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十七、乙姫②

箱舟はゴトゴトと音を立てながらおとなしく走り去っていく。

ハリー達はほっとしながら箱舟を見送ったが、箱舟のサイドステップから入口へとつながる所に人影が見えた。

グランデレ王だ。

ジャックが慌てる。


「あれ王様じゃないですか。なんで中にいないんですか?」


「先に乙姫様が乗り込んでそのまま中から鍵をかけたんだろう」


「他のなんとかっていうのは乗ったんですかね。あの、姫様を追っかけて走っていった奴」


「あそこにいないという事は乗ってるんだろうな」


「王様を入れないであの変なのを入れたんですか…。王様って、乙姫様の見方なんですよねぇ…」


所在なさげにジャックが呟く。

箱舟が再び木々の中に姿を消すと王国の兵達は装甲列車に飛びついた。


「動けるかすぐに確認するんだ!」


ハリー大尉はそれだけ言うとすぐ横の森の中に引き返して数歩足を踏み入れる。


「いるんだろ?西の国のおねーさん達。撃たねーから出てこい!」


ライリーは体を低くして他の兵に向かって首を横に振り、口の前で人差し指を立てた。 お前たちは出てくるなと合図を送る。

ハリーのいる場所から50メートルほど離れた草むらでライリー一人が立ち上がる。


「ここよ」


「他の連中はどうした?」


「逃がしたわ。私は箱舟がまた国境に戻るのを見届けるために、ここに一人で残ったのよ」


(嘘をつけ)

そうハリーは感じたが、今は目の前の女から目を離せない。


「まあいい。あれをやったのはお前達だろ?」


横目で倒木の山を見る。


「そうよ」


「箱舟を戻らせてどうする?」


「それは言えないわ。あなたたちが邪魔するもの」


「なあ、あんた…」


「ライリーよ」


「ライリー、なぜあいつと一緒に箱舟を追わなかった?こんな木を切る仕事、下っ端にやらせりゃいいだろ」


「それは…」



いつからか、マックスはライリーと共感していくことを投げ出しているように見えた。


『君には貴族の気持ちは分からないよ』


そう言われた。確かにそうだろう。私の持っているそれは想像でしかない。貴族の気持ちは、実際に貴族を経験した人間しか分からない。でも、それは裏を返せば向こうも同じだ。彼には一般市民の気持ちは分からないし、女の人の気持ちも分からない。

だから分かり合う事に時間を割くなど無意味だ。そう思っているのだろう。だが、それは違う。完全にわかり合うことなどあり得ないという事を前提に、お互いを近付けていくことに意味があるのだ。どこにたどり着くかではなく、どこを向いているかだ。ずっと疑問に思っていた。彼はどこを向いているのか?私でもなく、自分自身でもなく、ましてや一般市民でもないし国家の未来でもない。ネメックの口車に乗せられて、戦争を始め、部下の兵を殺され、西や王国の王族を監禁し、今さらに王国の財産である箱舟を乙姫ごと強奪しようとしている。


これはなんなの?私は何を見ているのだろう?彼が向かっているのは、大いなる破滅だ。このままいけば王国も西の国も後継者を失う。そうなれば王族は衰退する。最初から箱舟奪還など絵に描いた妄想だったのだ。ネメックが狙っていたのは哀れなノア王子やマックスを利用した全ての終焉だったのだ。私は分かっていた。それなのに彼に何もしてあげられなかった。嫌われて、突き放されるのが怖かった。だから何もせずにただ後ろをついて歩いた。何の意志もない影みたいに。


(私は、愚かだ…)

ライリーの顔が悲しみに歪む。


「ねえ、あなた…」


「ハリーだ」


「ハリー。箱舟って、あんな強力な破壊兵器が、一体なんの役に立つの?」


「国家の防衛だろ」


「あれ自動で動いてるんでしょ?人工知能だって聞いたわよ。この前ちょっと侵入した西の兵を皆殺しにしたわよね…」


「ああ、そうだ」


「国の兵器が多くの人を殺してしまった事について、罪の意識は感じる?」


「感じるわけがない」


「なぜ?例えば催涙ガスなり、捕虜にするなり、他に方法があるのにいきなり命を奪うのよ?」


「あの兵士たちも武装していた。あの武装は何のためだ?」


「防衛よ」


「こちらを殺す目的かも知れないだろ。殺されてからでは遅い。殺される前に殺す。それが戦争であり、防衛だろ」


「だったら…」


ライリーはまっすぐハリーに向かって歩いてくる。ハリーは警戒して銃を構える。目の前まで歩いてきてライリーは思い切りハリーの構える銃の先を掴んで自分の心臓に押し当てた。


「今ここで私を殺しなさいよ!撃ちなさい!」


ハリーはライリーを凝視する。


「人間はね、躊躇するの。悪い事をする前には躊躇するの。だから人間なの。人工知能は躊躇なんかしない。あなたの知らないところで勝手に人を殺すわ。そこにあなたの躊躇は介在しないの」


ハリーがたまらず怒鳴り返す。


「だから何だよ!」


ライリーがハリーを睨みつける。


「機械が人を殺しても人間は罪の意識を感じないのよ!そんな物が弾を打ちまくって、どんな未来が待ってるのか分かってんのか!」


ライリーの目から大粒の涙がこぼれる。


「何が防衛よ…」


ハリーが銃を下ろす。ライリーが両手で顔を覆い、その場に崩れるようにしゃがみこむ。


「分かり合う事から逃げているだけじゃない…」




その時、奥の茂みからライリーの部下達が両手を上に上げて出てきた。


「ライリーさん、我々も一緒に撃たれます」


嗚咽を上げるライリーを前にして、ハリーが銃を肩にかける。


「そんなご高説を聞いて撃てるかよ、バカ」


いつの間にかハリーの後ろにジャック達も来ていた。


ジャックが声をかける。


「ライリーさん、あんたはどうしたいの?」


「マックスを止めたい。彼は以前と変わってしまった。このままじゃ彼は世界中を敵に回すわ」


「でも、あんたの言うことを聞くのか?」


「私じゃもう無理よ」


「じゃあ誰があいつを止めるんだ?」


「装甲列車に、一人若い男の子が乗っていたわね」


「ああ、乗っている。兵ではないが城で働いている。なんでも西から来たとか…。サムとか言ったかな。彼がどうした?」


「あの子、マックスの弟よ」


そこにいた全員が驚愕する。


「ええ!」



その頃箱舟は森を抜け、海岸線脇の崖の辺りを通過していた。あと数分でマックスの別動隊が仕掛けた分岐点がある。Yの字を下から上がってきた。分岐点を左に行けば西の国へとつながる簡易軌道に乗る計画だ。

その様子を遠くからロバート公が双眼鏡でうかがっていた。ロバートは箱舟をマックスの軍の“失策”により破壊する計画を立てていた。一旦はマックス達の手で箱舟を強奪し、その上で破壊する。王国に損害を与えた責任をマックスと貴族院のネメックに負わせる考えだった。


ロバート達は二手に分かれ、一方はマックス隊の注意を引き、その隙にもう一方が分岐点に爆弾を仕掛ける。箱舟が爆弾の上を通過した瞬間に西の兵もろとも崖から落とす作戦だ。この計画は危険を伴う。相手の気を引く役目にノアを利用し、最悪ノアが死んでも箱舟が破壊されればそれもありだと考えていた。

彼には甥のノアを思いやる気持ちはなかった。


しかしそのノアが目下行方知れずである。予定が狂ったが仕方がない。ロバート達は山あいを移動し、マックスの別動隊に接近した。ロバートは危険な役目を嫌い、分岐点から離れたところで様子をうかがうことにした。


まず兵のほとんどが飛び出して、マックスの軍に発砲した。マックス軍が応戦する中、ロバートの兵はじりじりと後退し、それを追うようにマックスの軍が前進を開始し、数分で分岐点に置かれた装置の周辺は無人となった。敵兵がいない隙にロバートの部下の一人が軌道の下に爆弾を埋め込む。その上を箱舟が通ったら爆発する仕掛けだ。ここは崖だ。爆弾が爆発すれば間違いなく箱舟は落下する。 崖は高く、その下は海だ。

爆弾をセットした事を知らされると、ロバートの軍は散り散りになって逃げていった。


息を切らせて兵士たちがロバートの所に戻ってくると、遠くから箱舟のゴトゴトという音が聞こえてきた。


「ギリギリでしたね」


兵の一人がロバートの横で同じように身を低くする。遠くの方で分岐点に戻っていくマックスの兵の様子が見える。 マックスの兵は口々にたった今追い払った敵の事を話している。


「なんなんだあいつら!撃ってきたと思ったら逃げていきやがって」


「見たことある顔がいましたよ。あいつら西の兵ですよ。うちの国の兵ですよ」


「どういうことだ?」


そんな会話が聞こえてくる。一兵卒が戦況全体を知らされるわけがない。彼らはただ、言われたところに行って戦うだけだ。


「顔見られましたね」


「どうせ革命軍だ。顔を見られて困るのは向こうだよ」


「来ました。箱舟です」


ぐるっと崖沿いの軌道を回って箱舟がこちらにやって来る。


マックスの軍は岩陰に隠れて箱舟が無事に西へと軌道を変えていくか見守っている。


(残念だが箱舟はここで終わりだ)


そう思いながらロバートは事の成り行きを見守った。間もなく箱舟が通過する。これで戦局は大きく動く。これで一つ仕事が片付いた。そう思ったが、何かやりきれない思いが残った。私はこういう事が嫌で政治から身を引いたのに、今私はここで甥のノア王子を見捨て、爆弾を仕掛け、箱舟の中にいる乙姫達も巻き添えにしようとしている。数えるほどしか会ったことはないが、目を見張るほど美しい姫だった。ノアではとても釣り合いが取れるものではなかったが、彼は乙姫の事が大好きだったな。


この後事態はマックス達の反乱軍を戦犯として収拾させる予定だ。西は全面降伏し、私が窓口になってグランデレと交渉するだろう。今ここで乙姫が死ねばグランデレは西をただでは済まさないだろうがそれでいい。西の国は、兄の代で終わらせる。 そして、私は王国の貴族として西の地域を管理するのだ。


そう思いながら近づいてくる箱舟を見てロバートは我が目を疑った。箱舟の入り口付近に人がいる。あれは…、


「ロバート様!グランデレ王が乗っています!」


「分かっている!」


王国の姫だけでなく王まで殺してしまうのはまずい。こちらからは見えているが、反対側にいるマックスの兵からはグランデレは見えていない。


「作戦は中止だ!爆弾を撤収しろ!」


「もう無理です!間に合いません!」


とっさにロバートが飛び出す。


「グランデレ!降りろ!爆発するぞ!」


手すりに手をかけながらロバートの方を見て、グランデレが大きく目を見開く。


「ロバート様!伏せてください!」


ガタガタガタッ!

ひときわ大きく音を立てて箱舟がマックス達の設置した分岐点に乗り上げ、西に向かう軌道に乗り上げた。そしてそのまま西へと向かう軌道に乗ってしまった。



爆弾は不発だった。


「なんだお前ら!さっきのやつらだな!」


岩陰から次々と兵が出てきてロバート達に詰め寄る。

マックスの兵達が一斉に発砲するとそのうちの数発が箱舟に当たった。


その時である。

箱舟の八つの目が一斉に赤く点滅し、勢いよく巨大な砲身が回転した。その先が崖の壁側に激突し、箱舟は海に向けて大きく傾いた。グランデレが必死にしがみついているが時間の問題だった。姿勢を崩しながらも箱舟のサイドから自動小銃が展開し、マックス兵、ロバート兵に向かって攻撃を開始した。兵たちが大声をあげながら逃げていく一方、乙姫達を乗せた箱舟は崖から海に向かってゆっくりとバランスを崩していった。


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