表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

補習が入っているうちはまだ夏休みじゃない 6


 「もう帰るん?」とヒロちゃんが言う。「もちっとゆっくりしてけや」

ゆっくりしていきたい。けど、もうケーキ食べ終わったし…

「私は帰るけど」と、いろいろな気持ちを抑えて言う。「タダはゆっくりしてけばいいじゃん」

「いやいい」素っ気なく答えるタダ。そしてこう続けた。「大島を送ってくから」

「お?」とヒロちゃん。「そっかそっか」

いや、そっかじゃないんだけど。


 ヒロちゃんが2階へ声を張り上げた。「姉ちゃ~~~ん、ユズが帰るって~~~」

 すぐに2階からダダダダダッとお姉さんが駆け下りて来た。「もう帰るの?ゆっくりしてけばいいのに。イズミも」

「いや、」とヒロちゃんが答える。「イズミはユズを送ってくんだと」

「いいよほんとに」と慌てて言う私。「送るも何も、家すぐ近くだし。タダはまだ遊びなよ」

「ユズちゃん~~~、もう~~~」とお姉さんが唸る。「男子が送ってくれるつってんだから素直に送られなさい」

え~~~…

 

 そうこうしているうちにタダが私のカバンまで持ってリビングを出てしまう。

「ちょっと!待って、自分で持つからカバン!」慌ててタダを追う。

 私たちを笑顔で送りだすヒロちゃん姉弟だ。「「ケーキごちそうさま~~~」」



 いやほんとに送らなくていいのに。ていうか送るっていう意味がわからない。まだ4時半だし。ヒロちゃんちからうちまでほんの5分くらいだし。しかもうちに回ったらタダには遠回りになる。

 もしかしたら、ユキちゃんの事で私が本当はすごく落ち込んでると思って気にしてくれてるんだろうか。まあでもヒロちゃんもひどいっちゃあ、ひどいけど…

 でも返って、あけっぴろげなヒロちゃんに、私の気持ちをやたら気にされて気づかいされたりしたら、もうヒロちゃんとは今のような気軽な感じでは話が出来なくなるかもしれない。ヒロちゃんはヒロちゃんで、私が今までと同じ感じで接することが出来るようにあんな感じでいてくれるんだと思う。


 それでもだ。私もしつこくヒロちゃんヒロちゃんて…いつまで想ってんだろ…ヒロちゃんがユキちゃんとちゃんと付き合うようになってからも、それでもずっとヒロちゃんの事が好きだったらかなりつらい。

 だからこそ!今度の花火大会でなんとか区切りを付けたい。浴衣の私をチラッとも見てくれなかったら、そしてずっとユキちゃんしか見ていなかったら、今度こそ諦められる。

 はず。

 だよね?



 「ありがと、」とタダに言う。「こっちに回ってくれて」

それには答えずに「なあ」とタダが言う。

「なに?」

「…」

何も言わずに目を反らすタダ。

 さっきより怪訝な気持ちで聞いてしまう。「なに?」

「…あ~~~…またキイんとこ一緒に行こ」

「…」なんだそれ。「ヒロちゃんちにまた行こうって話?」

「いや、大島今日、キイ触れてなかったじゃん」

「いやまあそうだけど。…タダにはすごい甘えてたね」

「ネコ飼いたいんだけどな、母親がネコアレルギーで飼えない」

「そうなの?」

 タダの膝に乗ってうっとりしたキイを想い浮かべながら言った。



 すぐに私の家だ。

「今日ありがと。ミスズさんにケーキとかも。一緒に買い物まで」

「いや、そういやオレまでケーキ食ったな。ごちそうさま」

じゃあ、と言って家へ歩きだした私にタダが言う。

「なあ」

ふん?と振り返る。「なに?」

「…」

 なぜ何も言わない。


 「なに?」ともう一度聞く。

「…あ~~…後でカメの写真送るわ」

「…」カメね…。

 なんか…今のタダ、小6の時にこっちに転校してきたばっかりの頃のタダみたいな感じがする。なんか思っていることがあっても、言いたそうにして言わない、みたいな。今も自分から、わ~~って感じで人を誘ったり騒いだりはしないヤツだけど…


 「うんじゃあ」と言う私に、「あ~じゃあな」と答えるタダ。

 そのまま家に入ろうとして、やっぱり気になって振り返ったらタダも振り返って私を見た。

 

 …ヒロちゃんが言ってた。『タダはユズの事が好きだった』って。ヒロちゃんのお姉さんも言ってた。『まだ告ってないの?』って。

 なんだろうこの人…

 私がヒロちゃんに振られた時には笑ったくせに。


 タダが振り返ったのなんか見なかったふりでそのまま家に入った。

 そして20分後にラインに8通の通知。それは全部タダからで全部カメの写真だった。

 上から撮ったカメ。横から撮ったカメ。前から撮ったドヤ顔のカメ。水槽の中の石の上に乗って足を延ばすカメ。カメの足のアップ。顔のアップ。水槽の底に敷かれた小石の上に捨てられたように沈んでいるプラスチック片みたいな破片。なんだコレ?そしてカメの水槽に近付いて笑っている幼稚園くらいの男の子。

 タダの弟だな。可愛い顔してる。こっちに越して来た頃のタダに似てるかも。弟の顔と比べてカメはその3分の2くらいの大きさだ。思っていたよりカメ大きかったな。

 どうしたんだタダ。実はエラいカメ好きで弟好きなのか。


 それを見ているうちにもう1通ラインが来た。

「水槽の中に沈んでるプラスティックみたいなのは甲羅のはげたヤツ。脱皮して取れたヤツ」

マジで!?すごいなカメ。凄いけどなんか気持ちわるいような気もするし。でも弟可愛いな。大きくなったな弟。小6の時に見させてもらった時には抱っこしたらつぶれてしまいそうな程小さかったけれど。


 そして、カメの写真の感想をどんなふうに送ろう、と少し考えているうちにまたタダからラインが来た。

「あのな、オレは大島といっしょに花火大会行くのが結構楽しみかも」

え?



 え!?

 タダ…


 私がヒロちゃんに振られた時、ゲラゲラ笑ってたよね?

 …私の事が好きなの?

 ヒロちゃんとヒロちゃんのお姉さんが言ってたように?



 そして思い出した。ユキちゃんの前にヒロちゃんに告って来た子にタダも一緒に会った帰り、どんな女の子が好きなのかって流れで私がタダに聞いたら、『ヒロトみたいなヤツをずっと好きでいるヤツ』って言ってた。また私の事をバカにしてるのかって思っていたけど…


 私といっしょに花火大会に行けるのが楽しみって…楽しみかもって…

 いや、『かも』って!

 やっぱからかってるのかな…

 ていうか私とじゃなくてヒロちゃんと行くのが嬉しいんでしょ?


 あれ?どうなんだろ…『かも』が付いてるけど、本当に私といっしょに行くのを喜んでくれてたりなんか…

 え、どうしよう…これはなんて返すのが正解なの?タダが本当はどんな感じで言ってるかもわからないのに。


 ①「私とじゃなくてヒロちゃんとでしょ?」

 ②「私もタダといっしょに行くの、すごい楽しみ!」

 ③何も返さない。


 ③はダメだよね!だってカメの写真の感想も返してない。8枚もくれてるのに。②を送ったらたぶん、もうそれは私じゃない。タダだって私からそんな返事来たらビックリするはず。

 しばらく考えてこう返した。「カメが思ってたより大きかった。弟、むかしのタダに似てる!花火大会晴れたらいいね」

 そしてその後も考える。

 『かも』って何、『かも』って。

 からかってるっぽいのに、なのに何でちょっと…ちょっと『好きだ』って言われたみたいな気がしてるんだろう私。


 もやもや考えながら眠ったので夢も見てしまった。

 小学生のヒロちゃんとタダが小学校の校庭で遊んでいるのを、体育倉庫の横の花壇の所から見ている夢だった。ヒロちゃんが「ユズ!」と私を呼んだのでピロピロと手を振った。そうしたらタダも私を呼んだのだ。

 「ユズ!」

 あ、タダが私をユズって呼んだ…

 そう言えば…と、夢から覚めた私は思い出す。昨日ヒロちゃんちにいる時に1回だけ、タダに『ユズ』って呼ばれた。…呼ばれたよね?でもあの後はずっと大島って言ってた。だから私の聞き間違いかもしれない。


 …ダメだ。

 顔が。

 タダの顔が浮かぶ。夢の中で私の事を嬉しそうに『ユズ』って呼んできたタダの顔が浮かぶ。…どうしよう。どうしよう気になって、タダを見て変な顔をしたら。

 



 



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ