毒林檎の姫君
とある御伽噺はページのいくつかが破られ、塗り潰されているという。
何でも、別の御伽噺の主役だったシンデレラが塗り潰された御伽噺の元の主役だった白雪姫を殺したからと言われている。
何故シンデレラがそんな事をしてしまったのか。
これは、そのシンデレラの末路。
白雪姫の物語を乗っ取ったシンデレラ……周りからは毒林檎の姫君と呼ばれているそうだが、彼女は自らが塗り潰した御伽噺の中で悠々自適に生活していたそうだ。
しかし、彼女も女の子。彼女が幾ら一人ぼっちを望んだからといっても所詮はお姫様だった訳で、段々寂しくなってきたんだそうだ。
そこで彼女は……まあ彼女なら考えそうな事だが、別の御伽噺から自身と結ばれる王子様を誘拐することにし、自身が知っている王子様を思い浮かべていったそうだ。
しかし彼女は元々シンデレラ。物語も御伽噺もほんの少ししか知らない。その少しの中には彼女の理想の王子様はいなかったらしい。
既に必要の無いものは捨ててしまって戻せないし、彼女はただのお姫様で魔法使いでも魔女でも魔術師でもない。
彼女か出来ることといえば、旅人から聞いたことのある御伽噺の中を飛ぶことだけ。
色々と悩みに悩んだ彼女は、一か八かで彼女の住む世界にある鬱蒼と茂った森に入ることにした。
御伽噺の世界には全て大きな森があり、その森の先には別の御伽噺の森と繋がっているという噂だ。
しかし彼女はそこに入れば別の御伽噺で王子様と結ばれると思い込んでいたのだ。
一人ぼっちの城中で一番綺麗なドレスをきて、可愛くティアラを乗せて。
彼女は馬車に乗り込んだ。
深く暗い森の道を彼女は怯えながら進む。
本当は誰かに縋り付きたくて怖いと泣きじゃくりたかった。
しかし、そんな相手は全員殺めてしまい、今更この国には誰も縋る人なんて居ない。
それが自分のせいでないと思い込んでいる、自身にの首に手をかけていた彼女はやがて、濃い霧に包まれ始めた。
頬を撫でる少し冷たい空気を何十分か進んだあたりだろうか。
突然風が吹いたかのように霧が晴れ、そこにはまた更に大きな木達が聳え立っていた。
彼女は森が抜け切れなかったのがと思い込んだが、よくよく見ると彼女の住む国の森とは木の大きさが異なっている。
別の御伽噺に潜り込めたのだろうか?
その答えは明白だった。
少し進んだ先、背の高い木々の森を抜けるとそこには見覚えのない街並みが広がっていた。
彼女は無事別の御伽噺に潜り込むことが出来たようだ。
嬉しさのあまり馬車から降り、その足で街へと入る彼女。
しかし、その行為が間違いだった。
街を少し歩き始めると、彼女は不安感を抱いた。
とても大きく、綺麗な街だというのに人が住まう気配がない。誰もいないのだ。
捨てられた街にしては余りにも綺麗すぎる。まるでさっきまで人が住んでいたかのように。
何かがおかしい。そして、何かが引っかかる。思い出せそうで、思い出せない。
「……あれ、アンタ」
考え事をしながら歩いていた故に、目の前に居た女に気が付かなかったようだ。
驚き足を止めるものの、内心人が居ることにほっとしていた。何せとても久し振りに見る人だったのだ。
「アンタ見慣れない顔だね。どっかの貴族?」
「違うわ、私はこの国の王子と結婚する姫よ」
彼女のその発言に、女はゆっくりと目を細め、何処か面白そうな、楽しそうな表情をした。
「へえ……お姫様。」
「ねえ、あんたこの国のお城は何処にあるか知らない? ……ま、迷っちゃって!良ければ案内して欲しいわ」
「……お城に行くのは構わないけど、誰もいないよ」
「…………えっ?」
「アンタの求めてる王子様は城には居ないし、そもそもこの国には誰も居ないよ。アタシ以外にね」
「え、え? どう、して?」
「アンタ何も知らず此処に来たんだね。馬鹿な人」
さも楽しそうに笑う女の言葉に呆然としながら、彼女はあることに気付く。
目の前に居る女は、"何もかもが赤い"のだ。
髪の色、瞳、何処かの制服を思わせるような服、靴にかけて、全てが鮮やかな赤色だった。
そこで彼女はようやく思い出す。
「あなた、もしかして、」
「やっと思い出したんだね。此処は『とある女学生の咄』。私はその主人公、メイアリア。さて、アンタにはこの物語の結末を思い出して欲しいね」
『とある女学生の咄』。白雪姫の御伽噺で伝わる、全身真っ赤の女学生の物語。
確かその、結末は。
「アンタを残すのはアタシの道理に反するからね。ちゃんと殺してやるから安心して」
「……い、いや、」
「大丈夫、アタシのナイフ捌きは余り痛くないって有名なんだ」
「わ、たしは、」
「……黙って王子様と結ばれてりゃ、こんなことにならなかったのに」
真ん中、胸の真ん中より少し左側。
真っ白なドレスが、じわじわ赤く染まっていく。
私は、私は死にたくなんてなかった。
違うわ、それも違う。
……私は変わりたかった、
自分で未来を変えたかっただけなの。
膝から崩れ落ちる姫を女は片手で思わず受け止めてしまう。
心臓に突き刺さった刃物はその傷口からどくどくと血を流し続け、躊躇いなく抜くと溢れるように滴り始めた。
美しく白いドレスを赤く染めながら、姫はとても晴れやかで幸せそうな表情をしていた。
「……おやすみ、シンデレラ。いい夢を」




