第19話:在室中!地下迷宮の謎(Aパート)
実験室めいた奇怪な空間だった。
真鍮の瓶が林立し、所狭しと魔道具が並ぶ。
床や壁には木の根、蔦草の如く管が這う。
奥には、炉と思しき巨大な石の室もあった。
広いが、ひどく混み入って見える。
祭壇奥の扉から階下に伸びる階段を見た時点で、皆も嫌な予感はしたのだ。
出口どころか、異様な空間だ。
皆はしばし戸口に立ち尽くした。
城を目指して勇み立ったが、地上はまだまだ遠かった。
「随分と心くすぐられるお部屋ね」
ハルタだけは楽しそうに、ふわふわと辺りを眺めて回る。
「こんなのが?」
ロゼールが顔を顰めた。
「あら、男の子ならみんなそうよ」
ハルタが笑う。
「ハルくんも男の子かー」
何だ、ハルくんって。
ロゼールはリリアーテを半眼で見やる。
邪教の代理神官だぞ、慣れ合うな。
自分を棚に上げ、口を尖らせた。
今はハルタに惑わされているが、そのうち恥ずかしくていやらしい目に合う。
嫁に行けなくなってもしらんぞ。
ひとり口の中で呟き、悶々と拗ねている。
おや、とハルタが奥の机を覗き込んだ。
クロエが皆に目配せする。
机の縁に足が覗いていた。
そろりそろりと、逃げようとしている。
リリアーテが机を飛び越えて覗き込んだ。
足が素早く方向を変える。
クロエが待ち構えていた。
無造作に足を捉まえる。
「やーっ」
その見目に似合わぬ可愛らしい悲鳴を上げ、クロエはそれを投げ捨てた。
宙を舞うものがよくわからないまま、ロゼールは黄金の翼で叩き落とした。
それは床に潰れ、虫のように這い逃げようとする。
咄嗟に踏みつけた。
「うわあ」
ロゼールの脚に鳥肌が立った。
足の生えた顔だ。
獅子に似た顔の周囲に、生白く脂の乗った人の足が、わさわさと生えている。
ロゼールが剣を振り上げた。
「まって、やめて、ワシは悪くない」
「黙れ、喋るな、変態は殺す」
黒刃を額に突き立てる。
「怖い、目が怖い」
ロゼールを見上げて、きいきいと喚いた。
蠢く足が気持ち悪い。
「ワシは役に立つ。役に立つから、こうしてここに閉じ込めたのじゃろが」
「甘言を弄するな」
クロエが覗き込んだ。
先の悲鳴の反動か、いつもに増してむっつりと口許を結んでいる。
「いや本当、本当に」
「こんなの、何の役に立つってか」
リリアーテが冷えた目で見おろした。
ロゼールが剣先をぐいと突き入る。
「いやいや、本当じゃって。お嬢ちゃんのそれ――それを造ったのもワシ」
「戯言だ」
神罰器が造られたのは、神代の終わりだ。
民権神授と王権契約の黎明に神罰原器を模して四九六器が製造された。
人界統治の戦乱で三割近くが失われ、現存するのは三七二器だけだ。
――と、リリアーテが博識を披露する。
「聖典を読め、聖典を」
女王仕込みの蔑視を向けた。
それが嫌で家出を繰り返しているのだ。
「だって、その頃からここにおるもん」
まだ魔神は言い張った。
「めっちゃ引き篭もりか」
「でも神代は盛り過ぎだ」
リリアーテとクロエが責める。
ふとロゼールは思い至り、魔神の顔を強く踏みつけた。
「おまえ、他に人を唆してはいないか」
「あああ」
魔神が目を見開き、汗を噴く。
「それは、その、ここに押し入った奴が」
ぐいと踵に力を籠める。
「ここでそいつに何をした」
「邪魔をしよるから追い出した」
魔神が虚勢を張る。
「追い出した?」
「その、出て行ってくれとお願いした」
「それで素直に出て行ったってか?」
リリアーテも魔神を踏みつける。
「あああ。指輪をやったら出て行きおった」
思い切り鼻孔を開いて息を吸う。
「指輪って?」
「ちょっといいやつじゃ」
リリアーテが踵を捻る。
「ワシらを従えるすごい神器」
聞き覚えがある。
それどころか、間近に知っている。
ロゼールがハルタを覗き見る。
ハルタは襟巻で口元を隠し、妖しい目で見返した。
「そんな危なっかしい物を」
クロエもおそるおそる魔神に足を乗せる。
「危なくない、危なくない。模造品ゆえワシには効かんし。大体、そうそう言うことを聞く魔神がそこらにおるわけないし」
「え? 結構いるぞ、魔神」
「さっきも一匹斃したしな」
虚を突かれた魔神がきょとんとする。
「うそ。あれ? もうそんな時期?」
「このロゼールの大きな尻が解放したぞ」
「大きくない」
口を尖らせて、ぐいと踏む。
「いくら大きくても尻では無理じゃ」
「大きくないって言ってるだろうが」
ぐいぐいと魔神を踏み躙る。
魔神はひいいと悲鳴を上げた。
「ワシらの半分は土地の肥やしじゃ。そもそも、人が天上の馬鹿どもに唆され、地上を滅茶苦茶にしたせいじゃろが」
誰がこんな怪しいものを肥やしにするか。
三人揃って容赦なく踏み据えた。
「本当じゃって。地霊じゃ何じゃと崇めておったであろうが。この恩知らず」
獅子の鼻が大きく膨れ上がりふいごのように息を荒くしている。
「それより、誰に指輪をやった」
クロエの問いにロゼールがハルタを見る。
「宮廷の誰か、それとも大神官か」
首を振って、魔神へと視線を返した。
魔神は不貞腐れている。
「人の名など知らん」
クロエは強く捏ねるように魔神を踏んだ。
「あああ。そうそう、確か神殿の主と」
三人は顔を見合わせた。
「おまえがそいつを操ってるのか」
魔神の鼻面をぎりぎりと踏みつける。
「あっあ」
鼻孔がぶすっと膨らんだ。
「欲で動いておるだけじゃ」
ぎりぎりぎり。
魔神の目が泳ぐ。
「ちょっと、唆したかも」
「はい、有罪」
「あああ」
鼻孔が口ほど大きく開き、余さず空気を吸い尽くさんと、ふがふが蠢く。
「あっ、こいつ」
リリアーテが気づいて飛び退いた。
「臭い嗅いでる」
背中にぞわりと怖気が駆け上がった。
「殺れロゼール」
クロエの声に頷いて、ロゼールは黄金の翼を突き込んだ。
引き金を引く。
「神罰、覿面」
「え、もうちょ――」
鼻を拡げて魔神は黒塵と散った。
「恐ろしい敵だったぜ」
リリアーテが額の汗を拭った。
「アナタたちもたいがいだわね」
ハルタがころころと笑う。
「変なことを言っていた気がする」
クロエが呟いた。
「魔神が地霊とか」
「半分は本当よ。杖も折れちゃったし」
――私の尻は関係ない。
ロゼールが口を尖らせる。
「その、指輪の話もか?」
ハルタは肩を竦めて見せた。
「神殿の主ってさ、大神官のことだよね」
リリアーテが無意識に小声で確認する。
「魔神を操る指輪」
クロエが呟く。
「この騒ぎの黒幕」
「よし、吊るし上げるか」
リリアーテはあっさり物騒な結論に達した。
悩むのを放棄している。
「偽物のリリアーテがいる。宮廷も何か関係しているはずだ」
ロゼールが指摘すると、リリアーテは顔を顰めて頷いた。
「残念ながら、父上もな。操られてるのかどうかは知らんけど」
「大丈夫、本物がここにいる」
クロエが言った。
「あら、家出がしたいんじゃないの?」
ハルタが意外そうに口を挿んだ。
「いっそ、偽物に任せちゃった方がいいんじゃないかしら?」
ロゼールが噛み付いた。
「馬鹿言うな。王女の役目を捨てられるか」
指輪の疑念も少しあり、焦ったロゼールは八つ当たりのようハルタを責める。
「それは生んだ側の権利で、生まれた側の義務じゃないわ」
ハルタは涼しい顔をして言った。
「何が違う」
ロゼールが睨む。
「アナタがここにいるのは、アナタがそうしたからでしょう?」
ロゼールが言葉に詰まった。
「そんなの――成り行きだ」
ハルタはさり気なくロゼールの手を取り、間近から覗き込んだ。
「ホントにそうかしら」
「そんなの――そんなの」
ロゼールがみるみる茹で上がる。
リリアーテとクロエは、半ば呆れてその様を眺めていた。
ロゼールは自身は強気のつもりだが、どんなおねだりも聞き入れそうな顔だ。
傍目に陥落寸前だった。
少し――いや、すごく羨ましい。
「私の苦労を讃えよ」
飛び出した純潔の誓約が顔を顰めた。
「でも、偽者は絶対倒す。ボクのものを勝手に取られるのは気に入らないんだわ」
リリアーテはそう宣言した。
クロエもうんと頷いた。
「面倒な子たちね」
ハルタは溜息を吐いた。
襟巻の下の表情は、誰にもわからない。
「そうだ、そう簡単に邪神の甘言に乗るものか」
ロゼールがいまさら気を吐いた。
クロエとリリアーテはあえて口を噤む。
「まあいいわ。あとの面倒は見てあげる。いいお店を紹介するわよ」
言って、ハルタは手を叩いた。
「それじゃ、さっさと出口を探しなさいな」
皆を追い立てた。
はーい、と華やいだ声を上げ、三人は辺りを見渡した。
雑然とした部屋の中を見て回る。
「お店もいいな」
リリアーテが呟いた。
クロエも頷いた。
「田舎の雑貨屋だぞ」
ロゼールが口を尖らせた。
「茸とか土産物とか、変な店だ」
賑やかな三人に捜索を任せ、ハルタは真鍮と硝子の森を眺めて回った。
神代の火が熾る炉を覗き込み――おつかれさまと目を細くした。
扉はすぐに見つかった。
奥に地上に向いた長い階段が伸びている。
扉に鍵はない。
不用心だが、理由もあった。
確かに地上は王城の敷地だが、その出入りには屈強な門番が待ち構えていた。




