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狼狩り

 その集団は「赤頭巾」と呼ばれており、国から雇われた殺人集団だと老人は語ってくれた。

 私が拠点を置くスタールン国の遥か北に位置するこの国は、昔から独裁政権が酷い国として有名だった。

 民は苦しい生活に次々と倒れていったが王族は何もせずに民の納める税を湯水のように使い果たした。


 そんな王族に民は怒り、暴動が各地で起こるのは当たり前だ。

 そんな中で王族が結成したのが「赤頭巾」という王族軍とは別の少数武装集団。民の中から選ばれた才能ある「殺人鬼」達が、まだ年端もいかぬ子供のうちで強引に連れ去られ、王族監視下の元人を殺す英才教育を受ける。


 そうして結成されたのが赤い帽子付きの服を纏った集団だった。

 性別も顔もわからない彼らは王族の命だけで動き、王族に逆らった者達を反逆罪として殺していく。

 彼らの殺した人々は全身にワインを掛けられた後に街の真ん中にある教会の軒に一つの小さな麦パンを添えられて吊るされるそうだ。


 そんな存在のお陰で民は大きな暴動も起こせず、王族の重圧に苦しめられるだけだという。

 私の仕事はこの国の現状を知り、それを内密にスタールン国へ持ち帰って女王へ報告すること。

 私が伝える内容によってはこの国を滅ぼす覚悟もあるのだと、女王はとても真剣な表情で私に命を与えた。


 ただ、その為に私はどうしても一度、赤頭巾をこの目で見ておきたかった。

 危険は承知でも、その非道の限りをきちんとこの目で見て女王へ伝えたかったのだ。

 その為に私はとある晩、王族へ暴動を起こしたという男の自宅のすぐ裏手、小屋に誰にも内緒で隠れていた。


 煌々と空に浮かぶ月が一際大きく光った深夜。

 少々睡魔に襲われていた私は男の自宅の前を歩く複数の足音で目が醒めた。

 思わず飛び起きかけてそれをすんでの所で抑えると、私はゆっくりと小屋の扉を開けた。


 扉の隙間から外を見ると、丁度男の自宅の扉前に6人程が扉を取り囲んでいるのが見えた。

 よくよく見ると全員赤い帽子のついた服を着ている。

 この集団が赤頭巾なのだと確信した。

 彼らはとても静かに扉の鍵を細い金具のようなもので開けるとまるで猫が忍び込むように音もなく入って行ったのだ。


 それからほんの少し、男の自宅でガタガタと荒い音が経ったかと思ったが、それも数分で止んでしまった。

 突然何も音がなくなりどうなったのだろうと、男の自宅を覗き込みたい衝動に駆られたが、それは必死に堪えて動きがないか注意深く待機をしていた。


 するとそれからすぐに扉からまた静かに集団が出てくる。

 男はどうなったのだろうか、という疑問はすぐに解決した。

 最後尾にいる身長の小さな人間が肩に家主の大男を抱えていたからだ。

 その背中には深々と銀に光るナイフが刺さっていた。

 やはり殺人集団「赤頭巾」は存在していたのだ。


 ふと、彼らの動向を目で追っているうちにぐらりと身体が傾いてしまっていたらしい。

 このままだと倒れてしまうと重心を傾けると、勢い余って倒れてしまった。

 倒れた先に木片が積み上げられていたものが崩れてしまって、思ったより大きな音が立ってしまい、慌てていると小屋に近づく足音。


 これは私も目撃者として殺されてしまうのだろうか。

 思わず血の気が引き、小屋の扉が開かれた瞬間に目を閉じてしまった。

 ……が、一向に痛みも動く気配もない。

 おそるおそる目を開くと、其処には最後尾で男を抱えていた身長の小さい人間が立っていた。


 それも深く被っていた帽子の中は齢12、3歳にも満たなそうな少女だったのだ。

 思わず驚き声を上げかけるも、少女にとっさに人差し指を立てられ口を掌で覆った。


「おい、メイアリア。誰かいたのか?」

「……いえ、いませんでした。すみませんが今日の仕事は終わりだと思いますし帰ります」


 メイアリアと呼ばれた少女の言葉を信じたのか複数の足音が遠ざかっていく。

 足音も聞こえなくなった所で少女が小さく溜め息を吐いてから私に問いかけた。


「この国の人じゃないね、アナタ」

「……どうしてそう思うの?」


「国民は王族から夜間外出禁止令が出ている。そうでなくともアタシ達の影響で外に出たがる人すらいないから」

「……成程ね」

「アナタは誰?さしずめ用があったのはアタシ達の事でしょう。国内で漏らさなければ何でも話してあげるけれど」

「本当?」

「その代わり国内で漏らしたら殺しに行くから」

「……流石赤頭巾の一味ね」

「煽てても容赦しないわよ」


 肩を竦めて笑う少女は何というか、”普通の”人間にしか見えなかった。

 彼女には赤頭巾の目的や命令、ワインとパンの意味など、ありとあらゆる事を聞き、そのどれもが興味深い事だらけであった。


 一通り私の好奇心を満たし尽くすと、彼女はおもむろに口を開いた。


「ねえ、アナタは隣国王族の使者だって話よね」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、アナタの主人に伝えて欲しい事があるの。『この国に攻め入るのは後何年か待って欲しい』って」

「……それはどうしてかしら?」


「……どうしてかは言えないわ。でも、アナタを彼処で逃したアタシの恩を返す形で構わないから、お願いしたい」

「……本当はこんなお願いは私は聞けない。私の大切な女王陛下の命だから。けれど、私の命は貴女に救われたから、これきりだけは叶える事にするわ」

「……ありがとう。良かった」


 彼女と話したのは大体一時間半。

 態々私の宿まで彼女は送ってくれて、念を押すように自分が頼んだ事を守ってくれるように告げて、またこの国に来てはいけない事も告げて帰っていった。

 次の日、あの家主の男は毎度の如く教会に吊るし上げられ死んでいるのが発見されたようだ。


 私はそのニュースを聞きながら国に帰る馬車の中で、昨晩の彼女の話を思い出していた。


「何故貴女達は殺しを続けているの?」

「一人一人理由は違うと思う。けど、アタシは怖いからやってる」

「怖い?」

「人間が怖いの。暴動を起こす国民達がね」

「それは自分が標的だから?」


「ううん、そうじゃない。暴動を起こす人は不満を持っていて、その不満を解消するためなら何を犠牲にしようとも厭わないと思い込んでいる。それが怖い。あの人達は何時か自分の大切な物を壊しても、それに気付かないんだよ。まるで狼そのもの……だからアタシは、狼を狩っているんだ」


 あの不安げな表情が、何とも年相応に見えて仕方がなかった。

 大量の国民を恐怖に陥れ、王族の恐怖政治の片棒を担いでいるのがこんなに小さな少女だという事を、あの国民達のどのくらいが知っているのだろう。

 どちらにせよ彼女に命を助けられ、約束をした私には彼女を救う方法なんてなかったのだ。


「……これで全てです、女王陛下

「ありがとう。……あんなに仕事の早い貴女がこの書類を纏めるのに二年もかかった理由がわかったわ」

「すみません、下手な時間稼ぎをしてしまって」

「良いのよ。貴女は意味のないことは絶対にしないと信頼しているから。……さて、そんな貴女にある話があるわ」


「……話、とは?」

「貴女が行ってくれた国、潰れたの」

「……え」

「ほぼ全員の国民が虐殺されていたわ、王族も全滅。誰一人残っていなかった。唯一残ってうちの軍に保護された青年から色々聞けたわよ」

「……何と?」


「その大量虐殺を行ったのは15歳程の女学生だったらしくて、全身真っ赤なんですって。貴女が助けてもらった、メイアリアという少女。彼女の所業よ」

「……メイアリアはどうなったんですか」

「教会前で自分にナイフを突き刺して自殺していたんですって。とても綺麗な死に顔だったそうよ」


「……そうですか」

「……貴女は後悔している?一応、貴女の命を救ってくれた恩人じゃない。律儀に貴女が約束を守ったせいで国民も彼女も守れなかったと思う?」

「……いいえ、実は私も、彼女はそういう結末を迎えるとどこかで思っていたんです。

 あの子の瞳は深い赤でした。しかし月の光に当てられると煌々とその瞳が鮮やかな赤に光ったのです。……あれは血を浴びすぎた瞳。私はきっと、彼女に命を助けられたのではなく、彼女の本当の姿を垣間見なかっただけで生き延びただけのような気がします。私はただ、運が良かっただけなのですよ。」


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