008 replay
“何でもする”
瞳を瞬いて、少年が声を震わせる。
長いまつげに縁取られたその双眸は、どこまでも澄みきった夜空色だ。
一片の曇りもない一途さは、狂気と見紛うほど。
すべてを削ぎ落とした眼差しはまっすぐであるが故に脆く、側面からちょっと力を加えれば一気に壊れてしまいそうで。
――この手で壊したい。
そんな衝動に、手指が疼く。
“何でもする”
まっすぐに澄みきった“それ”を、叩き壊し、踏みにじり、欠片さえ残らないほど粉々に打ち砕く。
その快感を思って、桐生は唇を笑みに歪ませた。
薄暗い部屋で発光するホログラフの少年が、再び声を震わせる。
“あいつのためなら、何でもする。だから……”
哀れみを誘う幼げなその声音に、桐生が口元の笑みを大きくする。にやにやと笑いながら、桐生は手元のコントローラーを操作した。
映像を少し戻して、再生する。
“あいつのためなら、何でもする”
再び戻して、再生する。
“のためなら、何でもする”
戻して、再生。
“、何でもする”
“何でもする”
“何でも”
――何デモスルワ。
とうに忘れたはずの女の顔が脳裏をよぎる。
もう顔立ちも思い出せないけれど、病んでなお赤い唇だけが記憶に鮮やかだ。
唇はいつも、そこだけが別人のもののように妖しく微笑んでいた。
何デモスルワ。
オ母サン、アナタノタメナラ。
何ダッテ、デキルノヨ。
「――嘘つきめ」
ぱき、と音を立てて、コントローラーの液晶がひび割れる。
桐生の頬に張り付いていた筋の収縮だけの笑みは、いつのまにか消え去っていた。
その双眸に満ちているのは、深く冷たい憎悪と侮蔑。
何でもする、なんて。
「嘘を、吐くなよ」
卓上に設えられた電子パネルに手を伸ばす。画面が展開し、繋がった回線から案内役の女性の声が聞こえてきた。
「桐生だ。木刃大佐に取り次ぎを……そう、捕縛部隊の出動要請だ」
“ソラは……あいつは無事なのか?”
再び動き出した映像から目を離さないまま、桐生は話した。
「……沢木? ああ、彼らは彼らで勝手にやるだろう。所詮まだ教士だ、何も期待はしていないさ。……いや、長老会がうるさくてね。まあ、うまくすれば足止めぐらいにはなるかもしれない。それで予定より早いが、こちらはこちらで本格的に動くことに……そう。もし彼に“適正”があれば“計画”は大きく進展する。成功する可能性は低いが、試してみる価値はあるだろう。魔法士は貴重だのなんだのと渋っていた長老会も、狂った背反者なら文句は言わないはずだ。……いや、その必要はない。彼が投降する可能性はまったくのゼロだ。逆に捕縛には骨が折れるだろうね。彼の動きを止めるなら、むしろ……」
“何でもする。あいつのためなら、何でも。だから……”
ホログラフが祈るように声を震わせる。
幼い路音の顔が苦しげに歪んだ。
“だから、ソラを殺さないで”
桐生が残忍な笑みを浮かべた。
「……“ヒトガタ”の殺処分を、最優先に」