来の王妃として、大変な苦労をかけてきた。もうそろそろ、あいつを楽にしてやりたい。あいつにも、人並みの幸せを味わわせてやりたいんだ……」
聞きながら私は、「ああ、やっぱりヘレン様のお父様なんだな」と、しみじみ思った。
私とヘレン様は平民と貴族。そればかりか、女の子同士である。普通の親なら一緒になりたいと言われても、断固拒否するところだろう。
それでも私たちを認めてくれたのは、お父様が本当に娘の幸せを願ってくれているからにほかならない。固定観念や偏見に陥らず、純粋に人の幸せを尊重できるところは、この親子のこの上ない美点だ。
こうして、私は今、ヘレン様と、国王・公爵様から頂いた生活用品と大量のお金を伴って、追放先の隣国、エスクアロへ向かう馬車に揺られているというわけだ。
学院こそ辞めさせられたものの、王国から食うのに一生困らないであろう大金と豪華な調度品を送られ、しかも友好国の便宜で、首都郊外の閑静な場所に豪邸を立ててもらったりもした。職の方も、エスクアロの魔法省が私の魔法とヘレン様の変身魔法に関心を持っているみたいで、そこで魔法に関する研究の協力をすることになっている。割と緩い仕事なのに給料はとんでもない額になっているんだとか。
ヘレン様さえいれば、最低限の生活ができればいいかなとか思っていたのだが、これは望外の展開だ。はっきり言って、ライバッハにいたころよりも恵まれている。
そんな風に思いをはせていると、そういえばヘレン様から告白の返事をもらっていなかったことに気づいた。大丈夫だとは思うけど、でももしここにきて拒絶されたらどうしよう。私は内心びくびくしながら、こう切り出す。
「あの、この前の卒業パーティーのことなんだけど……」
「? どうかしまして?」
ヘレン様が可愛く小首をかしげながら、私の目をじっと見つめてくる。うう、近い! その可愛さに、私の顔は一瞬で真っ赤になる。
「その……お慕いしております、って言ったじゃん」
「あ……そんなことありましたわね」
まぁ、実際には「お慕いしているのは……」で言葉が切れたから、明言はしてないんだけど。その後の行動がイコールあなたです、っていう答えになっているわけだ。
言いながら、ヘレン様の頬が真っ赤に染まる。さすがに聡いヘレン様は、この言葉の意味がライクではなくラブであることに気付いているみたいだ。
「それで、……返事とか、もらいたいんだけど……」
言いながら、段々と声が弱くなっていく。拒絶されたらどうしよう。それに、もし受け入れてもらえても、私で本当にヘレン様を幸せにできるのかな……?
ここにきて急にいろんなことが頭を巡り、緊張と不安で心臓がバクバクになる。
そんな私の心を知ってか知らずか、ヘレン様は「ふふ」と柔らかく微笑む。その美しさに思わず見惚れていると、ヘレン様が私にもっと近づいて来て、そっと私の耳元で、こう囁く。
「返事は、ですわね……」
ヘレン様の温かい吐息を耳に感じて、私が「はうっ」と声を漏らしてビクッとすると、ヘレン様は嬉しそうな笑顔で私に向き直り……
ちゅっ
私の唇に、ヘレン様の唇が重ねられる。触れたところがじんじん熱くなって、その熱が体全体にいきわたって、私の頭が真っ白になって……不意打ちのキスに、私はわけがわからなくなってしまった。
ぷはっ、と、ヘレン様がゆっくりと唇を離す。私は混乱する頭で「な、な……!?」と言葉にならない声を上げる。
そんな私の様子を見て、ヘレン様はしてやったりと言いたげな悪戯っぽい笑顔でにっこり笑う。私がそんなヘレン様にぼうっと見惚れていると、ヘレン様は楽しそうにこう言ったのだった。
「わたくし、今、最高にしあわせですわ!!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本作はこれにて完結となります。
今回は作者初の投稿でしたので、まずは短めのものを、ということで全5話構成になりました。
次回作はもう少し長めのものを、と思っております。もしよろしければ、またお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは、重ねてになりますが、ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました!