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三年前『破壊王誕生』

「うー、痛いぃ・・・」


痛む両目をユーリは水で目を洗う。

既にスクード達は寝ているが、謎の激痛に襲われて彼女は目を覚ましたのだ。


「いたたた・・・」


何分か目を洗い続けているが、痛みは先程よりも増している。とりあえず彼女はタオルで顔を拭き、その場に座り込んだ。


ここは宿屋の外にある井戸の前。好きな時に水を井戸から汲むことが出来るのだが、夜なので少々怖い。


「最近目が悪くなってきてるけど、それと何か関係があるのかしら」


まだ痛む目を押さえながら呟く。もしそうならば、何らかの病気なのかもしれない。


「ユーリ、何をしてるんだ?」

「っ!?」


突然声が聞こえ、ユーリの肩が跳ねた。

振り向けば井戸の水を汲もうとしているスクードがぼんやりと視界に映る。


「ちょっとスクード、驚かさないでよ・・・」

「む、すまん。喉が渇いたから水を飲みに来てな。ユーリはこんな時間に何をしているんだ?」

「・・・あたしも喉乾いちゃって」


スクードが汲んだ水をコップに入れて一気に飲み干す。そしてユーリの隣に腰掛けた。


「なんだ、恋の悩みか?」

「ち、違うから!」

「最近よくビンタしたりしているが、あれも照れ隠しだろう?」

「うっ、それは・・・」

「他の女に取られる前に手を打っておけよ」


そう言われてユーリの顔が真っ赤になる。


「べ、別にあんなヤツ好きじゃないし!」

「ちなみに俺はラグナとは言っていないからな」

「もうっ!からかわないでってば!」


ベシベシとスクードの背中をユーリが背中を叩く。


「はぁ、あたしはラグナの好みとは全然違うから無理よ」

「そうなのか?」

「ナイスバディな美少女と旅したいって言われたもの。あたし、美少女なんかじゃないし」

「いや、美少女なんじゃないか?」

「へ?」

「確かに胸は無いが、俺が会ってきた女性の中ではトップクラスだと思うぞ。性格も良いしな」


普通にそんな事を言うので当然ユーリの顔は赤くなった。そして隣に座っているスクードと目を合わせる。


「・・・?なんだよ」

「あんた、そんな事を誰これ構わず言っちゃ駄目よ?」

「別に言うつもりは無いが」

「ならいいけど・・・」


こんなイケメンにあんな事を言われれば大抵の女性はハートを射抜かれてしまうのではないだろうか。ラグナに対して複雑な感情を抱いているユーリも少しだけドキッとしてしまう。


(あ、いつの間にか痛みが引いてる)


不覚にもドキドキしていると、先程まで彼女を苦しめていた両目の痛みは完全に消えていた。


「さて、そろそろ寝るか。もう目は痛くなさそうだしな」

「えっ、気づいてたの・・・?」

「目が充血しているし、俺がここに来た時少し痛そうに目を触っていたからな。大丈夫か?」

「うん、今は痛くない。心配してくれてありがとね」


最初の頃は共に旅することを嫌がっていたスクードだが、最近はユーリ達とかなり打ち解けている。こうして心配してくれる心優しい少年にユーリは笑いかけた。








▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼







「思ったんだけどさ、魔王がいる所までスクードの転移魔法使えば楽に行けるんじゃねえの?」

「一度も行ったことがないから無理だ。近い距離ならまだ何とかなるかもしれないが、ここからだと遠すぎる」

「なら、近くまで転移魔法で・・・」

「俺が訪れた事がある場所の中で、最も魔界に近いのはチリープだ。残念だが魔法はどんな夢でも叶えられるものでは無い」

「ちぇー」


そんな会話をしながら二人は魔物の群れを次々と葬っていく。そんな光景を少し離れた場所からユーリとシルヴィは眺めていた。


「二人共凄いわね。あそこにシルヴィが加わればもっと一方的な戦闘になると思うけど、なんかごめんね」

「いえ、お気になさらず」


非戦闘員のユーリを守れとスクードに言われたので、シルヴィは彼から指示をもらった事に喜びを感じながら、ユーリの前に立ってたまに向かってくる魔物の命をダガーで刈り取っている。


「あたしにも戦える力があればなぁ」


自分の手のひらを見ながらユーリがそう言う。

幼馴染みのラグナは聖剣使いに選ばれ、道中で出会ったスクードはとてつもない魔力を持ち、数日前に四天王から救い出したシルヴィは圧倒的なスピードを誇る暗殺者。


ラグナ一人で旅に向かわせるのが嫌でついてきたが、力を持たない彼女は他のメンバーから邪魔に思われているのではないかと時折心配になる。こうして守ってもらうことしかできない自分が嫌になる。


力が欲しい。皆と肩を並べて戦える力が。そう思った時、魔物達との戦いを終えたスクードとラグナがユーリ達の元に歩いてきた。


「さて、これでやっと先に進めるな」


彼らが訪れているのは『霧の森』と呼ばれている森。あまりの視界の悪さに人が近付こうとしないこの森の奥には、魔王軍四天王の一人が居るというのだ。


「序盤から敵の数が多いなここは。ま、俺とスクードのナイスコンビネーションプレーで圧勝できるけどな!」

「周りを見ずに敵に斬りかかり、魔法を放とうとしていたスクード様の邪魔になっていたような気もしますが」

「え、いやぁ、気のせいだって」

「油断して背後から魔物に襲いかかられ、貴方本人が気付いていない所でスクード様に救われていましたが」

「そうなん?」

「適当に斬撃を飛ばし、それが何度かスクード様に当たりそうになっていましたが」

「は、はは。もう許して」


そう言ってラグナが先に進む。そんな彼を納得がいかないシルヴィが追った。二人の姿は霧のせいですぐに見えなくなり、意外と仲良しだなと思ったユーリはやれやれといった表情を浮かべる。


「・・・え、あれ?」


そして隣を向いたのだが、いつの間にかスクードが居なくなっていた。更に、前にいるはずのラグナとシルヴィの声が聞こえない。おかしい・・・そう思った時には遅かった。


「ふっふっふ、この霧はわたしの魔力で発生させたもの。あなたを孤立させるのは思ったよりも簡単だったわねぇ」

「誰!?」

「警戒しないで。ただの四天王よ」


ユーリの前に現れたのは、女装したゴリゴリの男。何度も投げキッスしてくる男のあまりの気持ち悪さにユーリは思わず後ずさる。


「し、四天王があたしに何の用?」

「あなた、最近わたし達の邪魔をしてる勇者一行の中で一番弱いらしいじゃない。そんなあなたはきっと仲間に守られてるからここまで無事でいられた。なら、あなたを人質にすればきっと他のメンバーを楽に殺せると思うのよ」

「なっ・・・」


言われたくなかったことをあっさりと言われ、ユーリはその場から動けなくなる。


「わたしは四天王のミスト。残念だけど、この森に足を踏み入れたのが間違いだったわね。だって、ここはあなた達をバラバラにする為に作り出した迷宮なんだもの」

「この・・・!」

「睨まないでちょうだい。これも仕事なの」


急いでこの場から離れようとしたユーリだが、その前にミストに腕を掴まれてしまった。


「は、離して!」

「うふふ、全然力が無いのね。ちょっと力を入れただけで簡単に折れちゃいそう」

「うっ・・・!?」


腕がミシミシと音を立てる。このままでは本当に骨を折られてしまうだろう。激痛に耐えながら、ユーリはミストの顔面を全力で殴った。


しかし、ミストの首から上はぴくりとも動かない。微塵もダメージを与えることができなかったのだ。


「無駄よ、無駄無駄」

「う、ああ・・・!」


あまりの痛さにユーリの目に涙が浮かぶ。何の力も持たない彼女では、この状況を何とかすることなど不可能である。


「あたし、は・・・!」


それでもユーリは諦めない。


ラグナが心配で旅に同行したが、いつも彼には迷惑を掛けてきた。旅先で可愛い女の子とラグナが仲良くしているのを見るといつも不安になる。


戦闘で全く役に立たない自分は、いつかラグナに見捨てられてしまうのではないかと。


「ほぉら、もう腕が折れちゃうわよぉ!!」

「あたしだって・・・!」


右の拳を握りしめ、目の前にいるミストを睨む。


「あたしだって、勇者一行の一人なんだからッ!!」


そして、ユーリは自分の左腕を掴むミストの太い腕を殴った。その瞬間にゴキン、という音が鳴った右腕を、ミストは不思議そうに見つめ・・・。


「あっ、あぁあぁぁぁぁああッ!!?」


絶叫した。

全く力が無い少女に殴られ、太い骨をへし折られた。その衝撃と激痛が一気にミストに襲いかかる。


(え、ええっ!?)


驚いているのはミストだけではない。身体から湧き上がる凄まじい力を感じながら、ユーリは後ずさるミストに顔を向ける。


「ど、どういうことよ!力を隠してたの!?」

「あたしもよく分からないけど・・・」


視界が若干ぼやける。

それでも逃げるという道は選ばず、ユーリは構えた。


「今なら余裕で勝てちゃいそう」


にっと笑ったユーリを見て、ミストの表情が怒りに染まる。


「てめえ糞ガキィ!よくもやってくれたなァァッ!!」


地を蹴り、放たれたのは大砲のような鉄拳。しかし、ユーリはその場から動かずに巨大な拳を片手で受け止めた。


「なぁ・・・!?」

「神様があたしに力をくれたのかもね!!」


お返しに繰り出した蹴りがミストの腹部にめり込み、彼の巨体を容赦無く吹っ飛ばす。木々を薙ぎ倒しながら飛んでいく彼を、力を手にいれたユーリは逃がさない。


「ま、待て!こんなあっさり負けるのは嫌────」

「あたしと戦ってくれてありがとね!これであたしもラグナと肩を並べて戦えるわッ!!」


空中でミストの胸部を全力で殴り、そのまま地面に叩きつける。その衝撃で地面は粉々に砕け散り、小規模だがクレーターが出来上がった。


「あ・・・」


同時に霧が晴れていく。着地して周囲を見渡せば、向こうからラグナが走ってきているのが見えた。


「ユーリ、大丈夫か・・・ってなんだこりゃ!?」

「ふふん、あたしが倒したのよ」

「はあっ!?」


ドヤ顔で胸を張るユーリの近くには白目を剥いてゴリゴリのオカマが倒れている。地面を砕くほどの威力でユーリが彼を殴ったとは思えない。


「うーん・・・」


急にそんな力を手にいれたとでもいうのだろうか。そう思いながら、ラグナはユーリの胸を指でつついた。


「っ・・・!?」

(それが本当なら、ぶん殴られたら結構痛いはずだよな。ほれ、殴ってこーい)

「何すんのよ、この馬鹿ラグナ!!」

「ぐぼぇあっ!?」


顔面に平手打ちを食らったラグナが先ほどのミストと同じように吹っ飛び、猛スピードで木に衝突した。そんな彼を見て、ユーリの顔が真っ青になる。


「ち、ちが、そんなに吹っ飛ばすつもりで叩いたわけじゃ・・・」

「いや、今のは俺が悪かった・・・ぐふ」

「わああっ!死なないで!」


ラグナに駆け寄り、半泣きになりながらユーリが流れ出る鼻血を自分の服で拭き取る。


「何してんだ、あいつら」

「いつもの事です」


そんな彼らを、この場にやってきたばかりのスクードとシルヴィは呆れたような表情を浮かべながら見つめるのだった。

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